吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

吉村昭『破船』(文春文庫/令和4年4月5日第34刷)

2022-05-07 11:26:00 | 紙の本を読みなよ 槙島聖護
 これは面白い‼️間違いなく傑作です‼️こんな面白い本を今まで知らなかったなんて❗
 絶対に読むべき本です。

 物語は(たぶん東北地方の海辺にある❓)極めて貧しい寒村で始まります。この村で生きる伊作という少年が浜辺に流れ着いた流木を拾うシーンです。貧しい村では流木も立派な燃料です。集めた流木で侘しい火葬が始まります(脚注1)。

 漁業を生業とするこの村での生活は貧しさの極致ですが、読者は美しい自然描写の中に遊び、いつの間にか主人公の伊作と一緒に3年間(脚注2)を過ごしているのに気づくのです。イカ釣りから始まってイワシ、サンマ、タコ・・・と季節ごとの漁がさまざまに展開して行きます。実際の漁の様子がこと細かに描写され、伊作と一緒に豊漁を喜び、不漁に憤る、そんな追体験ができるのです。

 ・・・実はこの村には恐ろしい秘密があるのです。荒天が続いて漁ができない冬の時期には、浜辺で夜通し塩作り(脚注3)をするのですが、塩作りとは表向き、実際は夜中に沖を通る船を誘い込み、岩礁に乗り上げさせ難破させる仕掛けなのです。

 難破した船は『お船さま』と呼ばれ、ありがたいお恵みとして、村をあげた略奪の対象となります。この貧乏な村は略奪で冬場の生計を立てているのです。難破船の乗組員にとっては踏んだり蹴ったりです。嵐の夜に火影を見てやれやれと船を寄せたら岩礁に乗り上げ、救助が来たと思ったら略奪が始まり、秘密を守ろうとする村人たちに打ち殺されてしまうのです。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 村人たちは『お船さま』が来るのを毎年心待ちにしています。ある年、この村に異様な難破船が流れ着きます。村人たちは争って略奪しますが、分配が終わってしばらくすると、恐ろしい災厄が村を襲います。

 現代にも通じる疫病の蔓延、罹患し生き残った村人にも、更に過酷な運命が待っています(その内容は実際にお読みになって確かめてください)。押さえた筆致で淡々と語られる伊作の運命にグイグイ引き込まれることでしょう。
 ぜひお読みください。オススメします。


※関連記事(吉村昭の別の作品):吉村昭『羆嵐』


(脚注1)この村での葬式が火葬なのは驚きです。普通土葬なんじゃないでしょうか。
昭和時代はまだ土葬が残っていて、私の生まれ故郷で伯父が亡くなったとき、棺桶(丸い桶で屈葬でした)に入れて土葬したのが、私の知る最後の土葬でした。伯父はバイクで崖から落ちて、何日か発見されなかったので、死体は死後硬直してました。そのままでは桶に入らないので、お坊さんが真言密教の土砂加持というのを行って硬直を解いたという話を聞いています。

(脚注2)伊作の父親は三年間の年季奉公に出ています。家族の食い扶持を稼ぐため『売られて』行ったのです。まだ少年の伊作ですが、すでに一家を支える大黒柱です。この小説は父親が戻るまでの三年間を描いたストーリーになっています。

(脚注3)出来上がった塩は穀物と交換するのですが、交換する先へ行くには山道を三日間かけて歩かないと着きません。なんと孤立した集落なのでしょう。私の実体験からすると、人間は平地なら時速5キロで歩けますが、荷駄を背負って急峻な山道を歩くのですから通常の三倍掛かるとして40キロくらい先が交易場所だと想像します。余談ですが私の実体験とは、金曜日の深夜に終電を逃した後、梅田(大阪)から芦屋まで夜通し掛かって歩いた体験です。懐には二万円(新札)があったのですが、日曜日に友人の結婚式に出席するときのお祝い金で、これに手を付けると新札が手に入る見込みがなかったので『よし歩こう❗』と無謀にも思ったのでした。いまから思うと笑い話ですね。