日本家電がアジアでヒット、現地化の新潮流
05月28日
09:21プレジデントオンライン
パナソニックはかつての失敗から学び、韓国勢と戦う。(時事通信=写真)
(プレジデントオンライン)
PRESIDENT 2015年2月2日号 掲載
■競争優位の確立かそれとも戦略なき膨張か
構造改革で業績を回復させ、
新たな戦略投資に踏み出そうとしているパナソニック。
家電の成長をアジア市場で狙うとの方針を打ち出している。
現在、東南アジアにおける同社の売上高の
およそ半分を家電事業が占める。
とはいえ、東南アジアの家電市場でシェアの上位を占めるのは、
サムスンやLG電子などの韓国勢だ。
パナソニックやシャープなどの日本企業は、
機能やデザインの現地化でかつて韓国勢に後れをとった反省から、
新たな取り組みを進めている。
たとえばインドネシアでは、
洗濯機を使用する場合にも、
洗濯板で念入りにこすり洗いをする習慣があったり、
地域によっては電力供給が不安定だという。
そこでパナソニックやシャープは、洗濯板付き洗濯機や、
蓄冷材を搭載し停電時に備えた冷蔵庫を投入し、
ヒットを飛ばしている。
商品がヒットするのはよいことだ。
しかし、グローバル・リーダーをめざすのであれば、
散発的なヒットだけでは不十分。
これは電機産業だけの問題ではない。
地力のある日本企業にとっての課題は、
こうした個々の商品のヒットを、
企業としてのグローバルな成長につなげていくことである。
そのためには、どのような経営の舵取りが必要なのだろうか。
今回は、長らく繰り返されてきた
国際マーケティングの論争に目を向ける。
近年の日本では、食品メーカーによる海外企業の買収、
あるいはレストラン・チェーンの海外出店などが相次ぐ。
以前は海外事業の比率が低かった産業においても、
グローバル化へと経営の舵を切る動きが目につく。
国内市場の成長見込みの少なさを考えると、
これは当然の動きである。とはいえ、
単に売り上げを追うだけでは、
グローバル化の重要な果実を取り逃してしまう。
何のためにグローバル化に挑むのか。
グローバル化は新たな売り上げだけではなく、
新たな競争優位を企業にもたらす。
海外での販売拡大をめざす企業は、
新たな売り上げに加えて、
競争優位の確立を追求するようにしなければならない。
そうでなければ、グローバル化への挑戦は
戦略なき膨張となってしまう。
グローバル化が企業にもたらす競争優位については、
国際マーケティングの研究者たちが
数々の議論を重ねてきており、論争は今も続く
(小田部正明、クリスティアン・ヘルセン著『国際マーケティング』碩学舎)。
グローバル化が企業にもたらす競争優位。
その第一の源泉は、標準化である。
事業をグローバル化することで生じるひとつの優位性は、
その規模である。そして、
この規模による強みを十分に引き出すためには、
企業活動のグローバルな共通化が必要となる。
標準化されたマーケティングをグローバルに展開する企業は、
ローカルな事業展開では実現できないスケールによるコストダウン、
あるいは取引先への交渉力を実現したり、
グローバル・ブランドとしての存在感を高めたりすることができる。
グローバルに事業を展開する企業が、
各国・地域におけるその製品やサービスや
プロモーションを共通化できれば、
開発コストの重複を削減したり、
生産や調達の規模を拡大したりすることで、
企業活動の効率は大きく向上する。
あるいは、グローバル化はブランド・イメージにも大きく貢献する。
たとえば、アップルやコカ・コーラといった
グローバル・ブランドがもつ圧倒的な存在感を思い起こしてほしい。
共通の製品やデザインによるグローバルな成功と存在感は、
一流のイメージをブランドにもたらす。
グローバル化による競争優位の第二の源泉は、
調整である。グローバル化は、
企業にとっての学習機会の増大でもある。
グローバル企業は、各国・地域を担当する部門間で調整を行い、
ローカルな事業展開では実現できない多様な経験―
―すなわち異なる生活習慣や
インフラ整備や法制度のもとでの
マーケティング実践の経験――そして
そこから編み出される気づきやアイデアを社内で共有して、
いち早く新たな取り組みを進めることができる。
■中国市場に適応するためにGMがしたこと
米国インディアナ州の中堅企業ウィーバー・ポップコーンは、
1980年代半ばに、日本にポップコーンの輸出をはじめたことから、
日本企業の高い品質への要求に直面することになった。
生産工程を改善し、品質を高めたことで同社は、
90年代に、海外だけではなくアメリカ国内での売り上げも
伸ばすことができた。このようにグローバル化は、
調整を経由することで、母国での企業の競争力にも
はね返っていくのである。
グローバル・マーケティングとは、
以上のような標準化と調整を通じて、
事業のグローバル化の果実を得ようとするマーケティングである。
