公演名 NODA・MAP第14回公演「パイパー」
劇場 シアターコクーン
観劇日 2009年2月15日(日)
座席 1階J列
2月のある日、歌舞伎まつりのさなかに火星に一瞬ワープした。
それから1か月たってもなお私の中でくすぶり続けていたもの。
あのコントロール不能の状態について記録しておかなければ・・・。
野田さん作・演出の舞台を見る時、少なくとも私は理解しようとは思わない。
ただ集中して、感じたいと願う。
今回もその場にいて、映像や文字では味わえない時間を共有できたことがこ
のうえなく幸せ。それが私だけの、数値では表せない「幸福の絶対値」。
観劇直前の2月12日に、手塚治虫さんの特集番組を見た。
たまたま「パイパー」に出演中の野田さんがその日のゲストで、トークに
続いて放送された作品が『火の鳥』だった。
私の頭の中では『火の鳥未来編』によって放り込まれた火種が『パイパー』
で点火され、バクハツした感じ。
なので、もう他の見方なんてできませーん!
加えて、翌日の宮沢りえさんの妊娠発表。希望は絵空事じゃなかった(笑)。
トークで野田さんが「僕自身いま明るい、いい時期です」と語ったことも。
観劇を含めた4日間の出来事すべてが私の中で(勝手に)つながった。
<あらすじ>
100年後の火星。
憧れと希望を持って、初めて火星に移住した人々がいた。移住者たちの最大
幸福は、パイパー博士が発明したパイパー値という数値で測られていた。
人々と共に火星に連れて来られたのは「パイパー」たち。彼らは人類を幸せ
にするために東奔西走、一切の紛争の種を取り除いていった。
それから、さらに900年後。
一時は8000を超えた火星のパイパー値が急速に下がってゆく。
(まるで株価の暴落のように。)
そして、人間のあらゆる暴力を吸い込み、今や巨大な力を溜め込んでしまっ
たパイパーたちが突然、火星を壊し始める。
それは火星の「巻き戻し」だった。
火星を捨てて金星に移住しようとパニックになる人々。
その中に、なおも火星で懸命に生きようとする姉妹たちがいた。
<キャスト>
ダイモス、ダイモスとフォボスの母親:松たか子 フォボス:宮沢りえ
ワタナベ:橋爪功 キム:大倉孝二
ビオラン:北村有起哉 ガウイ:田中哲司 フィシコ:小松和重
マトリョーシカ:佐藤江梨子 ゲネラール:野田秀樹
パイパー:コンドルズ(近藤良平、藤田善宏、山本光二郎、鎌倉道彦、
橋爪利博、オクダサトシ)
<舞台装置など>
透明の窓があり、温室のように見えるここはストアーと呼ばれる建物の中。
登場人物たちは舞台奥上部の透明の扉から出入りする。
中央には大きなソファ。周辺には横倒しになったショッピングカート、散乱
した瓦礫のようなものなど。
舞台下手前方にはストアー地下室への出入り口がある。
物語上の装置として使われるのが「死者のおはじき」。
人間の誕生と同時に鎖骨に埋め込まれ、その人間の一生を記録し、死んでか
ら取り出される目玉のようなもの。
「死者のおはじき」を鎖骨にはめることにより、初期火星移住者の様子や、
姉妹の母親の生きた姿がバーチャルリアリティとなって現れる。
<永遠なるもの>
「終わらないもの、それが命。」
命は一つの個体の死で終わるものじゃないから。
みんな、つながっている。1つが終わっても、またいつか次の命が生まれる。
世界はいま終わろうとしているんじゃなく、きっと生まれ変わろうとしてい
るんだよ、と。
『火の鳥 未来編』から受け取ったメッセージは、そのまま『パイパー』の
舞台にも流れていた。と思う。
救いのある、明るい希望を感じさせる『パイパー』の感動的なラスト。
新しい命を宿したまま旅に出たダイモスと、残されたフォボス。
(誤解と確執を乗り越え、にっこり笑い合って別れる二人が印象的。)
最後に「ペールギュントが帰って来たよ」というダイモスの声に、扉を開け
迎えにいくフォボスの背中のなんと愛おしかったこと。
ダイモスと同じようにフォボスも、やがて新しい命を宿し、育んでゆくのに
違いないと思うと、涙があふれてしかたなかった。
