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ミルパパの読書日記

大手メディアで長年、科学記者。リタイアした現在はなかなか言うことを聞かない大型犬の相手をしながら読書にふける。

ジェンダー格差 牧野百恵 ジェンダー格差はなぜ生まれるのか、実証経済学による分析

2023年12月22日 | 読書日記
ジェンダー格差 牧野百恵 旧来の慣習や制度を問う国際的な研究の成果を紹介


 長年、ジェンダー格差の研究を続けているアメリカ・ハーバード大のクラウディア・ゴールディン教授が、2023年のノーベル経済学賞を受賞したことは記憶に新しい。アメリカの200年以上のデータを集め、男女間の格差是正に何が必要なのかを実証的に明らかにした。本書はノーベル賞発表前に出版されたが、ゴールディン教授をはじめ、内外のジェンダー格差の研究成果をかなり網羅的に紹介している。著者は1975年生まれで、アジア経済研究所開発研究センター主任研究員をしている経済学者だ。専攻はミクロ経済学や人口経済学、家族の経済学。東南アジアでフィールドワークも行っている。自身も中学生の娘との二人暮らし。あとがきには、ママ友や老いた両親らのヘルプがなければ、研究生活が続けられなかったと述べている。

 「この本の執筆動機は、ジェンダー平等を声高に叫ぶだけではそれは実現しないし、政策議論も深まらないのではないかという問題意識にあります。筆者は経済学が専門なので、エビデンスを示したジェンダーにまつわる研究を取り上げることで、ジャンダー平等に関する議論に深みをもたらすことができればと思っています」と抱負を語る。序章は「ジェンダー格差の実証とは」。世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表する「ジェンダー・ギャップ指数」がメディアに大きく取り上げられる。2023年に発表された日本の指数は0.647で、これは、「64.7%の部分で格差はなくなったけれども、まだ35.3%の部分で格差が残っていることになります」。国別順位では、「調査対象の146カ国のうち125位という不名誉なランク付けとなりました。2022年から9つ下がった順位は、06年に指数の発表が始まって以来最低です。依然として先進国首脳会議参加国(G7)のなかで、最下位であることには変わりはありません。それどころか、東アジア太平洋諸国19カ国のなかでも最下位です」。

 評者は、毎年発表されるジェンダー指数の記事を見て、なぜ日本がこれほど極端に低い順位なのか疑問を感じていた。日本が男性優位社会という認識は強く持っているが、法整備や制度整備が進み始めているのに順位が極端に低いことが不思議だった。だが、本書を読んで、女性はこうあるべきという思い込みや女性を家庭に縛りつけようとする社会規範の強い国ほどジェンダー格差が大きいことがわかった。日本では法整備が進み、同性婚や夫婦別姓を訴える声も強くなっているが、それへの抵抗も強く実現への障害が少なくない。その意味で、本書を読んで、蒙を開かれた思いがした。

 序章は「ジェンダー格差の実証とは」。ジェンダー・ギャップ指数の算出の仕方が詳しく説明される。指数は教育、健康、経済、政治の4分野のデータに基づいて算出される。教育では、識字率(19%)、初等教育就学率(46%)、中等教育就学率(23%)、高等教育就学率(12%)。健康では、出生時性比〈男性人口に対する女性人口の割合〉(69%)、健康寿命(31%)、経済では、労働参加率(20%)、同一労働に関する賃金(31%)、推定勤労所得(22%)、管理職の割合(15%)、専門職の割合(12%)。政治では、国会議員の割合(31%)、閣僚ポストの割合(25%)、過去50年首長の在職年数(44%)となっている。それぞれの分野で、男性に対する女性の比に重みをつけて加重平均を算出する仕組みだ。日本の場合、教育ではあまり差がないと思っていたが、高等教育に限ってみると、四年制大学への進学率はいまだに男子の方が高い。これは経済協力開発機構(OECD)加盟国では日本だけだ。さらに著者は、将来、所得が高くなりやすいSTEM(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、数学の頭文字)分野の男女の割合は非常に偏っていると指摘する。これはアメリカでも同様だ。

 2023年の発表では、日本は146カ国のうち、経済が123位、政治は138位だった。「日本では、人びとのあいだでジェンダー格差の認識に温度差があるように見えます。ジェンダー平等を推進する人びとのあいだでは、ジェンダー・ギャップ指数での低ランクを問題視して、日本の政治や経済の分野でジェンダー平等が進まないことを批判しています。(中略)一方で、それほど格差を問題視していない人びともいます。それは女性のなかにもいるようです」。