とはいえ、ハーバード大学教授だった故セオドア・レビット氏が、
こうしたグローバル化の利点の指摘を
83年の論文(“The Globalization of Markets,”
Harvard Business Review, 61,May/June)で行って以来、
グローバル・マーケティングをめぐる論争はいまだに絶えない。
なぜなら一方で、先の東南アジア向けの家電の事例に見たように、
グローバル企業が対応しなければならない
世界の各国・地域の市場の異質性は、
依然として大きいからである。
自国とは異なる生活習慣やインフラ整備や法制度に対応しようとすれば、
企業は、自国をはじめとする特定の国・地域で
成功したやり方を、他の国・地域にそのままもち込むのではなく、
現地適応化を求められることになる。
日本市場では存在感の薄いアメリカ車。
しかし中国市場では、比較的大きなシェアを獲得している。
そこに至るプロセスでは、
さまざまな現地適応化の取り組みが行われていた。
90年代末にゼネラルモーターズ(GM)は
上海で合弁会社をつくり、現地生産をはじめた。
このときGMは、中国市場向けにビュイックの設計変更を行っている。
ビュイックはアメリカではファミリーカー。
後部座席は子供の席だ。しかし中国では、
社用車としての利用が中心となる。
後部座席には中国企業の重役が座る。
そこでGMは、中国向けのビュイックでは後部座席を高くし、
足を伸ばす空間を広げた。一方、
エンジンのサイズは、3.5リットルから
2.8リットルに削減した。これは、
3リットル以上の車の使用は、大臣クラスか
それ以上の政府高官に限るとの中国の規則に合わせた対応だった。
海外で事業を展開しようとすれば、
企業は現地適応化という課題を避けて通るわけにはいかない。
ここを強調するのが、
マルチ・ドメスティック・マーケティングである。
これは、各国・地域ごとにそれぞれの市場特性を踏まえて
異なる対応を行うというマーケティングで、
企業がこれを徹底しようとすれば、
経営の現地化を進めていくのが効果的である。
現地の事情にスピーディに対応するには、
現地に近いところで意思決定を行うのが一番だからである。
グローバル・マーケティングがひとつの現実を捉えているのと同様、
マルチ・ドメスティック・マーケティングもまたひとつの現実を捉えている。
各国・地域の異質性に対応しようとすれば、
マルチ・ドメスティック・マーケティングが理に叶っている。
■企業はひとつの行動原理にのめり込むな
しかし問題もある。
企業が各国・地域への権限委譲を進め、現地子会社の独立性を高めていけば、
この企業はやがては国内企業の寄せ集めと変わらなくなっていく。
つまり、マルチ・ドメスティック・マーケティングを徹底していくと、
それぞれの国・地域の現地企業との競争における、
グローバル企業であることの優位性は消滅してしまうことになる。
日本の家電のアジアでの再挑戦に限らない。
グローバル化を進めていくなかで企業は、
避けがたく2つの現実に直面する。
各国・地域での販売を伸ばそうとして、
企業が現地適応化にのめり込んでいけば、
事業のグローバル化がもたらすはずの競争優位は確立できなくなる。
逆にグローバル化による競争優位を享受しようとして、
標準化と調整を進めていけば、現地適応化が犠牲となる。
グローバル化の2つの現実をめぐり、
国際マーケティング研究では数々の論争が繰り返されてきた。
この論争からの教訓は、
企業はひとつの行動原理にのめり込んではならないということである。
では、どうするか。標準パーツの組み合わせで
多様な機能を実現する「モジュラー方式」、
あるいはベースとなるプラットホームを標準化する
「共通プラットホーム方式」などは
グローバル化にともなう業務の道筋を構想する手がかりとなろう。
戦略的な事業定義を行い、グローバル化による標準化や
調整の利点を享受しやすくするという手もある。
それなりの規模の企業であれば、
グローバルな事業展開を進める際には、
市場環境の違いの小さい国・地域に優先的に参入したり、
こうした違いの影響を受けにくい製品・サービス領域――たとえば
一般に食品は、嗜好の国・地域差が大きいことで知られるが、
なかにはワインのように標準品を世界中で
販売できる領域もある――をグローバル化の主軸に
したりすることを考えるべきなのである。
ビジネスでは、相対立する現実を見落とさず、
それらを併せ呑んだうえで次の一手を考えなければならない。
これはグローバル化に限らず、
ビジネスの多くの局面で必要となる基礎教養でもある。
(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契=文
時事通信=写真 平良 徹=図版)
http://news.goo.ne.jp/article/president/bizskills/president_15317.html