ラストシーンで咲く黄色い花は命の再生。
火星は終わろうとしているんじゃなく、生まれ変わろうとしているんだと。
そう信じさせてくれた。
リセット(reset)じゃなく、リワインド(rewind)。
残された人類はゼロからまたどんなふうにやり直すのだろう。
今回の舞台で私がダイレクトに受け取ったものは、「命」のリレー走者であ
る、ヒトの生存欲求、生存理由だろうか。
人は生きたい。
形を変えてでも生き続けたい。
言い換えれば、人は残したい。
一人の人間として。人類として。
それは生あるものに組み込まれたプログラム。
であると同時に、食べる・食べない、生きる・生きない、産む・産まない、
の選択肢を持ってしまった人間だからこその、究極の願望・欲求なんじゃな
いだろうか。
(このようなブログの増殖さえ、ある種の生存願望なのかもしれない。)
命が生まれるのも、星が存続するのも、人が人へと受け継いでゆく熱い想い
の連なりなのだと信じたい。
<言葉のライブな力>
パイパー値がみるみる下がって、幸福はなくなっていく一方。
そこへ金星から迎えが来て火星からみんなが脱出しようとした時、お腹に子
を宿したフォボスの母親が叫ぶ。
「幸せの終わり方まで決められていたなんて、そんなことがあっていいの?」
怒りに満ち、涙にぬれたその顔はとても力強く、そしてきれいだった。
こうして始まる、4歳のフォボスと母親のサバイバルをかけた旅。
手をつないだ母娘が彷徨い歩く。
舞台では風景を見せるわけでも、実際に二人が動き回るわけでもない。
いま起こっていることを観客に想像させるのに、ただただ二人が見たものを
台詞で描写するシーンが延々と続く。
茫漠たる星の荒廃した風景。そこにあるのは瓦礫、残骸、死体、ドロの海。
色、光、ニオイ、湿気、熱気、砂埃、煤塵・・・。
台詞はときおり、音の塊になったり、破片になったり。
ラップのように聴こえたり、ただのノイズだったり。
言葉は暗く、酷く、悲惨な光景をどんどん紡ぎ続けるのに、情景を想像すれ
ばするほど、耳に届く語感やリズムの美しさに打ちのめされる。
理屈じゃなく。意味じゃなく。こうなったら全身で受け止めるだけ。
気がつくと、涙があふれていた。
やがてその声が大きくなり、叫び声になり、ハッと引き戻される。
なんという感覚。演劇でしか得られないカタルシス・・・。
松さん、宮沢さん、二人が積み上げ創り出してゆく言葉を超えた音の世界。
<主要キャストの印象>
●松たか子さん
何も知らない妹ダイモス役と、その母親役の二役で登場。
ダイモス役では少し抜けたところがあって無邪気なイメージ。
一方、母親としてはつねに高い緊張感を伴う役どころが松さんならでは。
生きるために屍を食べようとした時の右手を左手が止めようとするあの表現。
声にならない涙。とても見応えのある場面だった。
あの台詞量、テンションで声が全く嗄れていなかったのが素晴しい。
●宮沢りえさん
かわいらしさ、女性っぽさを極力抑えた演技が新鮮だった。
だからこそペールギュントを迎えに行くフォボスが本当に可愛く見える。
声を嗄しているように思えたが、子供時代のフォボスとの使い分けは見事。
プライベートな妊娠発表が、希望は絵空事じゃなかったと信じさせてくれた
ことにビックリ!(笑)
●大倉孝二さん
記憶の天才少年キム。
キムの台詞は、物語のわかりにくい部分の補足説明にもなっていた。
そのうえ大倉くんの独特の口調、話し方は、姉妹のハイテンションなやり
とりの緩衝剤として芝居上、絶妙な役割を果たしていると思った。
フト見ると、おはじきを目や鼻につっこんでいる大倉くん♪♪♪
このひとのこういうとこ、たまりませんっ!
●橋爪功さん
NODA・MAPの舞台で見るのは初めてなのに、なぜか登場した瞬間、
あ、(近未来の)野田さん・・・と思ってしまった(笑)。
人の歴史を改ざんしてまで記録を残そうとするワタナベ。
その役を演じる橋爪さんに、無味乾燥な未来の火星生活にそぐわない人間
らしさ、高齢男性のリアリティを感じ、そこから感じ取ったメッセージが
大きかった。