【本庶佑さんのノーベル賞受賞】
この人の受賞は本当に喜ばしい。本来は大村智の受賞(2016)を事前に予測した本を出した読売の馬場錬成さんか、同科学部の塚崎朝子さんあたりが、ずばり予測するかと思っていたが、まだ本が出ていない。
(塚崎さんの「世界を救った日本の薬」講談社ブルーバックスは未入手だが、アマゾンの書誌情報によると、商品名の「ニポルマブ」で紹介されており、薬学部生か薬学卒の人でないと難しすぎるように思う。目下「買いたい新書」の書評用に適書を探索中だ。よい本があれば、自薦他薦を問わずご紹介下さい。)
私は免疫チェックポイント阻害で薬理作用をする新抗がん剤「オプジーボ」を「オブジーボ」と誤記憶していた。10ポイント程度の活字では「プ」ト「ブ」が老眼では区別困難なことがある。
授賞発表の夜のNHKニュースをテレビで見たが、解説員自身がさっぱり免疫チェックポイント「PD-1」を理解していないことがわかった。新聞の解説図も同様だった。
もし新聞記事が横書きで、Opdivo, Programed cell Death-1と英字スペルアウトしてあれば、ポとボの誤読も起こらないし、「PD-1」は計画的細胞死(アポトーシス:Apotosis)に関する遺伝子の一種として当初命名され、がん細胞はTリンパ球表面にあるこのタンパク質をブロックすることで、生き残りを図っているのだということが、一般の人にも比較的容易に理解できただろうに…と思った。
発売元小野薬品のネット説明だと、
<ヒトPD-1に対するヒト型IgG4モノクローナル抗体です。オプジーボは、PD-1とPD-1リガンド(PD-L1およびPD-L2)との結合を阻害することで、がん細胞により不応答となっていた抗原特異的T細胞を回復・活性化する。>とある。
「リガンド(Ligand)」というのは抗原と抗体の特異的な結合が代表的だが、立体化学的に凸と凹の関係になっていて、特異的に結合する物質一般をいう。豆類の中には「植物性血液凝集素(フィトヘマグルチニン:Phytohemaglutinin)」というリガンドを含むものがあり、古代ギリシアの幾何学者ピタゴラスが組織した「ピタゴラス教団」では豆を食うのが禁止されていた。(地中海産のもので、日本の豆とは関係ない。)
小野薬品の説明でオプジーボの本体が「ヒトPD-1に対するヒト型IgG4モノクローナル抗体」だということは分かった。だが、薬の本体がIgG性の「モノクローナル抗体」であることは、新聞テレビではいっさい説明がない。
この抗体は特定の抗原にのみ反応するB細胞(単一クローン:Monoclone)を選び出し、細胞培養して得られた抗体で、1984年には理論を提唱したデンマークの学者、実用化した西ドイツと英国の科学者3人にノーベル生理学・医学賞が出ている。
免疫グロブリン(Ig)にはそれぞれIg(Immuno-Globulin)を冠した、D, M,G,A,Eという5種のクラス(Class)があり、同じ染色体の上に遺伝子が線状に並んでいる。抗体を産生するBリンパ球は、環境条件や成熟の度合いによって、使用する遺伝子を切り換えるので、これが「クラススイッチ」と呼ばれる。
この「クラススィッチ」の仕組みを解明したのが本庶佑さんで、本来ならノーベル賞に値するのだが、抗体が自然界に存在しない抗原(異物)にも反応する遺伝学的根拠を実験的に証明した利根川進さん(1987年)が、先にノーベル賞を受賞したので、同じ抗体遺伝子関係では本庶佑さんの受賞はなかった。
しかし、これで研究をギブアップしなかったところがすごいと思う。
1990年代、線虫の「細胞自死」(アポトーシス:Apoptosis。元はギリシア語でPtosisのpは発音しない。横隔膜Diaphragmを英語ではダイアフラムと発音するのと同じだ)。原義は「枯葉が舞い落ちる」ことの意だ。)が注目された。
わずか1000個の細胞からなる線虫(学名はC. elegansで回虫の仲間)をモデル動物として、動物の発生過程では不必要になった細胞は、あるスイッチが入って自死して吸収されるという機構が明らかになってきた。オタマジャクシから尻尾が消えるのも、この現象によるものだ。
この研究をした3人の英国科学者には、2002年にノーベル生理学・医学賞が出ている。
