トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ザ・カルシウム・キッド 2004年【英】アレックス・デ・ラコフ監督

2006-08-23 21:19:03 | 映画
 邦題が『チャンピオン-明日へのタイトルマッチ』と、スポ根路線で何ともイケてないが、この英国映画はロッキーのパロディでもある。アメリカン・ドリームを実現する男が主人公の米国映画と異なり、いかにも英国らしいひねりの効いたコメディで、ストーリーよりも映画に見る英国社会が興味深い。

 牛乳配達をしているジミー・コネリーは、子供の頃から毎日牛乳を1.5L飲んで育った骨が大変丈夫な若者。彼はストレス発散のためボクシングジムに通っていたが、ある日、ボクシングの公開スパーリングに参加し、ハプニングが起きる。相手の有名ボクサーのパンチがジミーの石頭に当たり、相手は右手を負傷してしまう。しかも、このボクサーはアメリカ人ミドル級世界チャンピオンとの対戦が間近に控えていた。困り果てた事務所のマネージャーは急遽ジミーを対戦相手に仕立てトレーニングを始める。リングネームは「ジミー『ザ・カルシウム・キッド』コネリー」。ジミーは代わりに世界チャンピオンと対戦することになる。

 無名の選手が世界チャンピオンと対戦するストーリーはロッキーと同じ。さらにジミーが街をランニングしている場面にロッキーのテーマ曲(GONNA FLY NOW)がBGMとして使われていたのは、懐かしい。しかし、“イタリアの種馬”と“ザ・カルシウム・キッド”ではキャラクターが全く違うし、英米の国情も異なる。マスコミの対応にも、英国は底意地悪さが際立つ。
 英国人作家F.フォーサイスの小説『神の拳(こぶし)』によると、ボクシング発祥の国は英国だそうだ。この本では世界でも拳で殴り合いをするのは英国と極東の一部を除いてなく、特異な行為と見られるらしい。その極東の一部とは日本なのだが、日本の拳骨は悪さをした子供への罰が主であり、拳闘とは異なる。

 ボクサーも拳闘だけやっていればよいのではなく、マスコミ対策も必要なのだ。アメリカ人チャンピオンとジミーの公式記者会見が行われるが、マネージャーの指示に従いジミーは英国国旗をマントのようにまとった姿で現れる。彼の発言も全てマネージャーのメモを棒読みしたものだが、英国人の米国に対する屈折した感情が見えて面白い。
チャンピオンベルトを本来の持ち主グレートブリテンに…長いことタイトルが外国人の手に渡っている…かつて我々はアメリカを治めたが…女王陛下、万歳!

 さらに、「バナナボードに乗せて、メキシコに送り返してやる!」と、メキシコ系アメリカ人チャンピオンに対し、メモどおり発言したジミーだが、これは相手側ばかりか、英国のマスコミの凄まじいバッシングを浴びる羽目になる。たちまちジミーは“ファシスト・ボクサー”のあだ名を奉られ、スキンヘッドの男たちが取巻く。もちろん彼はネオナチなどではない。汚名挽回とばかり、またもマネージャーの指示通り、ラジオ番組に出るジミーだが、局には「彼の母は売春婦で、父はブタ箱入り」と誹謗する匿名電話が入り、それもオンエアされる。父親が服役しているのは事実だが、母親は売春などしていない。彼の家の壁や牛乳配達車、近所にも中傷する落書きが書かれる始末。映画だからオーバーな面もあるだろうが、英国式吊し上げは実に陰険だ。

 よく有識者は欧米の若者は成人すると親元を離れ自活するのに対し、日本の青年は親と同居したがり自立精神が薄い、と批判する。だが、何をやっているか分からない(ニート?)ジミーの親友はともかく、ちゃんと働いているジミーさえも親と同居しているのだ。そして、同居してるにせよ、息子にはかなり口喧しく、日本の母親より干渉したがる。

