もえる!いきもののりくつ 中田 兼介 動物はどうしたりくつで行動しているのか
著者は京都女子大学教授の動物行動学者。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。「ヒトの中では。社会性が低めでシャイで臆病な個性を持ち、形態的特徴としてはやや頭部が大きい」そうだ。地元の京都新聞に2020年4月から21年3月まで連載された「いきものたちのりくつ」と、その後の「みんなのミシマガジン」への連載がもとになっている。新聞連載が中心で1編が2~3頁と短く、表現も簡潔で読みやすい。
りくつ・その1は「食うか、食われるか」。最初に登場するのはオタマジャクシ。オタマジャクシはサンショウウオが天敵だという。小さな水たまりで卵がかえり、オタマジャクシがあふれかえったときにサンショウウオの幼生がふ化 してくることがある。サンショウウオにとっては入れ食い状態だが、オタマジャクシは大ピンチだ。こんな状態に陥ったオタマジャクシは普通より頭が大きく膨れた形に育つという。「サンショウウオはオタマジャクシを頭から丸のみにするので、迫る口よりも頭を大きくすれば安全」というわけだ。こんな変化をエゾアカガエルで発見したのは北海道大学の岸田治さんたち。オタマジャクシは皮膚の一番内側の部分が分厚くなって頭を大きくしている。こういった成長の仕方の変化はオタマジャクシにどうプログラムされているのだろうか? 各編の末尾にはもととなった論文を示すQRコードがついている。試みに3、4編試してみたが、すべて英語の論文だった。専門の論文を読み解くのは簡単ではないが、関心のある人には親切な対応だ。
2本目はテングシロアリ。シロアリは地球上で大繁栄しているいきもののひとつ。「すべて集めて重さを量ることができたなら、地上の動物のおよそ一割を占めると見積もられています」。このため、シロアリは他の動物からふんだんにあるエサとして狙われる。「仲間を天敵から守る兵隊役がいる」こともあるが、テングシロアリの兵隊アリは「頭の前方がテングの鼻のように細長く突き出しており、ここからネバネバする化学物質を飛ばす」「遠くからネバネバをかけられたアリはあわててこすり落とそうとしますが、そうすると、これがさらにからだにまとわりつき、触覚が動かなくなるわ、からだのあちこちにも開いた呼吸のための穴がふさがって息がしにくくなるわと、被害甚大です」。
化学物質を使って自分の身体を犠牲にするアリもいる。「襲ってきた敵の近くで、兵隊自ら破裂して体内に蓄えた毒液をまき散らすのです」。こうなると自爆攻撃といいえる。精妙な生き残り戦略と見えるが、自爆する側の犠牲も大きい。「シロアリさんたち何をバカなことを? と一瞬思うのですが、振り返るに人間にも似た行いは見られるわけで。他のいきもののことはあまり言えないなと反省します」。
シャチはアザラシの天敵だそうだ。からだが5~8メートルくらいまで成長する海生の肉食ほ乳類で、クジラやイルカの仲間だ。知能が高く社会性を示す。アザラシを狙うのはタイプBと呼ばれるシャチで、海氷のまわりでアザラシを探し、「首尾よく発見すれば、何頭かで連れだって氷から少し離れたところに移動します。距離としては五~五〇メートル。(中略)触れ合うほどの間隔で横一線に並び、アザラシのいる氷に向かって列を保って泳ぎ始めます」。氷に接近すると、「氷の下にもぐる直前に尾びれを上げ大波を起こします。これをアザラシにぶつけ、海に流し落とすのです」。これはアメリカ海洋大気庁のロバート・ピットマンさんたちの研究だ。あの大きなシャチにそこまで知恵があるというのは驚きだ。評者は以前、米国フロリダ州の水族館でシャチのショーを見たことがあるが、巨体をジャンプさせて着水するときの波しぶきで周辺はずぶぬれになった。あのしぶきではアザラシもたまったものではない。