これは私の推測だが、1995年に本庶佑さんらが論文を発表し、T細胞にある免疫チェックポイントを「PD-1」と名づけた時、アポトーシスにより自死する体細胞と同じく、体細胞由来なのに、T細胞の攻撃に耐えるがん細胞とのアナロジーを、直感的に思い付いていたのだと思う。
もしそうなら、モノクローナル抗体でPD-1をブロックしたらがん細胞はどうなるか、という作業仮説に到達するのは比較的容易だったろうと思う。
これは本庶佑さんが、医学・生物学の最先端知識を絶えず吸収していた賜物であろう。彼の今回の研究は、先行する少なくとも4つのノーベル生理学医学賞のポイントを押さえ、それを発展させている。
本庶佑さんには広島の「悪性リンパ腫研究会」で講演をお願いしたことがある。講演の名手だが、ジョークの達人でもあった。
スウェーデンでの学会懇親会で聴いたものだとして、以下のようなジョークを語ってくれた。時は1991年だったと記憶する。
ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツの統一が実現し、ドイツはECをEUに発展させるために動いていた。ソ連はベルリンの壁崩壊以来、ソ連邦の体制が崩れ始めていた。
ソ連の大統領はゴルバチョフ、米大統領は父ブッシュだった。この年の夏はソ連で未遂に終わったが、クーデターが起き、これに乗じたかたちで、ウクライナとエストニアがソ連脱退・独立を宣言している。このジョークはこうした時代背景の知識がないと、今は理解しにくいかと思う。
******************************************
ゴルバチョフ大統領とブッシュ大統領がカリブ海でヨット上会談を行った。ところが折悪しく大嵐が起き、ヨットはとある無人島に漂着した。しかし救援隊はいつまでたっても見つけてくれない。
仕方なく二人は島で自給自足の生活をしていた。
ある日、ペットボトルに入った新聞が海岸に流れ着いた。
それを読んだブッシュが、ゴルバチョフに大声でこう告げた。
「おいゴルビー、この新聞にはドイツと中国の国境で戦争が始まったと書いてあるぞ!」
*********************************************
旧東ドイツの西ドイツへの統合、8月に起きたソ連でのクーデター未遂事件、ウクライナ、エストニアのソ連離脱を知っていた会場の聴衆が大笑いしたのはいうまでもない。もちろんヨーロッパで生まれたこのジョークには、ドイツの拡大主義を危惧する意味も含まれている。
スウェーデンでの学会だから公用語は英語だったと思うが、英語のジョークを理解するのも話すのも、並大抵の英語力ではできない。
それを達意の日本語でしゃべったのだから、脱帽のほかない。
私が研究してきたのは悪性リンパ腫という「血液のがん」だ。持論は「悪性リンパ腫というがんは、免疫系ががん化するという特殊なものだ。免疫系には外敵に対する侵略防御という、国家に例えれば軍隊のような機能と、内部で発生する体細胞の内乱であるがんの駆除という警察のような機能がある。
軍隊が内乱(クーデター)を起こし、政府を打倒することはままあるが、警察は最後まで政府に忠実で、内乱を起こすことはまずない。
だが、悪性リンパ腫は警察の内乱のようなもので、この点でもっとも特殊ながんだ。悪性リンパ腫が発生するメカニズムが解明できたら、きっとがん一般の治療法も大きく進歩するに違いない」
というものだ。
その話を本庶佑さんにも懇親会でした。
本庶佑さんとは厚労省研究班の班員として一緒したことがある。
同じ話は当時広島大学の学術顧問だった小和田恒さん(後の国際司法裁判所長官、美智子皇后の父)にもお話した。小和田さんは外務省出身だが、即座にこの話を理解してもらえた。
たぶん私が出会った人物の中で、5指に入る知性の持ち主に入るだろう。
ネットを見ると、「本庶」という姓の人は全国で30人しかおらず、本庶という名の本の著者は本庶佑以外は、耳鼻科の本しかないとあった。本庶家は祖父の代から医師で、父は宇部市にある山口大学医学部で耳鼻科教授をしていた人である。ネットにあった本は父親の本庶教授の著書だろう。
本庶佑さんは「基礎科学振興のため1000億円の基金を集めたい」という壮大な構想を語った。この夢に私も微力ながら協力したいと思う。