 ジミーの母親がユニークだ。母は自宅でマッサージ業をしているが、この商売を始めたきっかけは夫の失業だった。仕事は成功し客も入るが、同性の客だけなら問題なかったろうが、男の客も来るようになる。夫はある時、客の一人に殴りかかり、刑務所での服役を余儀なくされる。映画ではその背景を描いてなかったが、想像は出来る。失業して夫の体面を保てない男にとり、いかに商売にせよ、自分には久しく掛けられてない妻の甘く優しい言葉が、他の男にささやかれるのは耐えられないだろう。フラストレーションが溜まり、暴行に及んだのだ。それを見ていたジミーもつらいものがある。ジミーはよく父はこう言った、と父の発言を引き合いにするが、少年にとって父の存在はやはり重要なのか。服役してる姿を見られたくない、との父の希望で彼は面会に行かず、家にいない父親を理想化する息子の心理は痛ましい。母親の方は前向きに商売に精を出しているが、元から家庭に収まるタイプではなかったのだろう。息子がマスコミにバッシングされると、庇うどころか商売上がったりだと家から叩き出す。

 ファシスト呼ばわりされ、近所でも白い目で見られ、追い詰められたジミーは反撃する。マネージャーの足元を見透かし交渉するのだが、さすがアングロサクソンは転んでもタダでは起きない。しかも、真面目な好青年ジミーでさえしたたかな交渉術を行使する程なので、同じ島国民族でも駆け引きで日本人は英国人に比べて12歳の子供並みの純真さ。煮ても焼いても食えない狡猾さが英国人の特徴だ。

 ロッキーと同じく好きな彼女もゲットできて、ハッピーエンドで幕となるが、ロッキーの内気だが芯の強い恋人と違い、ジミーの彼女は勝気で派手な娘だった。男にとって母は永遠の女性とされるが、ジミーが彼女に選んだのも母同様気が強く華やかな女とは、老婆心ながら彼の父のように将来妻に頭が上がらないのでは、と空想した。

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
スポーツと道と (Mars)
2006-08-26 12:01:37
今日は。



変な事ですが、タイ式キックボクシングのルーツは何処なのでしょう?

また、日本を始め世界中には多くの武術はありますが、肉体的な強さのみならず、心の鍛錬も必要とされます。が、ボクシングはそうでないようですね。心の成長なくして、強さのみ追求するのであれば、それは只の凶器ですね。



男性の理想が母親である可能\性は大ですが、女性の理想が父親であるのは少ないでしょうね。特に男の場合、死に瀕した場合、妻や子供ではなく母の名を呼ぶ者は少ないですね。女性の場合、自身で出産するから、そうならないかは分かりません。
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続きです。 (Mars)
2006-08-26 12:17:37
(というのも、助産士の従姉妹から見ると、大人になりきれていない母親も少なくないとか。まあ、同性から見た目の方が辛辣ですが。)



私事ながら、愚弟も一度は独り生活を体験して、視野を広めて欲しいものです。



※揚げ足とりのようで申\し訳ないですが、汚名は返上するもので、挽回するのは名誉だと思います。
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ムエタイ (mugi)
2006-08-26 21:04:45
こんばんは、Marsさん。



私もムエタイ(タイ式キックボクシング)についてよく知りませんが、ウィキペディアにもあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%A8%E3%82%BF%E3%82%A4



ただ、一般のタイ人は自分たちと釈迦族とは同じ種族で、釈迦時代からこの武術があったと思っているとか。

タイ映画でムエタイを見たことがありますが、試合前に合掌するのがよかったですね。ボクシングではこんな礼節はない。



女性でもファザコンという言葉がありますから、父親の影響は大きいはずですよ。ただ、男性と違ってあまり表面に出ない。

従姉妹さんの仰るとおり、子供が子供を生むことも珍しくないですね。昔は今より早く子供を産みましたが、家族制度があったのでサポートされてました。しかし、現代は違う。



不当な汚名返上は当然の行為ですが、主人公がマネージャーと交渉する駆け引きは面白かったですね。日本人ならまず難しい。

的外れのレッテルを張り、主人公を追い詰めるマスコミばかりか、それを鵜呑みにし彼を爪弾きにする近所の人々も怖いと思いました。マスコミ報道後、主人公が親友の家に訪ねていっても、友の母は会わせてもくれず、息子に「あの子とは口を利くな」と注意するから、日本よりひどい。
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