森田宏幸のブログ

Morita Hiroyukiの自己宣伝のためのblog アニメーション作画・演出・研究 「ぼくらの」監督

「ぼくらの」7話によせて

2007年05月24日 07時43分57秒 | 監督日記
書きたいことがたくさんあるのですが、
忙しくて間に合いません。

追っ付け書きますので、
ご感想などご自由にお寄せください。


___________________
 森田宏幸です。今日は2007年9月21日です。

 あとまわしにしていたこの「7話によせて」をやっと書くことが出来ることを嬉しく思います。この7話、監督の立場で見守ることは、ちょっと刺激的な経験だったものですから、そのことを書きます。

 異性の先生に憧れたことはあっても、一線を越えたことはない、というのが私のまわりの女性たちの声です。ありえない話ではないのでしょうけど、ハードルが高い経験であることは確かでしょう。というか、私の世代だと、中学生で初体験というだけで信じられないほど早い。そんなわけで、そうした体験に、それだけ積極的になる子ってどんな子だろうかと想像するのが7話を、そしてチズを形作る最初でした。
 今、原作を読み返しながら、この記事を書いています。原作ではチズは、同年代の少年たちに嫌悪感を感じる少女として登場しています。鬼頭さんは、単行本3巻149ページのモノローグでチズに「押さえ切れない性欲がじわりとにじみ出しているかのような。」とまで言わせ、同じく147ページ下段で、訪ねてきた同級生を拒否する表情を冷たく描くことで、チズが何か非凡なものを強く求めているということを見事に表現しています。
 私がこのあたりのチズの描写を軽んじてアニメーション化してしまったことが、のちのちこのブログ上でも批判されることになってしまった、と今は反省しています。
 私は原作から離れ、こうした切れ味鋭い表現よりもむしろ、そうした非凡なものを求めずにはいられなくなった原因の方に比重を置きました。それが単行本4巻の20話、タイガーカップのエピソードです。この物語の中で、チズは心底両親や姉の人の良さに苛立っている。家庭に居場所が見いだせないが故に、彼女はどんどん大人の世界に出て行こうとするというわけです。このチズの苛立ちのエピソードを短く圧縮し、桃太郎の芝居の練習をしている話にし、車泥棒を下着泥棒に変えたというのが、アニメーション版のはじまりです。
 このような、突飛でちょっと笑いが加わったような、おかしなシーンを入れたがるというのが、今思えば私の癖です。そうしたテイストを、まったく期待しないでアニメーション版を見た方々、すいませんでした。
 しかもこの私のテイストを見事に絵にしてくれたのが、作画監督の夏目真吾さんで、なぜか彼はこういうふざけた絵が得意です。私の近くの夏目君の机の上に、サルの衣装を被ったチズの父親を見たときは、何もここまで変にしなくてもと思ったものですが、そんな驚きはこの7話では、まだ序の口だったと分かったのは、作画があらかたそろったダビングの時でした。(ダビングとは、音楽と効果音を入れる作業のことです)

 念のため書いておきますが、私は川畑えるきんさんの絵コンテを、事細かにチェックしています。川畑さんの絵コンテは、広角と望遠のカメラアングルを使い分けた効果を上げていて、結果的に手直しは少なかったですが、監督として、手を入れるべきと思ったところにはちゃんと手を入れて、完成稿にしています。それでもダビングで初めてオールラッシュを見た時にはまどいました。それは、与えられている動きゆえでした。
 それはチズと畑飼が寝るシーン。ふたりは汗をかきながら交わり、体を揺らしていました。原画を描いたのは小川 完さん。音響監督が一言「止めかと思った」と言って目を丸くして心配そうに私の顔を見たのが忘れられません。絵コンテには動きの指示までは入っていなかったから、止めであっさりした描写ですませるのかと思っていたわけです。私も、ストーリー上当然あって然るべきと思って入れたまでのシーンかと思っていて、顔のアップと、遠くから見た絵のみが使われていましたから、あまり生々しくはならないだろうと思っていました。そして、そうした程度の描写なら、テレビドラマなどでもよく見られるから大丈夫、ぐらいのつもりでいたのです。しかしそれは、まったくの認識不足でした。
 申し訳ないことですが、視聴者には子供さんも含まれるであろうという点に配慮して、放送に際しては、この性描写の3カットほどは、部屋の風景の描写に差し替えて放送しました。もちろんスタッフ一同納得しての結論です。DVD版には、前述の性描写はまるまる入りますが、テレビをご覧の皆様ならびに、レンタルビデオをご覧の皆様にはDVD版と同じものをお見せできなかったこと、心からお詫びしたいです。

