![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/56/1df909c37c5f460952a4e0ed33e506e3.jpg)
92歳だった。
6年前、先に逝ったお義母さん同様、
初めて逢った時から、
終始優しく接してくれた。
家族や周囲の人とのつながりを
とても、大切にする人だった。
根本的に、その印象が覆ることはなかった。
3週間前の朝、病院からの電話があってから
息子達は連絡を取り合い、心の準備をしていた。
一度、病室でお義父さんと2人だけで
少し長い間いる時間があった。
不思議なほど意識も言葉も、はっきりして
体力が心配になるほど、ずっと会話が出来た。
「アンタのおとうさんは、
新しいトコは、住みやすいといっているか?」
昨年1月に逝ったわたしの実父は生前、
転居をくりかえしていたから、
記憶の混乱かと一瞬うたがった。
・・・でも、そうではないようにも感じた。
「それは・・・いいところに行っているはずです。」
あやふやなまま云うと
「ほーか。そら、よかった。・・・そんなら、ええわ。」
と、思いのほか力強い声でこたえてくれた。
どちらだったのか、今でもはっきりしない。
ココから、心よりお悔やみ申し上げます。
ありがとうございます。
朝、pinさんのコメントを確認する前に
大分書き換えてしまいました。
6年前、お義母さんが亡くなった時、
初めてしばらくとても近くに気配をしばらくの間
感じるような思いを経験しました。
お義父さんも、温かく見守り続けてくれている・・・
わたしも、そう思います。
生前は外嫁の無知も無礼も、
どれだけ許してくれていたことか。
家族運のなさをどれだけ補ってもらっていたことか。。。
私からもいっぱいお礼をいうつもりです。
Hermitさんと、お義父様の会話、ほのぼのとあったかいですね。これからもずっと見守り続けてくれますね。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
「新しいところは、住みやすいところか?」のお義父さまの問いの、Hermitさんの応えの優しさにうなだれています。
私もここのところ・・・病気と闘いながら(いえ、共存?)その方々の、の訃報で出かける事が多く、考え込んでいました。
何度、出会っても・・・
それぞれの死・・・深く、悲しいです、ね。
お義父様の、ご冥福を、
心よりお祈りさせてくださいね。
義母と義父、義母の妹夫婦である叔父叔母と同席していると
とても、リラックスしていられました。
ギスギスしそうなとき、
「お義父さんがしばらく近くから見ているよ。」と
自制します。
死が、すごく身近にあることに時折気がつきます
。
人により、家族により、時期や死因により、
自分自身の状況や体調などによっても
当然の事ながら感慨が一様でないことに
慄然としたりもします。
そして、「わたしのケースは・・・」まで
つい、思ってしまう、今日この頃。。。ーー;
けど、・・・今はただ心からお礼とお別れを云おうと思います。