 内閣府の調査でも、ジェンダーにまつわるさまざまな偏見が人びとに強く意識されていることがわかる。「たとえば、2割の女性が組織のリーダーには男性のほうが向いていると答えています。また、1割の女性が男性が出産休暇・育児休業をとるべきではないと考えています。ジェンダー格差そのものが問題と認識されていなければ、それを改善しようと本気にならないのは当然かもしれません」。

 第1章は「経済発展と女性の労働参加」。家庭用電化製品の普及が女性の家事労働を削減することで、労働参加につながったことが検証される。アメリカの研究では、20世紀に女性の労働参加が増えた理由の半分以上は、家電の発達が家事労働を代替したことで説明できるという研究が出ている。「経済成長と女性の教育水準は。ずっと右上がりに上昇してきました。(中略)複数国間のデータをみると、先進国と貧しい国では女性の労働参加率は高いのですが、中所得国で女性の労働参加率が低くなる傾向にあります」。たとえばインドでは、中等教育終了レベル(日本の高卒)で、もっとも女性の労働参加率が低くなっている。この理由のひとつとして、「女性が親族以外の女性と接触することをよしとしない、南アジア特有の慣習がしばしば指摘されています。同様の慣習は、イスラム圏の中東・北アフリカ諸国でもあり、実際にこれらの地域の女性の労働参加率はすべて低いです」。ここで女性を束縛する社会規範の問題が登場してきた。こうした社会規範は日本の社会にも厳然と存在している。

 第2章は「女性の労働参加は何をもたらすか」。ここでは女性のエンパワーメントという概念が紹介される。エンパワーメントは、「自身の人生をコントロールできることと広く理解されています。女性が、進路、就職、結婚、出産など人生の大きな分岐点だけでなく、日常生活のあらゆることに対して、自由に決められ、自己実現を感じられることが、エンパワーメントが実現した状態といえるでしょう」。家庭内交渉力という言葉も出ている。「家庭内交渉力がある女性ほど、とりわけ、もともと自己決定権があり自律性が高い女性ほど、労働参加しやすく稼ぎも大きい傾向にあるからです」。出生の性比と児童婚についても説明されている。「医学的には男の子が生まれる確率は女の子が生まれる確率より少々高く、出生時における自然な性比は約1.05です。また、人口全体でみた場合には、乳児死亡率などは男の子のほうが高く、女性のほうが長生きするために、自然な状態での性比は約1.01です」「この性比が極端に高い、つまり女性の人口が極端に不自然に少ない国は、世界人口1位と2位のインドと中国です」「中国では、1979年から2015年まで実施された一人っ子政策と、男児を好む文化から、性選択的中絶によって男児が増えたことが背景にあるとされます」「インドでは、ダウリー(結婚の際に花嫁が花婿とその家族向けに持参する金銭・資産)の慣習と男児を好む文化から、男児を選ぶ性選択的中絶がその一因とされます」「児童婚は、国際的には18歳未満の結婚と定義されます。ユニセフによると世界中の20~24歳の女性のうち、5人に1人が児童婚の対象です。圧倒的にサハラ以南のアフリカの問題ですが、南アジアでもバングラデシュがワースト10に入っています。児童婚には、女性の教育の機会を奪う、女性が婚家の言いなりになりやすい、家庭内暴力も起きやすいといったさまざまな悪影響が指摘されています」。

 第3章は「歴史に根づいた格差--風土という地域差」。ここでは農耕社会時代、その地域の土質の違いによって、伝統農業で鍬(くわ)を使うか鋤(すき)を使うかによって異なる地域のジェンダー格差が説明される。鍬に比べ、鋤は深く土を掘り起こす必要があるので、より力のある男が力を持ちやすいという研究上の仮説だ。こうしたことに着目して男権(系)、女権(系)の成り立ちを考えてみる。これだけで男権(系)、女権(系)を見極めるのは無理があるような気もがするが、ひとつの着眼点だろう。研究者が発表した世界地図を見ると、日本は伝統的な農法では、「鋤使用あり」に分類されている。この地図で見ると、「鋤使用なし」の地域はアフリカから中東、中央アジアにかけて広く広がっている。