「コウモリとガの静かなる空中戦」も興味深い。コウモリが視覚に頼らず、飛んでいることはよく知られている。「口や鼻から超音波を放ち、跳ね返ってきた音を聞いて自分のまわりに何があるかを把握します。この超音波、高いところだと周波数は二〇万ヘルツに達しており、せいぜい一万~二万ヘルツまでの音しか聞こえない人間には、まったく聞こえません」。
「超音波は食事の時にも使います。(中略)多くの種類が超音波で昆虫を見つけて食べています。昆虫の中でも夜行性の種類が多いガの仲間は、よく狙われるエサの一つです」「ガには超音波が聞こえる種類がたくさんいます。中にはコウモリが発した音をとらえた瞬間、急旋回や急降下をして逃げようとするものも。スズメガやヒトリガの仲間のように、逆に超音波を鳴らし返し、見つからないようコウモリの邪魔をする種類もいます。レーダー電波の妨害をジャミングといいますが、これを音でやっているのです」。びっくりするような話だ。コウモリとガが人間には聞こえない超音波で、電子戦を戦っているわけだ。
りくつ・その2は「オスメスって何だろう?」。いきものの世界の性の話だ。クマノミというのは性転換する魚だ。「クマノミでは一番からだの大きい個体がメス、二番目がオスとして繁殖しますが、このペアに加えて、まだオスにもメスにもなっていない子どものクマノミが集団で同居しています。この状態でメスが死ぬと、二番目にからだの大きかったオスが一番に繰り上がり、もっともからだの大きい子どもが二番目となります。そして、この子が大人の魚として成熟します」。「魚は普通、メスのからだが大きいほど、たくさんの卵をおなかに抱えることができ、それだけ多くの子を残せます」。つまり二匹の魚のうち、からだの大きな方がメスになる方が子をたくさん残せるわけで、こちらの方が生物学的に有利というわけだ。
タツノオトシゴはオスが子育て用の袋をおなかに持っている。メスはこの袋に卵を産みつける。「オスは受け取った卵を袋の中で守り酸素と栄養を与え成長させます。もうこれは『オスの妊娠』といってもおかしくありません。(中略)子が独り立ちできるまでには数週間かかります。この期間が過ぎると、父は袋を収縮させて、小さなタツノオトシゴを次々とおなかから噴き出すのです」。メスはこの間、オスの近くにいて、「オスが出産し袋に空きができるのを待ち、また卵を産みつけようというのです」。タツノオトシゴにとってはこうしたやり方が合理的なのだろう。
りくつ・その4は「それでもみんなと暮らしたい」。アリ、ハチ、シロアリはたくさんの個体が集まって生活する社会性昆虫だ。こうした集団で、菌やバクテリアが繁殖すると一大事なので、湿度の高い土の中で巣をつくる種類のアリは、「自ら抗生物質を分泌し、自分や巣仲間のからだに塗りたくって身を守ります」「ある種では、菌に感染した働きアリは幼虫の世話をしなくなり、他の種では菌の増殖が進んで働きアリが弱ってくると、巣の外に出て仲間から離れた場所で死ぬことが観察されています」。集団の生存第一とプログラムされているのだろうが、何と健気かと感心する。
