トーキング・マイノリティ

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砂漠でサーモン・フィッシング 11/英/ラッセ・ハルストレム監督

2013-02-14 21:40:46 | 映画

 タイトルからして奇想天外だが、文字通り「砂漠でサーモン・フィッシング」という一大プロジェクトに奔走する人々の物語。砂漠が舞台になりそうなので、タイトルに釣られ映画を観たが、期待した以上の佳作だった。ストーリーには複雑な外交や中東問題も絡んでいるが、基本的にはラブストーリー。映画サイトのトップには、次のように紹介されている。

水産学者のアルフレッド・ジョーンズ博士は、ある日、イエメンの大富豪シャイフのエージェント会社から、「イエメンに鮭を泳がせて釣りをしたい」という、とんでもないプロジェクトの顧問を依頼される。この荒唐無稽な計画にあきれた彼は、コンサルタントの女性、ハリエットに断りのメールを入れる。だが翌日、上司からこの企画を進めるように命じられ、給料を倍にする、という条件を提示され引き受ける事に…。

 このシャイフは単に気紛れで我が儘な大富豪と思いきや、教養と人格を備えた人物であり、夢想家でもあった。イエメンでサーモン・フィッシングするのも個人の楽しみだけでなく、その準備としてダムを建造、砂漠の緑化計画も考えていた。彼はスコットランド滞在中にサーモン・フィッシングの虜になり、スコットランドの古城を買い、フィッシングに興じている。城の執事は英国人だが、警備員はこぞってアラブ人。全員アラブ風頭巾をしている警備員たちが、タータン柄のキルトを着用していたのは奇妙な光景だった。

 ジョーンズ博士と会ったシャイフが言った言葉で興味深いものがあった。
私はあらゆる面で英国に敬意を抱いているが、この国の上の者が下の者を恐れているのは実に不思議だ
 その理由をジョーンズは英国特有の階級社会に求めていたが、むしろ私にはシャイフの言葉の方が不思議に感じた。アラブ諸国々では上の者は下の者を恐れないのか?アラブ諸国も凄まじい格差社会のはずだが、部族社会ゆえに英国の階級制とは基本的に違ってるのも原因だろうか。

 この作品でユニークで共感した登場人物が、首相報道官のパトリシア・マクスウェル。この人物こそ“砂漠サケ釣りプロジェクト”推進の立役者。英国と中東諸国との関係改善を検討していたところ、たまたま件の企画を知り飛付く。立場柄もあり首相以上に首相風を吹かし、関係者の尻を叩く。また報道官は英国での釣り人口が2百万人もいることを知り、首相に釣りをしている写真を公開すれば、支持率アップにも繋がると助言したりする。プロジェクト完了の折、外相とマスコミを引き連れてイエメンへ飛ぶという抜け目ないスポークスマンなのだ。

 怖いものなしのお局様報道官といった印象だが、身元を問われ「結婚している幸せな母親よ!」と言い返したのは笑えた。マクスウェルの家庭の様子も映り、少なくとも3人くらいの育ちざかりの子供がいた。育児ノイローゼとは無縁のパワフルな母ちゃんだった。
 対照的にジョーンズの家庭は、妻が常に仕事優先で子供もつくらない有様。これでは若く美しいハリエットに惹かれていくのは当然だ。彼女に青年軍人の恋人がいるのを知りつつ、気持ちは治まらない。常に自分優先なのに、ジョーンズの妻が夫の心変わりを察知したのはやはり女らしい。

 シャイフはサーモン・フィッシングを宗教に例えていたのは面白い。「糸を垂れ、ひたすら信じて、待ち続ける」行為は、信仰だという。そう言われても、自分も含め休日に教会には行かず、スーパーに行く周囲の人々が多いジョーンズは戸惑っていた。欧州でキリスト教は冠婚葬祭の儀式となりつつあるらしいが、それを裏付けたかのようだ。
 確かにひたすら運や己を信じ、努力と待ち続ける行為は、信仰に通じるものがあるのかもしれない。とかくすべて神に丸投げすると思われがちなムスリムだが、実はコーランには人間の意志と努力を説く個所もある。

各人には前からも後ろからも、次から次に(天使)が付いていて、アッラーの御命令により監視している。本当にアッラーは、人が自ら変えない限り、決して人びと(の運命)を変えられない(13-11)。



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