 第4章は「助長する『思い込み』」。ジェンダー規範とは長い年月をかけて文化や慣習によって形づくられてきた性別にもとづく社会規範のことだ。たとえば、「男性は家族を養うべき」「女性は育児をすべき」といった社会指針だ。最近の研究で、こうした規範がジェンダー格差にもたらす影響がとても大きいことがわかってきた。これと似た概念にステレオタイプがある。多くの人が典型的だと思う女性像や男性像のことだ。日本でも内閣府男女共同参画局が20代から60代の男女を対象にしたステレオタイプの調査がある。2021年6月に育児・介護休業法が改正され、男性の育児の重要性が強調されたが、それでも男性の27%、女性の21%は、「家事・育児は女性がするべきだ」と考えている。たとえ共働きであっても、「男性の25%、女性の20%が、子どもの看病は女性がすべきだと考えています」「また、男性の17%、女性の10%が、仕事より育児を優先する男性を仕事へのやる気が低いとみなしています」。女子は数学が苦手といった思い込みには、親や教師など周囲の大人が持つステレオタイプの影響が大きいこともわかってきた。これはイタリアで行われた研究の結果だ。

 こうした思い込みから自由になるためには、ロールモデルの存在が重要だと著者は指摘する。アメリカの空軍士官学校では、数学やサイエンスの担当教官が女性だと教官が男性である場合より、その後に女子学生が数学を専攻する割合が高くなり、STEM分野の学位を取得する可能性も高くなった。陸軍士官学校の学生たちを対象にした研究でも、女子学生が女性の指導教官にあたると、男性の場合に比べ、教官の専攻科目を専攻する傾向がはっきりした。両者とも軍エリートの養成校だ。

 政治家や会社の経営陣に女性を増やす一番手っ取り早い方法としてクオータ(割り当て制)がある。政治家については、すでに130カ国以上で女性が占める最低割合を決めている。会社経営の分野では、ノルウェーが2003年に世界で初めて経営陣の40%以上を女性にすることを法律で義務付けた。

 これには強い反対意見もあるようだが、実際に導入した国ではどうなのか。政治家の場合、「女性クオータ制の導入は議員の質の低下にはつながらず。むしろ有能でない男性議員を排除する結果につながる」ことも明らかになった。これはロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のティモシー・ベズリー教授らの研究だ。もうひとつ、クオータ制の導入によって、「そもそも応募しようとしたり挑戦しようとしなかった能力のある女性たちが、クオータ制によって挑戦が促された」という結果も示された。これは女性は競争すべきでないという社会規範とも関係しているのかもしれない。「私たちは日常生活のなかで、知らず知らずのうちにさまざまなジェンダーに対する思い込みをしています。『リケジョ』という言葉は理系の女子は珍しいことが前提になっています」。

 第5章は「女性を家庭に縛る規範とは」。まずアメリカの女性参加の歩みが紹介される。「アメリカではサービス産業の発展、女性の賃金の上昇、家電の普及、低用量ピルの解禁、出生数の低下、託児サービスの充実、離婚の増加などが指摘されてきました。くわえて、最近では、女性が外で働くべきでないという規範が変化したことも大きいと考えられています」。

 ここでクローディア・ゴールディン教授の研究が紹介される。「19世紀末から1920年代にかけてのアメリカでは、働いている女性の多くは、一部の専門職を除き、貧しい家計の未婚の女性に限られていました。貧困のため、教育水準も高くはありませんでしたが、彼女たちの従事していた主な仕事は工員や家政婦だったので、それほど教育投資に対するリターンも高くなかったでしょう。1920年代までは、極度の貧困か、対照的に高度な専門職の場合を除き、女性は結婚とともに仕事を辞めることが通例でした。妻が外で働くこと自体が社会的に好ましくないと思われたのです」。1930年代に入り、タイピストなどの事務職の求人が増え、結婚後も働き続ける女性が増えてきたが、80%以上の女性は結婚すると仕事を辞めていた。このころでも教員や事務職では結婚退職制度が多くの州に残っていた。1950年代からは多くの既婚女性が急激に労働参加するようになった。「この時期に、既婚女性が働くことも社会的に受け入れられるようになりました。ただ、大卒の既婚女性であったとしても、労働参加は主たる夫に対して従という位置づけでした」「1970年代以降には、ゴールディンが『革命的』と呼ぶ変化が女性の労働参加で起こります。1970年代以降は、女性は男性をサポートすべきといった社会規範に変化が起こり、単に報酬を得るための仕事ではなく、キャリアで女性の労働参加が論じられるようになります」。1960年代にティーンエージャーだった女性の意識も大きく変化した。60年代後半以降、女性の四大卒の割合が急激に上昇し、専攻にも大きな変化が現れた。「このような大学教育を受けた女性たちが結婚する年齢になったときに、既婚女性の労働参加にキャリア意識という変化がみられたのです」「大学がキャリアを意識したものになるにつれ、女性の結婚年齢は上昇します、また、結婚前にキャリアを積むにつれ、結婚によって改姓を選ぶ女性も減りました」。