この人の受賞は本当に喜ばしい。本来は大村智の受賞(2016)を事前に予測した本を出した読売の馬場錬成さんか、同科学部の塚崎朝子さんあたりが、ずばり予測するかと思っていたが、まだ本が出ていない。
(塚崎さんの「世界を救った日本の薬」講談社ブルーバックスは未入手だが、アマゾンの書誌情報によると、商品名の「ニポルマブ」で紹介されており、薬学部生か薬学卒の人でないと難しすぎるように思う。目下「買いたい新書」の書評用に適書を探索中だ。よい本があれば、自薦他薦を問わずご紹介下さい。)
私は免疫チェックポイント阻害で薬理作用をする新抗がん剤「オプジーボ」を「オブジーボ」と誤記憶していた。10ポイント程度の活字では「プ」ト「ブ」が老眼では区別困難なことがある。
授賞発表の夜のNHKニュースをテレビで見たが、解説員自身がさっぱり免疫チェックポイント「PD-1」を理解していないことがわかった。新聞の解説図も同様だった。
もし新聞記事が横書きで、Opdivo, Programed cell Death-1と英字スペルアウトしてあれば、ポとボの誤読も起こらないし、「PD-1」は計画的細胞死(アポトーシス:Apotosis)に関する遺伝子の一種として当初命名され、がん細胞はTリンパ球表面にあるこのタンパク質をブロックすることで、生き残りを図っているのだということが、一般の人にも比較的容易に理解できただろうに…と思った。
発売元小野薬品のネット説明だと、
<ヒトPD-1に対するヒト型IgG4モノクローナル抗体です。オプジーボは、PD-1とPD-1リガンド(PD-L1およびPD-L2)との結合を阻害することで、がん細胞により不応答となっていた抗原特異的T細胞を回復・活性化する。>とある。
「リガンド(Ligand)」というのは抗原と抗体の特異的な結合が代表的だが、立体化学的に凸と凹の関係になっていて、特異的に結合する物質一般をいう。豆類の中には「植物性血液凝集素(フィトヘマグルチニン:Phytohemaglutinin)」というリガンドを含むものがあり、古代ギリシアの幾何学者ピタゴラスが組織した「ピタゴラス教団」では豆を食うのが禁止されていた。(地中海産のもので、日本の豆とは関係ない。)
小野薬品の説明でオプジーボの本体が「ヒトPD-1に対するヒト型IgG4モノクローナル抗体」だということは分かった。だが、薬の本体がIgG性の「モノクローナル抗体」であることは、新聞テレビではいっさい説明がない。
この抗体は特定の抗原にのみ反応するB細胞(単一クローン:Monoclone)を選び出し、細胞培養して得られた抗体で、1984年には理論を提唱したデンマークの学者、実用化した西ドイツと英国の科学者3人にノーベル生理学・医学賞が出ている。
免疫グロブリン(Ig)にはそれぞれIg(Immuno-Globulin)を冠した、D, M,G,A,Eという5種のクラス(Class)があり、同じ染色体の上に遺伝子が線状に並んでいる。抗体を産生するBリンパ球は、環境条件や成熟の度合いによって、使用する遺伝子を切り換えるので、これが「クラススイッチ」と呼ばれる。
この「クラススィッチ」の仕組みを解明したのが本庶佑さんで、本来ならノーベル賞に値するのだが、抗体が自然界に存在しない抗原(異物)にも反応する遺伝学的根拠を実験的に証明した利根川進さん(1987年)が、先にノーベル賞を受賞したので、同じ抗体遺伝子関係では本庶佑さんの受賞はなかった。
しかし、これで研究をギブアップしなかったところがすごいと思う。
1990年代、線虫の「細胞自死」(アポトーシス:Apoptosis。元はギリシア語でPtosisのpは発音しない。横隔膜Diaphragmを英語ではダイアフラムと発音するのと同じだ)。原義は「枯葉が舞い落ちる」ことの意だ。)が注目された。
わずか1000個の細胞からなる線虫(学名はC. elegansで回虫の仲間)をモデル動物として、動物の発生過程では不必要になった細胞は、あるスイッチが入って自死して吸収されるという機構が明らかになってきた。オタマジャクシから尻尾が消えるのも、この現象によるものだ。
この研究をした3人の英国科学者には、2002年にノーベル生理学・医学賞が出ている。