つられあくびというのは人間の世界ではよく見られるが、いきものの世界にも共通しているらしい。「霊長類やイヌやゾウ、ブタさんだって、つられあくびをします」。実は野生のライオンもつられあくびをする。イタリア・ピサ大学のグラツィア・カセッタさんたちはアフリカのサバンナで何カ月にもわたって野生のライオンの群れを観察し、合計二五二回のあくびを見ることができた。「わかったのはライオンが寝ようとしたときや逆に動き始めたときのように、リラックスした状態であくびが起きることでした」。また、群れの他のライオンがあくびしているところを見ると、あくび発生率がなんと一三九倍に高まったのだとか。これはどう見てもうつっています」。さらに、「うつした側のライオンが動き出したら自分も動き出し、逆に相手が寝そべると自分も寝そべることが多かったことです。つまり、うつるのはあくびだけではなく、どういう行動をするのかもまた伝染していたのです」。
これはどういうことなのだろうか。ライオンが群れで狩りをするいきものだということがヒントになりそうだ。著者は、ライオンの社会をうまく回すために、「あくびはそんなライオンたちの振る舞いを整え、群れで同じような動きをさせる働きがあるのかもしれません」と推測している。
りくつ・その5は「相手や道具を利用する」。カラスの仲間のカレドニアガラスは「木に開いた穴の奥のように、くちばしが届かないところにエサを見つけると、小枝などを自分でカギ状に曲げたものを使い、ほじくり出して食べるのです」「米国ハーバード大のダコタ・マッコイさんたちは、テーブルの片方にエサのたくさん入った箱を、もう片方の端に少ししかエサの入っていない箱を置いてカラスを遊ばせ、箱の場所とエサの量に関係があることを覚えさせました。その後、カラスはテーブルのちょうど真ん中に箱があるのを見せられます。このとき、カラスはどうするでしょう?」「このテストを道具を使ってエサをとったあとのカラスにしてみたところ、道具を使わなかったときより、『楽観的』になっていたそうです。道具を使ったあとのカラスは、きっと楽しくよい気分だったのでしょう」。カレドニアガラスはニューカレドニアに住むのでこの名前がついた。最近はハワイガラスも道具を使うことがわかってきたそうだ。
トビが火を利用しているらしいという話もある。オーストラリアでは毎年のように森林火災が起きて甚大な被害が出ている。このうちの一部はトビに関係があるかもしれない。トビやチャイロハヤブサなどの猛禽類は自然に発生した森林火災の周辺を飛び回るという。火や煙から逃れようとする小動物を狙っているわけだ。それだけでなく、トビたちは意図して火を広げているという。これは米国ペンシルベニア大学のマーク・ポンタさんたちの研究で、オーストラリア北部で「『猛禽類が火のついた小枝をくちばしでくわえたり爪で持ったりして、まだ燃えていない場所に運んで落とす』という目撃証言をたくさん集めました。多くの目撃者は、『鳥たちは意図して火を運んでいた』と述べています」。
りくつ・その6は「からだのつくりには意味がある」。タコは「実は、頭のように見えている部分は胴体で、胃やその他の内臓が詰まっているのです」「じゃあ脳はどこ? というと目と目の間にあり、その下に口が開いています。つまりタコは上から下に、胃があって、脳があって、口があって、という順にそれぞれが並んでいます」。食べたエサを脳が邪魔するのではという気もするが、「タコの脳はその真ん中を食道が貫通していて、エサはドーナツ状の脳の穴をくぐり抜けて胃へと流れていきます」。さらに驚くのは、「タコの持つ神経細胞のうち頭にあるのは全体の三分の一で、残りの三分の二が腕一本一本に広がっています。八本の腕それぞれが独自の脳を持っているようなものです」「おかげで、腕は頭から指令を受けなくても、自力で周囲の様子を探り、動くことができますし、本体から切り落とされてもしばらく生きて、エサがあると捕まえて存在しない口に持っていこうとさえするのだそうです」。脳を分散させるタコの身体にはどういうメリットがあるのだろうか?
