愛語

閑を見つけて調べたことについて、気付いたことや考えたことの覚え書きです。

「Insight」――夢の終わり(3)

2011-10-12 21:06:51 | 日記
 第3連の第5、6行目「Yeah we wasted our time, (そう、僕らは時間を無駄にした)/We didn't really have time, (本当に時間が無かったんだ)」には、これまで無意味なことに時間を費やしてきたという厳しい反省が表れています。このような、自分のこれまでの生き方は間違っていた、生き方を改めなければならない、早くしなければならない、時間がない、といった言葉は、以後の詩にたびたび出てくるようになります。

Get weak all the time, may just pass the time,    いつも弱いまま、ただ時間が過ぎていくようだ 
『I Remember Nothing』(1979年)

Through childlike ways rebellion and crime,      子供のようなやり方で反抗し罪を犯した
To reach this point and retreat back again.      ここに到達するために そして再び後退する
『From Safety to Where...?』(1979年)

See the danger,                   危険に目を向けろ
Always danger,                    常に危険は存在する
Endless talking,                   終わりのない会話
Life rebuilding,                   人生の やり直し
……
Worn like a mask of self-hate,          自己嫌悪を身にまとい
Confronts and then dies.             対立し そして滅びる
『Atmosphere』(1979年)

See my true reflection,              僕の本当の姿を見てくれ
Cut off my own connections,           僕のいろいろな関係を断ってくれ
I can see life getting harder,            人生がどんどんつらくなるのが分かる
『The Sound of Music』(1979年)

Made the fatal mistake,              致命的な失敗を犯した
Like I did once before,               以前にもやった気がする
『The Only Mistake』(1979年)

I'm ashamed of the things I've been put through,   自分がやってきたことを恥じている
I'm ashamed of the person I am.             僕という人間を恥じている
『Isolation』(1980年)

This is a crisis I knew had to come,           これは必ず来ると思っていた危機
……
I was foolish to ask for so much             あんなにも多くを望むなんて僕は馬鹿だった
『Passover』(1980年)

Oh how I realised how I wanted time,           ああ、どれだけ僕に時間が必要だったか、どこまで分かっていたのか
Put into perspective, tried so hard to find,        将来を見通そうと、懸命に見つけようとした
Just for one moment, tought I'd found my way.     ほんの一瞬、自分の道を見つけた気がした
……
Now that I've realised how it's all gone wrong,         今全てが悪くなっていることが僕には分かっている
Gotta find some therapy, this treatment takes too long,   治療法を見つけなくては、治療は長くかかりそうだ
……
Gotta find my destiny, before it gets too late.       僕の運命を見つけなくては、手遅れになる前に
『Twenty- four Hours 』(1980年)

Cry like a child, though theese years make me older,  子供のように泣く、ここ数年で僕はずいぶん年をとったのに
『The Eternal』(1980年)

Weary inside, now our heart's lost forever,        内側から疲れ果て、今僕たちの心は永遠に失われた
『Decades』(1980年)

How can I find the right way to control,          どうしたら見つけられるのだろう、正しく制御するやり方を
All the conflict inside, all the problems beside,      内なる葛藤の全て、横たわる問題の全て
As the questions arise, and the answers don't fit,    疑問がわき上がるけど、答えは合わない
Into my way of things,                     僕の対処の仕方では
Into my way of things.                     僕の対処の仕方では
『Komakino』(1980年)

 詩集を初めて読んだ時は、何故ここまで自分を恥じなければならないのか、そして、二十代前半という若さで、何故時間がないと思うのだろうか、いくらでもやり直しはきくのではないか、などと思ったりもしました。しかしそれは、苦しんでいる人に対しての傍観者の意見でしかないと思います。例えば、前の記事で引用したニーチェのツァラトゥストラに出てきた、蛇にのどをかみつかれて苦しんでいる人のような状況において、そんな悠長なことは言っていられないのです。イアンの詩に繰り返されるこうした言葉の数々は、危機的な状況が自分に訪れることを彼が予感していたこと、そしてそれが現実となり、何とかしなければならないと必死だったことを窺わせます。苦しみの中で自分があまりにも無力であることを実感した時、これまでの自分の生き方が厳しく反省されたのではないでしょうか。
 『Passover』に、「I was foolish to ask for so much(あんなにも多くを望むなんて僕は馬鹿だった)」とありますが、この「Insight」の内容と合わせると、自分がかつて抱いていた夢、野望が間違っていた、ということではないかと思います。イアンはバンドでの成功を誰よりも望んでいました。しかし、そのさなかに発病し、生活は激変しました。重い病気に直面すると、否が応でも「いかに生きるべきか」という問いがつきつけられます。イアンのこれらの言葉には、生きることや存在そのものへの問いが滲み出ているように感じます。「But I remember when we were young. (だけど覚えている、僕らが若かった時のことを。)」(『Insight』)や「Cry like a child, though theese years make me older,(子供のように泣く、ここ数年で僕はずいぶん年をとったのに)」(『The Eternal』)といった言葉は、実年齢ではなく精神的に、苦しみにより大きく年をとってしまったという実感から発せられたものでしょう。物理的な時間はそれほど経っていなくても、過去と現在は大きく隔てられてしまったのです。
 『Insight』の第2連の6行目「I keep my eyes on the door, (ドアを見つめたまま)」というフレーズから、私は、彼が自宅の創作部屋に独りこもっている姿を連想します。ドアを出ると、これまでと同じ生活が繰り返される、何かが間違っていると分かっているのに――そんなジレンマに陥っていたのではないかと思います。現実逃避ではなく、ニーチェが説くような、ニヒリズムを克服し、生を肯定すること、そんな根本的な解決法をイアンは欲していたのではないでしょうか。彼の詩には、乗り越えるためにすべきことが分からない、見つけられないという焦燥感が表れています。そして、それなのに間違った生活を繰り返さなければならない、という悲しみや憤りを感じさせます。
 第4連の1~4行目「And all God's angels beware, (神の天使たちよ、気をつけろ)/And all you judges beware,(全ての裁く者たちよ、気をつけろ)/Sons of chance, take good care, (強運の子たちも気をつけろ)/For all the people not there, そこにいない全ての人々のために)」には、苦しんでいる人たちは見過ごされがちだ、分かってもらえないということを表しているのだと思います。イアンは仕事で社会的な弱者を多く見ていました。「持病について――(2)」の記事で紹介したイアンの書簡には、自身の病気への不安とともに、毎月仕事で訪れていた、癲癇患者の治療施設について書かれていて、そこにいる最悪のケースの癲癇患者の子供たちについて「何て絶望的な状況にいる、可哀想な子どもたちだっただろう」と記しています。「『An Ideal For Living』とドイツ第三帝国――(7)」で引用したデボラの記述に、「空いた時間の全てを人間の苦難について読んだり考えたりすることに費やしているように感じられた」とあるように、ホロコーストの犠牲になった人々、そして仕事で出会った障害者たちなど、苦しみを背負い、社会の陰で生きている人々への思いは元々強かったと思います。しかし、実際に自分に迫ってきた苦しみは、創作面に大きな変化をもたらしました。混乱や葛藤が率直に綴られ、内省的な傾向がいよいよ強まっていきます。「Insight」は、ちょうどそうした転換期に位置する作品だと思います。