これは私の推測だが、1995年に本庶佑さんらが論文を発表し、T細胞にある免疫チェックポイントを「PD-1」と名づけた時、アポトーシスにより自死する体細胞と同じく、体細胞由来なのに、T細胞の攻撃に耐えるがん細胞とのアナロジーを、直感的に思い付いていたのだと思う。
もしそうなら、モノクローナル抗体でPD-1をブロックしたらがん細胞はどうなるか、という作業仮説に到達するのは比較的容易だったろうと思う。
これは本庶佑さんが、医学・生物学の最先端知識を絶えず吸収していた賜物であろう。彼の今回の研究は、先行する少なくとも4つのノーベル生理学医学賞のポイントを押さえ、それを発展させている。
本庶佑さんには広島の「悪性リンパ腫研究会」で講演をお願いしたことがある。講演の名手だが、ジョークの達人でもあった。
スウェーデンでの学会懇親会で聴いたものだとして、以下のようなジョークを語ってくれた。時は1991年だったと記憶する。
ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツの統一が実現し、ドイツはECをEUに発展させるために動いていた。ソ連はベルリンの壁崩壊以来、ソ連邦の体制が崩れ始めていた。
ソ連の大統領はゴルバチョフ、米大統領は父ブッシュだった。この年の夏はソ連で未遂に終わったが、クーデターが起き、これに乗じたかたちで、ウクライナとエストニアがソ連脱退・独立を宣言している。このジョークはこうした時代背景の知識がないと、今は理解しにくいかと思う。
******************************************
ゴルバチョフ大統領とブッシュ大統領がカリブ海でヨット上会談を行った。ところが折悪しく大嵐が起き、ヨットはとある無人島に漂着した。しかし救援隊はいつまでたっても見つけてくれない。
仕方なく二人は島で自給自足の生活をしていた。
ある日、ペットボトルに入った新聞が海岸に流れ着いた。
それを読んだブッシュが、ゴルバチョフに大声でこう告げた。
「おいゴルビー、この新聞にはドイツと中国の国境で戦争が始まったと書いてあるぞ!」
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旧東ドイツの西ドイツへの統合、8月に起きたソ連でのクーデター未遂事件、ウクライナ、エストニアのソ連離脱を知っていた会場の聴衆が大笑いしたのはいうまでもない。もちろんヨーロッパで生まれたこのジョークには、ドイツの拡大主義を危惧する意味も含まれている。
スウェーデンでの学会だから公用語は英語だったと思うが、英語のジョークを理解するのも話すのも、並大抵の英語力ではできない。
それを達意の日本語でしゃべったのだから、脱帽のほかない。
私が研究してきたのは悪性リンパ腫という「血液のがん」だ。持論は「悪性リンパ腫というがんは、免疫系ががん化するという特殊なものだ。免疫系には外敵に対する侵略防御という、国家に例えれば軍隊のような機能と、内部で発生する体細胞の内乱であるがんの駆除という警察のような機能がある。
軍隊が内乱(クーデター)を起こし、政府を打倒することはままあるが、警察は最後まで政府に忠実で、内乱を起こすことはまずない。
だが、悪性リンパ腫は警察の内乱のようなもので、この点でもっとも特殊ながんだ。悪性リンパ腫が発生するメカニズムが解明できたら、きっとがん一般の治療法も大きく進歩するに違いない」
というものだ。
その話を本庶佑さんにも懇親会でした。
本庶佑さんとは厚労省研究班の班員として一緒したことがある。
同じ話は当時広島大学の学術顧問だった小和田恒さん(後の国際司法裁判所長官、美智子皇后の父)にもお話した。小和田さんは外務省出身だが、即座にこの話を理解してもらえた。
たぶん私が出会った人物の中で、5指に入る知性の持ち主に入るだろう。
ネットを見ると、「本庶」という姓の人は全国で30人しかおらず、本庶という名の本の著者は本庶佑以外は、耳鼻科の本しかないとあった。本庶家は祖父の代から医師で、父は宇部市にある山口大学医学部で耳鼻科教授をしていた人である。ネットにあった本は父親の本庶教授の著書だろう。
本庶佑さんは「基礎科学振興のため1000億円の基金を集めたい」という壮大な構想を語った。この夢に私も微力ながら協力したいと思う。
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