 アメリカでは結婚退職制度は1950年代には、ほぼ全州で事実上撤廃されたが、完全に違法とされたのは人種差別撤廃を明記した1964年の公民権法まで待たなければならなかった。これはアメリカの状況だが、ジェンダーギャップ指数で上位にある西欧でも似たような状況が存在していた。「女性が外で働くべきでない、男性の仕事を奪うべきでないという考え方は特定の文化に限らず、多くの国に共通のものでした。同時にそのような社会規範が、比較的短期間で変わることもわかります」。評者はアメリカの結婚退職制度については知らなかった。

 だが、途上国では依然、状況が厳しい。縫製企業が400万人を雇用するバングラデシュでは、そこで働く80%が女性だ。日本のアパレル企業も多く進出している。これはわれわれの問題でもあるはずだ。10年ほど前、著者がパキスタンで第3の人口を持つファイサラバード近郊で、働く機会がありながら、働いていない未婚・既婚女性約300人にインタビュー調査したところ、「家族の男性メンバーが反対」という理由が6割もあった。これも女性に不利な社会規範による影響だろう。

 第7章は「性・出産を決める権利をもつ意味」。ここでは経口避妊ピルや中絶の合法化について取り上げられている。日本では低用量経口避妊ピルは1999年に厚生省が承認したが、いまだに医師の処方箋が必要なことになっている。こうしたピルの使用率は世界的にみても最下位だ。人工妊娠中絶は、アメリカで残念ながら大きな後退があった。1973年の画期的な連邦最高裁判決で合法化されたが、22年6月、州による妊娠中絶の禁止を合法とする逆転判決が出て、一部の州では中絶が違法とされた。このため、住んでいる州によっては中絶手術を受けるため、中絶可能な州に行って、手術を受けることが必要になった。中絶合法化は、他州に行く旅費のない貧しい黒人女性などに恩恵が大きかった。この逆転判決で、中絶が合法なら生まれていなかった子どもが生まれることになり、将来の犯罪発生率にも影響が出るなどアメリカではさまざまな議論が行われているという。

 終章は「なぜ男女の所得格差が続くのか」。最初にちょっとショッキングな数字が示される。OECD諸国のフルタイムで働く場合の男女の賃金格差だ。トップは韓国で30%を超えている。2位は日本で24%。「男性の所得に比べて女性の所得が24%低いことを意味します」。3位がエストニア、4位はイスラエル、5位がラトビア、6位がアメリカとなっている。ジェンダー格差が小さいとされるスウェーデンやノルウェーでも5%以上の格差が存在する。これにはさまざまな要素が含まれているようだ。学歴、あるいは女性であること自体の差別など。ゴールディン教授の研究では、アメリカのオーケストラでは目隠しオーディションを実施することによって、女性の演奏者が第一段階から次の段階に進める可能性が5割も上昇した。選考者と応募者の間に衝立を立て、応募者の性別や見た目がわからないようにする選考方法だ。「女性であることを理由に、採用で差別があることを示したのです」。

 これ以外にも女性が柔軟な働き方を好むということも賃金に影響する面がありそうだ。たとえば日本では女性の方が通勤しやすい職場を選ぶことも知られている。家事や育児の負担を考慮するといった点もあるだろう。さらに、これはアメリカの話だが、「女性は競争や交渉が好きではない、出世したがらないといったことがよくいわれています」。2021年のアメリカのデータでは、管理職に女性が占める比率は半分を超えているが、大企業のCEOなどトップの管理職の割合は8.8%にすぎない。「熾烈な競争やポスト獲得の交渉を好まないことがある」と考える人もいる。著者は最後に、「柔軟な働き方にしろ、キャリアの中断にしろ、家事や育児を女性が負担すべきという社会規範が大きく働いているのではないでしょうか。この社会規範に真面目に目を向けることが、日本のジェンダー格差解消の鍵となるかもしれません」と結ぶ。

 評者は著者の意見に全面的に賛成だ。現在、日本で問題になっているジェンダー格差の多くが、社会規範や男女の性別概念による思い込みに起因していることは間違いない。内外の研究をもとに、それを丁寧に紹介した労作だ。かなり網羅的だが、この問題に関心のあるすべての人に勧められると思う。内容にややわかりにくいところもあるが、それは関連文献を読むことなどで解消できるものだろう。ただ、気になったのは巻末の参照文献のほとんどが海外の文献だったことだ。邦訳の出ているものもあまりない。国内の研究がそれほど少ないということだろうか? 評者は、この国の男性優位の社会規範の強さが女性の社会進出や活躍を大きく妨げていることを痛感した。そうした規範にどっぷっりつかってきた先行世代の一人として、続く世代にそれを持ち越してはいけないと強く思った。