 ところで、このシーン、描き方が生々しすぎたというだけでなく、見せられた私にはなんとなく、気持ちの悪いものが残っていました。ラッシュの上がりが想像していたイメージと違うなどということはよくあることで、それが本当に問題ならリテイクにして直すのですが、ダビング時何回か見ただけでは、いったいどこがおかしいのかよく分からない。
 それが分かったのは、ダビングが終わったあとのオールラッシュの時、問題のシーンの前、チズが畑飼のアパートに入っていくところを見たときでした。
チズは畑飼に続いて、なんの躊躇もなく、さらりと部屋に入って行きます。よく見ると、まるでスキップをしながら入っていくかのように楽しげです。実はここの原画も小川 完さん。
 これは違う、とまず私は思いました。チズはまだ中学生でありながら、心に抱えた孤独感に押し出されて、高いハードルを上り始める。迷ったり、恐れたりしながら。だから、チズが畑飼の部屋に入っていくシーンは、畑飼が入った後で、一度待ち、躊躇した後にゆっくり入っていくということでなくてはならないつもりでした。ですが、あとで話し合って分かったのですが、川畑さんたちは、チズを軽い女の子と解釈していたのです。だから、彼らは性描写も生々しく描けたのです。
 チズと畑飼の情事に、多少なりともロマンチックなものを想像していた私は、笑われたような気がして恥ずかしくなりました。愛だ恋だと言ったって、所詮セックスはセックスでしょ? と、小川君が描いた動きは言っています。参りました。そして、それは正しいかもしれない、とその時私は思ったんです。性描写はへんに美化しない方がいい、と。
 チズの心情は、前後のシーンとモノローグで分かります。特にチズが畑飼に心惹かれていくシーンは、前述したとおり望遠と広角を使い分けた風景描写をアトリエ・ムサが見事に描ききったことで、情感が伝わります。チズの大胆な動きは無神経な危うさに近づきますが面白い。彼らの解釈で、7話はまとめてもらう決意を私はしました。
 さて、小川 完さんの描いた、チズが畑飼の部屋に入っていく動きについて書いておきたいのですが、これは単なるいい動き、ではなくて、立派な芝居になっていると思いました。「動きが描けるアニメーターは多いが、芝居を描けるアニメーターは少ない」とは、となりの山田くんを作っている時に私が聞かされた、高畑勲さんの言葉ですが、小川さんは芝居が描ける本物かも知れません。ただ、本人と話してみると、頭に浮かんだ動きを描いてるだけで、あまり意識してないようで、今後の精進が期待されます。
 ちなみに、同じく小川さんが描いた、チズが畑飼の部屋の本棚をひっくり返すカットは、芝居ではなく、動きのスタイルで攻めていました。コマ抜きした動きのスタイルは、一見ユニークですが実は古典的な手法です。私は面白いと思いましたが、視聴者の反応を見ると、違和感があったようですね。つまり動きは面白いけど、芝居は普通だと言うことでしょうか。動きは自然でいいから、芝居が面白く決まるほうがいいということでかもしれません。

 ちょっと長くなってしまいましたが最後にひとつだけ。
 話してみて興味深かったのは、川畑さんはじめ彼らが、私のイメージを外していた自覚がまったくなかった点です。私と打ち合わせしたとおりに作っていたつもりだったらしいのです。上記のような私の解釈を、彼らは興味深く頷いて聞き面白がります。悪意はまったくない。
 この時、私は他でもない鬼頭さんのことを思い出していました。
 こんなことを書けば、また叱られるかも知れませんが、再度謝るために書きます。私が彼らをやきもきしながら見るのと同じように、鬼頭さんも自由に作っていいと口では言いながら、私がぼくらのをまるで分かっていないと、やきもきして心配しているかも知れないと想像したのです。私もまた、この頃はまだ原作を許されないほどに変えているという自覚がありませんでした。
 私が原作を嫌いだ、と発言して、たくさんの批判をいただく前です。呑気だったとしか言いようがなく、申し訳ないことでした。
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79 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
げんきですねー (河内いんきょ)
2007-05-24 09:15:57
部雲元気
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あれはないわー (京太)
2007-05-24 09:29:23
初めまして。いつも楽しく拝見させて頂いておりました。……6話までは。

7話は、監督も自覚されているでしょうが、酷い絵荒れでした。(特にチズが本棚を漁るシーンとか、なんですかあのコマ送り?)

時間やコストの制限もあると思います。しかし、ここまで非常に良いクォリティで来ていたのに残念でありません。

辛口の意見で申し訳ありません。今後を期待しております。
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よかった (arata)
2007-05-24 09:42:10
今までで一番よく出来てたと思います。
うまく原作のエピソードを集約させてチズと教師のドラマにも改変が加えられてまた違った観点から楽しく観れました。原作では回想が多用されてますけどアニメでは回想はあまり使われなかったのでそうゆう作りにするのかと思ってたら今回は回想でしたね。

