トーキング・マイノリティ

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力ずく外交の逆効果

2006-08-22 21:15:56 | マスコミ、ネット
 昨日、河北新報のコラム「あすを読む」で、イギリス人御用学者ロナルド・ドーア氏が、8月なのに靖国問題ではなく日本では関心の薄いレバノン戦争を取り上げていた。その題は「ヒズボラ“勝利”が示す、力ずく外交の逆効果」。その冒頭と末尾を紹介したい。

国 家の治安を確保するのに、暴力行使力を国家が独占することが必要だ。秀吉の刀狩がその原理に沿った有名な歴史的事件である。ところが、秀吉が想像出来な かった兵器技術の「進歩」及び、スリランカのタミル独立運動家やイスラム原理主義者のような、自爆を最高の名誉とするイデオロギーの普及というコンビはそ れを実行不可能に原理とした。米国の「9.11テロ」で明らかになったことが、最近のロンドンのテロ陰謀でも証明された。
 と同時に、圧倒的軍事力を持つ国の力ずく対外政策の限界も、最近の中東における出来事が証明している。北朝鮮問題と関連するから注目すべきである


  ドーア氏のコラムは上記の書き出しで始まり、最近のレバノン戦争について考察する。イスラエルはいきなりレバノンを空爆したのではなく、ハマスによるイス ラエル兵一人の拉致が発端だった。拉致も確実にテロだが、その原因をドーア氏はハマスを敵視するアメリカの方法に求める。アメリカがハマスにイスラエル存 在権を求めるため、外国からのパレスチナへの援助資金調達の道を打ち切り、追い詰められたハマスの一派がガザから侵入し、イスラエル兵士を拉致したと言 う。続けて氏の分析はこうある。
そして結果は?イスラエルの圧倒的に強力な軍事力をもってしても、一ヶ月の戦争で、ヒズボラのロケット発射能力を破壊できなかった。短時間の圧倒的勝利を期待していたイスラエル国民の幻滅。「ヒズボラの勝利」と、アラブ世界一般の歓喜
 ドーア氏はコラムを以下のように締めくくる。
力づく外交の逆効果は明らかだ。北朝鮮に対して韓国の太陽政策か、日米が主張する強力な制裁かとの選択とも関係する

  私はドーア氏のコラムをブログネタにしているので、今月はどんな話題を提供してくれるのかと思ったら、冒頭に秀吉の刀狩が出てきたのは思わず苦笑させられ た。秀吉が刀狩令を出した天正16(1588)年、イギリスはスペインの無敵艦隊を破っており、エリザベス一世の治世である。その前の女王メアリはプロテ スタント弾圧を行ったため、“血まみれメアリ”と呼ばれることになるが、エリザベスも多数のカトリック迫害を実行している。その目的は秀吉同様“国家の治 安を確保する”ためだが、秀吉が刀を取り上げただけで済んだのに対し、英国女王は命を奪うから徹底している。そして刀狩は世間に出回る刀剣、槍、弓矢、銃 器の数が余りにも 膨大であったため、完全な効果は上がらなかった。

 力ずく外交の優等賞は何といっても、古代ローマ、大英帝国、現代の米国だろう。以前の記事「イラクと空爆の力」でも書いたが、第一次大戦後オスマン・トルコに替わりイラクを支配した英国は、“警察目的”と称し、国際社会の批判を省みず、当時の新型兵器である時限爆弾を盛んに使用していたのだから。
 第一次大戦中、イギリス軍の総司令官になった、イギリスの一将校の文章で実に興味深いものがある。彼は戦争における勝利は、「計画的な嘘」また「嘘の実行」ないしは「逃げ口上」を用いずには、ほとんど不可能であると指摘する。彼によれば、「敵国が致命的な打撃を受けるまでは、打って打って打ちまくらねばならぬ」。さすが世界に冠たる帝国を築いた国民の気構えは違う。「人間というものは、軽度の侮辱には復讐の気持も起きるが、大きな危害を加えられると、復讐の念さえうしなってしまう」と言ったマキアヴェッリの言葉を見事実践している。

 そもそも、現代の中東問題は英国が第一次大戦中、あまりにも多重外交を行ったツケに端を発する。パレスチナへのユダヤ人入植を認めたのも英国、第二次大戦後、どうしようもなくなり、国連に下駄を預け、無責任、無銭外交に徹した国だ。イスラエル建国のエピソードは「ユダヤ人テロ組織」という記事でも書いたが、いかに英国がパレスチナに深く関っていたか改めて指摘するまでもない。
 あと、最近はニュースにも上らなくなったが、北アイルランド問題はどうなったのだろう。自爆テロこそ実行しなかったが、'70年代IRAはよくロンドンで爆弾テロをしたものだ。

  ヒズボラやハマスが“勝利”するのは当然だろう。彼らは圧倒的軍事力を持つイスラエルとは正面切って戦闘は行わず、ゲリラ戦に徹するのだから、負けるはず がない。イスラエルの軍事報復とは比べ物にならない些細なしっぺ返しを、“勝利”と気勢を上げて敵を打ち負かした幻想に酔うのが常なのだ。湾岸戦争でも、 実態はイラクの完敗にも係らず、現地では多国籍軍相手にサダムはよく戦ったと、あたかも惜敗した雰囲気に酔っていたが、アラブ社会はこの先も大には程遠い “勝利”と国際世論に訴える目標を達することに歓喜するだろう。

 コラム、手紙、ブログを問わず、書き手の本音は文末にくることが非常に多い。冒頭のみならず、末尾は特に強調して北朝鮮問題と中東を絡ませていたが、これは的外れなこじ付け以外の何者でもない。7月21日付けの記事でもドーア氏に触れたが、氏は韓国の太陽政策支持をいよいよ鮮明にしている。今や、中国シンパ以外破綻したと見なされている韓国の太陽政策など注目にも値しない。河北の御用学者の正体と見解が知れる。ついでドーア氏のメールアドレスはこちら。rdore@alinet.it

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
刀狩り (motton)
2006-08-23 13:06:31
刀狩りについては、藤木久志著『刀狩り―武器を封印した民衆』

が面白いと思いました。



レバノン情勢は今後どうなるか分かりませんが、現時点では

イスラエルが下手を打ったことは否めません。なんか雑に感じます。

中東戦争が日清日露でパレスチナを満州とすると、蘆溝橋以降の

ような感じです。

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蘆溝橋 (mugi)
2006-08-23 21:43:04
>mottonさん

紹介された本は未読ですが、副題が『武器を封印した民衆』とは面白そうですね。

必ずしもお上の一方的な政策によるものではなかったのでしょうか。



パレスチナが満州、現代は蘆溝橋以降とは面白い例えですね。

ただ、ユダヤは世界中にネットワークを持ってますから、レバノン情勢は蘆溝橋後とは違う展開になるかもしれません。
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