ももたろうパートナーズ 2006

視覚障がいのある方といっしょに走るジョギングクラブ・ももたろうパートナーズ 

1月9日新春京山大周回マラニック その6 ラッセンからゴールへ

2021-01-14 05:13:05 | 京山大周回マラニック2021/1/9

ラッセンに一時に大勢が押し寄せました。

コロナ対策もあり入場が制限されてます。

一般のお客様、ごめんなさい(-_-;)

皆さん、お腹すいていたのでしょうね。

自転車で全体を見ていただいていたFさん、自転車の籠に入った皆さんの荷物の番をされています。

申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

さー、お腹も膨れました。

出発です。

津島の交差点まで帰ってきました。総合グラウンドが目の前です。

やはり、ここは安全です。

スタジアム前ホームストレートです。

 

ゴールです。

待ってくれていました。

ねぎらいあいです。

三三五五、帰っていきます。

献身的に見守り支援をしていただいた方々がおられたからこそ、全員が楽しめました。

車や自転車支援ありがとうござました。

本当にありがとうございました。

リーダーの方々も素晴らしいプランと実行、ありがとうございました。

今年一年分のお参りが出来ました。

 

皆さん、ありがとうございました。

 

終わります。

 


新春京山大周回マラニック その5 三門~尾針神社~ラッセン

2021-01-12 22:02:24 | 京山大周回マラニック2021/1/9

三門の地図です。現在備前三門駅近くの公園です。給水やトイレです。

大きな広場があります。この辺りは学校や社宅が多いですね。

滑ってみました。

結構狭い滑り台です。児童用でした。

それでは出発です。

國神社です。とても急な石段です。元禄の頃に造られたと書いてありました。

忠臣蔵の時代ですからとっても古いです。

もちろん、万成石です。

岡山工業高校の校庭横を通っています。

この水路は観音寺用水と繋がっています。

観音寺用水は総合グラウンド脇を流れています。

古代から水の流れがあったと言われています。

凍っています。

右手に岡工の弓道部があります。外からよく見えます。

津倉町から伊島町です。下から上に向かいます。

尾針神社(おわりじんじゃ)です。

この辺りは尾張(おわり)から、人が移住してきたともいわれています。

伊島町1丁目と書かれています。

伊島町で休憩です。昔は田んぼばかりでした。

田植えを手伝っていたら蒜(ひる)が寄ってきたことを覚えています(原住民です)。

ラッセンに着きました。

次回は完結編です。

お読みいただきありがとうございました。


新春京山大周回マラニック!その4 矢坂へ。

2021-01-11 11:56:09 | 京山大周回マラニック2021/1/9

 

ここで水分補給です。

楢津(ならず)を離れて矢坂へ向かいます。

 

楢津から新しい道(2号線まで直線路です)沿いに行きます。

もうすぐ、180号線と交差します。

180号線を東に向かいます。吉備津彦神社を背に進みます。

もうすぐ笹が瀬川に架かる橋を渡ります。

左手奥が矢坂山(やさかやま)です。万成石(まんなりいし)の石切り場があります。

石材店の看板も万成石です。桜色の花崗岩(かこうがん)です。高級石材です。

右手の山が削られています。山頂近くまで削られています。

旧山陽道です。

矢坂山の山すそを通る道です。

矢坂山には中世の山城がありました。

富山城です。9世紀ごろに築城されたと言われます。

以後、備前の中心的な山城となります。標高130メートルです。

南麓の大安寺から登山ルートがあります。

左から右へ向かいます。

矢坂本陣前まできました。

グループホームです。

脇に祠があります。石仏が2体あります。

万成石の石仏です。

初めて、仏様を拝みました。

神社ばかりでした。

北向八幡宮(きたむきはちまんぐう)に向かいます。確かにきたを向いています。

さらに東に向かいます。だらだらと登ります。

旧山陽道(きゅうさんようどう)と今の山陽道である180号線が交差します。

ここは気をつけなくてはなりません。

歩道も狭いです。

180号線と別れ旧道にはいります。

常福寺というお寺があります。江戸時代には衰退していました。

三門まで緩やかに下ります。

三門の公園でトイレ休憩です。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

その5に続きます。

 