05月28日
09:21プレジデントオンライン
パナソニックはかつての失敗から学び、韓国勢と戦う。(時事通信=写真)
(プレジデントオンライン)
PRESIDENT 2015年2月2日号 掲載
■競争優位の確立かそれとも戦略なき膨張か
構造改革で業績を回復させ、
新たな戦略投資に踏み出そうとしているパナソニック。
家電の成長をアジア市場で狙うとの方針を打ち出している。
現在、東南アジアにおける同社の売上高の
およそ半分を家電事業が占める。
とはいえ、東南アジアの家電市場でシェアの上位を占めるのは、
サムスンやLG電子などの韓国勢だ。
パナソニックやシャープなどの日本企業は、
機能やデザインの現地化でかつて韓国勢に後れをとった反省から、
新たな取り組みを進めている。
たとえばインドネシアでは、
洗濯機を使用する場合にも、
洗濯板で念入りにこすり洗いをする習慣があったり、
地域によっては電力供給が不安定だという。
そこでパナソニックやシャープは、洗濯板付き洗濯機や、
蓄冷材を搭載し停電時に備えた冷蔵庫を投入し、
ヒットを飛ばしている。
商品がヒットするのはよいことだ。
しかし、グローバル・リーダーをめざすのであれば、
散発的なヒットだけでは不十分。
これは電機産業だけの問題ではない。
地力のある日本企業にとっての課題は、
こうした個々の商品のヒットを、
企業としてのグローバルな成長につなげていくことである。
そのためには、どのような経営の舵取りが必要なのだろうか。
今回は、長らく繰り返されてきた
国際マーケティングの論争に目を向ける。
近年の日本では、食品メーカーによる海外企業の買収、
あるいはレストラン・チェーンの海外出店などが相次ぐ。
以前は海外事業の比率が低かった産業においても、
グローバル化へと経営の舵を切る動きが目につく。
国内市場の成長見込みの少なさを考えると、
これは当然の動きである。とはいえ、
単に売り上げを追うだけでは、
グローバル化の重要な果実を取り逃してしまう。
何のためにグローバル化に挑むのか。
グローバル化は新たな売り上げだけではなく、
新たな競争優位を企業にもたらす。
海外での販売拡大をめざす企業は、
新たな売り上げに加えて、
競争優位の確立を追求するようにしなければならない。
そうでなければ、グローバル化への挑戦は
戦略なき膨張となってしまう。
グローバル化が企業にもたらす競争優位については、
国際マーケティングの研究者たちが
数々の議論を重ねてきており、論争は今も続く
(小田部正明、クリスティアン・ヘルセン著『国際マーケティング』碩学舎)。
グローバル化が企業にもたらす競争優位。
その第一の源泉は、標準化である。
事業をグローバル化することで生じるひとつの優位性は、
その規模である。そして、
この規模による強みを十分に引き出すためには、
企業活動のグローバルな共通化が必要となる。
標準化されたマーケティングをグローバルに展開する企業は、
ローカルな事業展開では実現できないスケールによるコストダウン、
あるいは取引先への交渉力を実現したり、
グローバル・ブランドとしての存在感を高めたりすることができる。
グローバルに事業を展開する企業が、
各国・地域におけるその製品やサービスや
プロモーションを共通化できれば、
開発コストの重複を削減したり、
生産や調達の規模を拡大したりすることで、
企業活動の効率は大きく向上する。
あるいは、グローバル化はブランド・イメージにも大きく貢献する。
たとえば、アップルやコカ・コーラといった
グローバル・ブランドがもつ圧倒的な存在感を思い起こしてほしい。
共通の製品やデザインによるグローバルな成功と存在感は、
一流のイメージをブランドにもたらす。
グローバル化による競争優位の第二の源泉は、
調整である。グローバル化は、
企業にとっての学習機会の増大でもある。
グローバル企業は、各国・地域を担当する部門間で調整を行い、
ローカルな事業展開では実現できない多様な経験―
―すなわち異なる生活習慣や
インフラ整備や法制度のもとでの
マーケティング実践の経験――そして
そこから編み出される気づきやアイデアを社内で共有して、
いち早く新たな取り組みを進めることができる。
■中国市場に適応するためにGMがしたこと
米国インディアナ州の中堅企業ウィーバー・ポップコーンは、
1980年代半ばに、日本にポップコーンの輸出をはじめたことから、
日本企業の高い品質への要求に直面することになった。
生産工程を改善し、品質を高めたことで同社は、
90年代に、海外だけではなくアメリカ国内での売り上げも
伸ばすことができた。このようにグローバル化は、
調整を経由することで、母国での企業の競争力にも
はね返っていくのである。
グローバル・マーケティングとは、
以上のような標準化と調整を通じて、
事業のグローバル化の果実を得ようとするマーケティングである。
