ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【病気の今昔】難波先生より

2019-04-10 06:33:50 | 難波紘二先生
【病気の今昔】
 4/8(月)の「河北新報」が次のニュースを伝えていた。
<気仙沼大島大橋の開通式に前宮城県知事の浅野史郎さん(71)が駆け付け、村井嘉浩知事ら関係者と渡り初めをした。知事だった2001年1月、県が初めて橋の完成目標を「18年度」と明言した経緯がある。…>
 気仙沼市沖にある大島と本土との間に橋がなく、フェリーでのみつながっていたことは、今回初めて知った。瀬戸内海の主な島はいまや相互に架橋されており、最終的に本土につながっている。「県立叡智高校」がこの4月からわざわざ島嶼に設立された。全寮制だから、ひなびた所にあり、俗塵にまみれない方が、教育効果が高いだろう。

 何年のことだったか忘れたが、浅野史郞さんは知事在任中に「成人T細胞白血病(ATL)」と診断され、それを自ら公表したという記憶がある。
 この病気はかつて「白血性細網内皮症(LRE)」と呼ばれ、難病中の難病で、患者は6ヶ月以内にほとんどが死亡することで知られていた。この難病の本態を解明したい、というのが私の血液病理学研究の出発点だった。
 1974年9月に米NIHに留学し、この課題に取り組んだ。この病名で発表された過去の論文にはドイツ語・英語以外にフランス語のものもあり、論文を理解するのに同僚のフランス人女医マリー・フランソワーズの力も借りた。

 その結果、LREには急性型と慢性型があり、骨髄と脾臓が侵される点では両者は臨床的に共通していることがわかった。しかし日本と違いアメリカには慢性型しかなく、それは「ヘアリー細胞白血病(Hairy Cell Leukemia=HCL)」と呼ばれていることがわかった。
 走査電子顕微鏡で白血病細胞を観察すると、細胞表面に多数の毛髪状突起が認められることから、そう命名されたのである。幸いNIHのNCI(国立がん研究所)病理部にいたので、同僚を通じて患者の末梢血を容易に入手できた。

 細胞が持つ酵素を調べたところ、すでにマサチューセッツ医大の片山勲らが報告していたように、酵素活性が酒石酸で阻害されない「酸性フォスファターゼ」(TR-ACP)が陽性だとわかった。これは今でもHCL診断の決め手とされている。

 患者末梢血だけでなく、治療目的で摘脾された患者膵臓についても調べた。その結果、面白い発見があった。普通の臓器では、動脈と静脈は細動脈→毛細血管→細静脈という関係でつながっているが、脾臓では毛細血管の先が「静脈洞」というオープンな構造になっており、血液細胞が「髄質」と呼ばれる、網目ないし格子状の構造をなす組織に一旦出るようになっている。こういう構造を「開放血管系」という。
 軟体動物ではよく発達しているが、脊椎動物では脾臓のみに見られる。こういう仕掛けがあるから、耐用期限がきた赤血球や鎌状貧血の赤血球など、異常がある血液細胞はここで破壊されるのである。

 これも組織化学の方法でいろいろ調べて行くうちに、HCL患者の脾臓に見られる「静脈洞」には血管内腔に面する細胞「内皮細胞」に奇妙な特徴があることがわかった。通常の内皮細胞では「非特異的エステラーゼ(NSE)」が陽性だが、HCL患者の脾静脈洞にはNSE陰性、TR-ACP陽性の内皮が認められる。
 驚いて通常の組織標本を顕微鏡でよく調べると、問題の細胞がある部分では、静脈洞の壁が不自然に膨隆し、そこに赤血球が貯留し「血液湖」を形成していることがわかった。肝臓にも骨髄にも同じような病変が認められ、HCLの病理組織診断に有用だと考えられた。

 その頃、京大病院講師の高月清さんとその研究グループが、「慢性型T細胞白血病」の症例報告を国際誌に発表した。HCLの細胞がB細胞性だということは、すでに確定していたので、別に驚かなかったが、患者の出身地を調べた高月さんが、「南西九州に多い」と発表し、「成人T細胞性白血病(ATL)」と命名した。
 その後、日本の研究にはずみがつき、HTLV-1というレトロウイルスの感染があること、血中にHTLAという特異抗原があり、これを測定することで感染の有無を判定できること、この白血病は九州南西部だけでなく東日本の沿岸部や北海道のアイヌ民族など、疫学的に特徴がある地理分布をしていることが判明した。

 浅野史郞さんは知事在職中の2004年にHTLV-1陽性と診断され、5年後にATLを発症している。
 https://president.jp/articles/-/16661
 幸い、化学療法と骨髄移植で寛解に入ったようだ。ATLがここまで治るとは、1980年代には思いもしなかった。浅野さんのQOLが、ほとんどあるいは全く妨げられていないのが何よりだ。
 まさに「今昔の感」である。

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