 


京山大周回マラニックです。その3です。

2021-01-10 20:18:51 | 京山大周回マラニック2021/1/9

伊東邸エイドでエネルギーチャージを終えた桃パは、北上を始めました。

すき家がある交差点を渡ります。

桃太郎が入った桃が流れてきたという笹が瀬川を渡ります。

左の山がならずやま、右のやまが、ぼうずやまです。

ならずやぼうずって、なんでしょうね。

山裾に向かいます。まずぼうずやまです。

坊さんの頭かなー

はくさん神社です。

案内板がありました。

アップにします。

はくさんじんじゃは、石川県の白山権現から勧請(かんじょう)したそうです。

権現(ごんげん)は仏教の仏さんですから、明治期の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で、無理やりはくさん神社と改称させられました。

また、古くは吉備の冠じゃであった温羅の頭目の首塚だったそうです。

あおはか神社の伝説につながります。

それにしても、地元の民は散々な目に遭っていますね。

右の首部(こうべ)から東ならず、中ならずと西に向かいます。(地図の右から左へ)

下の地図は、精緻な登山地図です。地元の登山家のグループが作成されました。

昔ながらの狭い路地を通っていきます。

迷子になりそうです。

山がむき出しになっていますね。

2年半前の西日本豪雨で崩れ、今も工事をしているのだと思います。

昔からある道です。古民家も残っています。

山沿いに走ります。

若宮八幡さんです。階段が急です。麓から拝みました。

さらに西を目指します。

記念写真も撮り合います。

貝畑さんはここからお別れです。ありがとうございました。

この階段もとんでもなく急です。おひとり登っています。

天津神社です。あまつと読むのでしょうか。

さて、これから、矢坂をめざします。旧山陽道です。

 

お読みいただきありがとうございました。

その4に続きます。


京山大周回マラニックです。その2です。

2021-01-10 04:56:44 | 京山大周回マラニック2021/1/9

コース紹介です。図は伊東さん作成です。

右端の総合グラウンドから時計の逆回りに走ります。

約15kmです。

京山は、地図の中央からやや右です。

左上が、ならず(楢津)、左下が矢坂、万成です。

中央下が三門です。

縁起のよい村名が並びます。

一斉に総合グラウンド内のコースに飛び出しました。

まだ太陽が低く日蔭は寒いです。

武道館に向かいます。

テニスコートの角を曲がります。

靴ひもを結んでいる人がいますね。

交差点にでてきました。信号待ちです。

これから歩道を走ります。

まだ自転車等は少ない時間帯です。

信号が青になりました。右手に中国銀行です。

歩道が広く走りやすいです。

左寄りを走ります。

ラッセン前を通過。帰りに寄ります。

岡山セントラルホスピタル前です。

前に回りました。

カメラマンが最後尾のため、どうしても後を走っている人が中心になります。

ご容赦を。

セブンイレブンを過ぎます。

空港への道がある交差点をそのまま直進します。

京山中学校前のバス停を通過します。

後続のグループを待ちます。

最初の神社、青陵(あおはか)神社の上りです。

広場でゲートボールをされていました。その脇を歩きました。

神社の境内です。

右に階段があります。この階段からはおりませんが…

境内に案内板がありました。

「あおはかじんじゃ」と「うらでんせつ」です。

やまと政権から派遣された吉備津彦命が、地元の民である「うら(温羅)」を攻めて、

頭目夫婦の首を持ち帰りこの辺りに埋めたが、怨念からうめき声が聞こえて地元の民が困りました。

そこで、この地に石棺を造り丁寧に埋葬すると、声も消え万物が育ったとのことです。

「ももたろうの鬼退治」は、地元の民にとってはとんでもない話だったのですね。

坂を下ってきました。

別ルートからも戻ってきました。

なんと、伊東邸前エイドです。

力を頂きました。

お読みいただきありがとうございました。

その3に続きます。