とはいえ、ハーバード大学教授だった故セオドア・レビット氏が、
こうしたグローバル化の利点の指摘を
83年の論文(“The Globalization of Markets,”
Harvard Business Review, 61,May/June)で行って以来、
グローバル・マーケティングをめぐる論争はいまだに絶えない。
なぜなら一方で、先の東南アジア向けの家電の事例に見たように、
グローバル企業が対応しなければならない
世界の各国・地域の市場の異質性は、
依然として大きいからである。
自国とは異なる生活習慣やインフラ整備や法制度に対応しようとすれば、
企業は、自国をはじめとする特定の国・地域で
成功したやり方を、他の国・地域にそのままもち込むのではなく、
現地適応化を求められることになる。
日本市場では存在感の薄いアメリカ車。
しかし中国市場では、比較的大きなシェアを獲得している。
そこに至るプロセスでは、
さまざまな現地適応化の取り組みが行われていた。
90年代末にゼネラルモーターズ(GM)は
上海で合弁会社をつくり、現地生産をはじめた。
このときGMは、中国市場向けにビュイックの設計変更を行っている。
ビュイックはアメリカではファミリーカー。
後部座席は子供の席だ。しかし中国では、
社用車としての利用が中心となる。
後部座席には中国企業の重役が座る。
そこでGMは、中国向けのビュイックでは後部座席を高くし、
足を伸ばす空間を広げた。一方、
エンジンのサイズは、3.5リットルから
2.8リットルに削減した。これは、
3リットル以上の車の使用は、大臣クラスか
それ以上の政府高官に限るとの中国の規則に合わせた対応だった。
海外で事業を展開しようとすれば、
企業は現地適応化という課題を避けて通るわけにはいかない。
ここを強調するのが、
マルチ・ドメスティック・マーケティングである。
これは、各国・地域ごとにそれぞれの市場特性を踏まえて
異なる対応を行うというマーケティングで、
企業がこれを徹底しようとすれば、
経営の現地化を進めていくのが効果的である。
現地の事情にスピーディに対応するには、
現地に近いところで意思決定を行うのが一番だからである。
グローバル・マーケティングがひとつの現実を捉えているのと同様、
マルチ・ドメスティック・マーケティングもまたひとつの現実を捉えている。
各国・地域の異質性に対応しようとすれば、
マルチ・ドメスティック・マーケティングが理に叶っている。
■企業はひとつの行動原理にのめり込むな
しかし問題もある。
企業が各国・地域への権限委譲を進め、現地子会社の独立性を高めていけば、
この企業はやがては国内企業の寄せ集めと変わらなくなっていく。
つまり、マルチ・ドメスティック・マーケティングを徹底していくと、
それぞれの国・地域の現地企業との競争における、
グローバル企業であることの優位性は消滅してしまうことになる。
日本の家電のアジアでの再挑戦に限らない。
グローバル化を進めていくなかで企業は、
避けがたく2つの現実に直面する。
各国・地域での販売を伸ばそうとして、
企業が現地適応化にのめり込んでいけば、
事業のグローバル化がもたらすはずの競争優位は確立できなくなる。
逆にグローバル化による競争優位を享受しようとして、
標準化と調整を進めていけば、現地適応化が犠牲となる。
グローバル化の2つの現実をめぐり、
国際マーケティング研究では数々の論争が繰り返されてきた。
この論争からの教訓は、
企業はひとつの行動原理にのめり込んではならないということである。
では、どうするか。標準パーツの組み合わせで
多様な機能を実現する「モジュラー方式」、
あるいはベースとなるプラットホームを標準化する
「共通プラットホーム方式」などは
グローバル化にともなう業務の道筋を構想する手がかりとなろう。
戦略的な事業定義を行い、グローバル化による標準化や
調整の利点を享受しやすくするという手もある。
それなりの規模の企業であれば、
グローバルな事業展開を進める際には、
市場環境の違いの小さい国・地域に優先的に参入したり、
こうした違いの影響を受けにくい製品・サービス領域――たとえば
一般に食品は、嗜好の国・地域差が大きいことで知られるが、
なかにはワインのように標準品を世界中で
販売できる領域もある――をグローバル化の主軸に
したりすることを考えるべきなのである。
ビジネスでは、相対立する現実を見落とさず、
それらを併せ呑んだうえで次の一手を考えなければならない。
これはグローバル化に限らず、
ビジネスの多くの局面で必要となる基礎教養でもある。
(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契=文
時事通信=写真 平良 徹=図版)
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