愛語

閑を見つけて調べたことについて、気付いたことや考えたことの覚え書きです。

Glass――日常生活での摩滅(1)

2010-08-25 20:51:14 | 日記
『A Factory Sample』に「Digital」とともに収録されたのが「Glass」です。「Digital」は、日常と非日常の対立と葛藤が描かれ、意識の底に沈潜していくような趣があります。一方「Glass」は、冒頭のフレーズに「Hearts fail, young hearts fail(心がくじける、若い心がくじける)」とあるように、日常生活の中で神経をすり減らす若者の苦悩がリアルに表れています。一部分かりにくい表現はありますが、「Digital」よりも、実生活に即していて、私小説のような詩だと思います。
 第1連を読んでみます。

Hearts fail, young hearts fail      心がくじける、若い心がくじける
Anytime, pressurised,          いつでも、プレッシャーを受けて、
Overheat, overtired.           過熱し、疲れ果てる。
Take it quick, take it neat,       早くして、きちんとして、
Clasp your hands, touch your feet.  手を握って、足に触って。
Take it quick, take it neat,       早くして、きちんとして、
Take it quick, take it neat,       早くして、きちんとして

「Clasp your hands, touch your feet.」は、何のための指示かよく分かりませんが、指示されるままにあくせく動く姿が想像され、その姿は滑稽にも見えます。そして、「Take it quick, take it neat,」とあります。誰かにこれを言われてむっとするのは、時代や場所が変わっても同じなのではないか、と思います。パナソニックのマッサージソファPR事務局が20代~50代の男女400人に対して、2009年の3月に行ったインターネットによる調査では、「疲れているときに言われ、イラっとする言葉」の第1位は「これやって」、第2位は「早くして」となっています。「いつでも、プレッシャーを受けて」「疲れ果て」ている若者を一層うんざりさせる一言ではないでしょうか。
 第2連を読んでみます。

Hearts fail, young hearts fail,      心がくじける、若い心がくじける、
Anytime, wearing down,         いつでも、すり減らしていて、
On the run, underground,        逃亡する、地下に、
Put your hand where it's safe,     手を置いて、安全なところに、
Leave your hand where it's safe.   手を離して、安全なところから。

 「Anytime, wearing down, On the run, underground, 」――心をすり減らす日常から逃れて地下に隠れるとは、どういうことなのでしょうか。思い起こされるのが、「まるで地下活動のようだった」とドキュメンタリー映画「ジョイ・ディヴィジョン」で語られている廃工場でのバンドの練習です。隠れ家のような場所で束の間の安心を得るような感じでしょうか。「Put your hand where it's safe, Leave your hand where it's safe.」は、全く反対の命令で、意図がよく分かりません。ただ、安心できる場所にいつまでも居られないことを表しているのではないかと思います。
 第3連はひたすら同じフレーズの繰り返しです。

Do it again,                もう一度やろう
Do it again and again and again.    もう一度やろう、
Do it again and again and again.    もう一度やろう、何度でも何度でも。
Do it again and again and again.    もう一度やろう、何度でも何度でも。
Do it again and again and again.    もう一度やろう、何度でも何度でも。 

 失敗してもくじけずに、何度でもやり直そうという気力を懸命に保ちながら、若い心を無情にくじく現実と対峙しているのです。何度やっても結局何も変わらないのかもしれない、たとえ不毛であってもやり続ける様子に、やるせなさも感じます。
 第4連、第5連を読んでみます。

Anytime, that's your right.       いつだって、自分が正しいとばかり。
Don't you wish you do it again,    もう一度やろうと思わないの?
Overheat, overtired.          過熱し、疲れ果てる。
Don't you wish you do it again,    もう一度やろうと思わないの?
Don't you wish you do it again,    もう一度やろうと思わないの?
Don't you wish you do it again,    もう一度やろうと思わないの?
Anytime, that's your right.       いつだって、自分が正しいとばかり。
Don't you wish you do it again,    もう一度やろうと思わないの?
Anytime, that's your right.       いつだって、自分が正しいとばかり。
Don't you wish you do it again,    もう一度やろうと思わないの?
Don't you wish you do it again,    もう一度やろうと思わないの?
I bet you we should do it again.    きっと、僕たちはもう一度やるべきだ。

Do it again.                もう一度やろう。
Do it again.                もう一度やろう。
Do it again.                もう一度やろう。
Do it again.                もう一度やろう。

 ここで、僕と一緒に何かを共に行っている「you」がクローズアップされてきます。「もう一度やろう」と、その人に対して何度も何度も呼びかけています。その相手としては、家庭生活では妻、職場では同僚、バンドではメンバー、などが考えられます。「you」をあてはめる人物を置き換えることで、いろいろな解釈ができそうですが、とにかくこの詩は、日々色々な役割をこなさなければならない若者が、日常生活で叱咤され、失敗しても何度でもやり直そうと奮起しながら神経をすり減らしていく様子を描いた詩として捉えられると思います。邦訳本は、第1連の「Take it quick, take it neat,」を女性の口調で、「さっさとやって、きちんとしてよ」と訳しています。まるで妻の小言のようです。確かに、イアンは早くから家庭生活にプレッシャーを感じていたようです。デボラは、「私の知らないところで彼は、ロブに家庭内での不愉快なところを話していた。」と記していますが、イアンにとって、家庭生活は心を摩滅させる最たるものの一つになっていったようです。


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