問題の場面ですが動画枚数は少ないにせよ要点の動きはちゃんとしてたのでそう悪いようには感じませんでしたね。今回は全体的に「NHKにようこそ!」っぽい作画だなと思いました。
学校や帰り道の背景にかなり気合入ってたよう思えます。
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力作回でしたね (TOSHI)
2007-05-24 11:36:48
はじめまして。全体的に芝居が細かくて、作画がよかったですね。ざっくりとしたフォルム系のアニメートが好印象でした。くだんの本棚の場面の、がんばっている原画は竹内哲也さんの担当でしょうか? あと、自転車をおしながら並んで歩く芝居が(とくに後ろ歩き!)絶妙で素晴らしかったです。家族とのすれ違い、後半の不安感など、非常にまとまりのいいエピソードで、楽しませていただきました。
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股間 (n)
2007-05-24 11:58:15
7話みました、
チズの父親の股間が妙に盛り上がって(るように見え)て笑いました。
原作とは似てるようで雰囲気の全然違う家族の描写にオリジナルの展開のスタートっぽい印象を受けました。回想からジアースコックピットに戻る時の演出がすごくよかったです。これからも楽しみにしてます。
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かなり衝撃 (トール)
2007-05-24 12:46:33
原作を読まないまま、アニメ拝見しています。
チズの、微妙に媚を含んだ台詞や声、教師との会話にちょっとそそけたちました。
そして、前半の家族とチズの会話の内容も、かなり寒気でした。

一応かなり大人な年齢の私としては、操縦者になっちゃった子供たち見て、胸が痛いです。
子供を守ってやれるなんてのは、幻想だよなーなんぞ思って見ていますが。

今回、ラストのチズの暗い目が心に残りました。
これからも楽しみにしています。

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股間のことで気になることがあります。 (桃太郎)
2007-05-24 15:03:27
初めて書き込みます。
原作既読で、最初は改変が嫌で嫌でたまらなかったのですが、アニメとして割り切れるようになってきた昨今です。
今回もとても面白く観させていただきました。
本棚のシーンなどで作画が指摘されていますが、そんなことよりもチズのお父さんの股間が気になって仕方ありません。
両親、弟と一緒にみていたのですが、話の内容よりも股間に話題が集中してしまい、私が家庭内で「ぼくらの」の感想をしょっちゅう口にしていただけに、
「やけに股間が気になるアニメ」と散々馬鹿にされました。
あんまりだと思いませんか?ちょっと混乱しています。
ですが、チズのお父さんの股間のふくらみが気になっているのはきっと、私や私の家族以外にもいるはずです。
むしろあの股間部分にはお父さんの茶目っ気か何かでおしぼり的なものが入っているのだと思っています。
母は水筒ではないかと言っていました。
私の父も真似してタオルを股間に入れて「桃太郎さん」などとチズのお父さんの声まねをします。
監督は気になりませんでしたか?
おかしな質問ですみません。
次回も楽しみにしています。
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むしろ (harogen)
2007-05-24 22:13:58
僕個人としては今回のお話で作画は非常によいできだったと思いました。
日常芝居も丁寧でしたし、本棚みたいなシーンは逆に、やっぱり人が一枚一枚手描きで描いてるんだなーと感心しました。あんまり自然すぎると本当はめちゃくちゃ巧いのにスルーされちゃうのが作画ですし、あぁいった描き手が試行錯誤している様子をみれるのもアニメの楽しさだと思ってますので。
今回は夏目真吾さんの独壇場かな?と思いましたらば竹内哲也さんもいまして、なるほどって出来です。
あと、確かに股間は気になりましたねw
たぶん、あれは空気を読まないお父さんの茶目っ気と解釈しますw
楽しませてもらいました!
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7話 (薩摩)
2007-05-24 22:36:13
過激描写重視の原作漫画よりアニメの方がリアリティーがあるなと思っています。

視聴者は言いたい放題ですが、あまりお気になさらないでいいと思います。これからも楽しみにしています。
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ぼくらの・・・ならば (きつれん)
2007-05-24 22:43:42
ATXで見ておりますので少し出遅れておりますが、おそらく、ゴンゾ様は「ぼくらの」と「瀬戸」をきちんと仕上げることができれば、ようやく浮上できるように思います。ゴンゾ様、お願いだからお金や人をケチって、森田さんの足を引っ張らないでね。

さて、実は私、ゴンゾとジブリ(なんだか不思議な組み合わせ)作品を良く見るのですが、そんなこともあって、子供と猫恩を見ながら、「森田さん、ゴンゾで監督してくれないかなあ~」と思っていたら実現してしまって、今年はとってもハッピーだったりします。御礼申し上げます。

今回、「ぼくらの」がきちんと完成すれば、後半オリジナルということもあり、森田さんの評価に直結するように思います。

ということで、「ぼくらの」が終了する頃には、ブログへの書き込みがすごくて、対応しきれない~(すでにその兆候がありますが)というような、感じになっているような気がします。

まだ4話までしか見ておりませんが、ワクワク感があるアニメは本当に久しぶりです。森田さんが健康と体力と時間と根性と知力と笑顔を温存しつつ、安定した良い作品が完成することを希望しちゃってます。

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