評者はウニが好きだが、ウニの目がどこにあるかは知らなかった。「海底の海藻を食べて暮らすウニの口はからだの下側にあります」。アメリカムラサキウニを調べたドイツ・ボン大学のエスター・ウルリッヒルターさんたちの研究でこんな事実がわかった。「ウニのからだには管足(かんそく)という細い管が生えていますが、なんとそこで光を感じていたのです。管足は体中にたくさん生えています。つまり、ウニはからだ全体で物を見ている、いわば全身が一つの目の動物なのです」。
ウニといえば評者は今年、面白い経験をした。ツアーで青森・下北半島を旅行したとき、仏ケ浦という奇岩景勝の観光地を訪ねた。遊覧船のスタッフが上陸時にウニがいるのを見つけ、食べさせてくれた。パクッと割ると黄色いウニの身が出てくる。海水の塩味がしておいしかった。
評者の家にはときどきかわいいヤモリが出てくる。すみかにしているのかもしれない。昆虫やヤモリは壁に器用に張りつくが、「一部の昆虫やカエルは足先から液体を分泌し壁との間の隙間に広げ、そこから生じる粘着力を使い、ヤモリは指にたくさんある細い毛の先端に生じる、分子同士が引き合う力を使います」。実際にヤモリをまねた接着技術の開発が進んでいる。「米国スタンフォード大学のエリオット・ホークスさんたちは、すべての毛が等しくくっつくよう工夫した接着シートを開発しました。そして、手足だけでツルツルの壁を登ることに成功しています」。
りくつ・その7は「実は、いろいろ考えています」。花の蜜を探して飛び回るミツバチは視力が悪いのだという。「ミツバチの視力といえば、人間にたとえると〇・〇一より悪いくらい。よくまわりにぶつからずに飛べるものです」「鍵となるのは、視界に映るものの速さ。ミツバチが飛んでいるとき、左右の眼には、まわりのものが前から後ろに流れていくところが映っていて、その形はわからなくても、流れの速さはわかります。(中略)流れの速さが左右で同じになるよう飛行ルートを調整すれば、自分の両側にある二つのものの、ちょうど真ん中を通り抜けることができるのです」。これはドイツ・ヴュルツブルク大学のウォルフガング・キルヒナーさんたちの研究で確かめられた。
りくつ・その11は「奇想天外ないきものたち」。「ヘビ、空を飛ぶ」にはちょっとぎょっとさせられる。東南アジアの森に住むトビヘビは滑空することができる。滑空する動物としてはムササビがよく知られている。ムササビはからだの横に広げた皮膜を翼代わりにして飛んでいる。トビヘビは木の枝から枝に飛ぶことができるが、「空中に飛び出す時、枝の上でS字状に縮めたからだを、さっと伸ばします。そのときに普通は円い断面を持つからだが、横に広がって平べったい形になるのです。もうひとつの理由が空中での動き方です。トビヘビは枝から飛び出したあと、空中を泳ぐかのようにからだをくねらせて進みます」。これは米国バージニア工科大のアイザック・イートンさんたちの研究だ。彼はヘビのからだにマーカーをたくさん張り付け、高速ビデオで測定した。「からだのくねりがなければ、空中でからだが回転してしまい、前にうまく進めずすぐに落ちてしまうことがわかりました。つまりトビヘビは、翼の代わりにからだ全体を使って、落ちるまでの時間稼ぎをし、飛行中の姿勢を安定させているのです」。飛ぶヘビがいるというのは知らなかった。
ミツバチがアルコールを好むこともまったく知らなかった。自然に咲いた花の蜜の糖分を酵母が発酵させ、ビール並みのアルコール度数になることもあるそうだ。「花の蜜をエサにする動物は、まるでお酒を飲んだような状態になってしまうことがあります」「実際ミツバチにアルコール入りの液体を与えると、嫌がることなく飲んでくれます。そのため最近は、アルコールの影響を調べるための実験動物として重宝されていて、アルコールが入るとパフォーマンスが落ちることが知られるようになりました」。ポーランド・ヤギュウォ大学のモニカ・オスタップチュクさんたちはミツバチに三週間アルコール入りのエサを与え続け、その後三日間アルコール断ちをさせた。「するとハチは、アルコールをまったく与えられていなかった場合や、逆にずっとアルコールをとってきた場合よりも、激しく砂糖水に食いつきました。アルコール断ちが強い渇望を生んだといえるでしょう。これは一種の禁断症状です」。
りくつは全部で11あるのでここに紹介できたのは半分程度にすぎない。それぞれのいきものの生き方の精妙さに驚くとともに、よくぞそこまで観察できたものだと感心する。逆に、観察されたいきものからみれば、ヒトの知的好奇心と忍耐力の強さに感嘆してしまうことだろう。今回は原著論文はまったく読んでいないが、いずれ面白そうなテーマをチェックしてみたいところだ。それだけに、こうやって専門的な論文のさわりをわかりやすく紹介してもらえるのは大変ありがたい。おそらく論文をそのまま読んでも、門外漢には面白さや研究の意味がよくわからないはずだ。著者には、今後もこうした啓蒙書を書き続けてもらいたい。欲をいえばもう少し研究内容を詳しく紹介してもらえると、さらに興味が増すのではないか。続編にも期待したい。