6/20 中村浩子 And then 第38話
益田にとって信じられない話だが益田は夢を見た。
あの日の彼の行為の夢を見た。
切っている感触を夢で見た。
独り言にも注意を払っていたのに、夢を見て何か言ったのだ。
刑事たちは益田の良心に期待をかけた。
心理的に益田にプレッシャーをかけた。
取り調べの時間を大幅に減らした。
減らして益田を一人にした。
丸一日取り調べをしないで様子を見た日があった。
その翌日、取り調べは午後から始まった。
益田はきょうも取り調べはないかもと思い始めていた。
益田は様子をうかがっていた。
なんで調べないと思っていた。
なんか調べてほしかった。
一人でいたくなかった。
取り調べ室に来ると、一番で刑事たちは益田に熊の隠した浩子の残骸の写真を見せた。
あなたが最期に見たときの浩子さんと変わっていますか?
体の前側、腹部は胃の上まで大幅に引き裂かれていた。
益田は腹部も胸も切り開けていない。
顔はそれほど傷ついていなかった。
髪の毛も残っていた。
どうです、あなたはどこまで切り刻んだのですか?
リスキーな尋問だった。
片足がなかった。
もう片足はひざから下がなかった。
益田は今となっては見たくなかった。
益田は外科医で、解剖医でも検死医でもない。
死体の、こういう死体を見たことがなかった。
もとはと言えば自分がやった。
だけど、益田はきれいに残したつもりだった。
益田は刑事の示す全部の写真を見ることができなかった。
浩子になんの感情もなかったし、今でもあの時のことを思いだすと
怒りがこみあげてきた。
写真はただの死体の写真だった。
自分で殺ったのに見られないのですか?
私はこんなに傷つけていない。
こんなに? あなたはどこまでやったのですか・
足を切断したのはあなたでしょう?
ひざ下はどうしたんですか?
この写真で残っている内臓はどこですか?
刑事は益田が見たがらないと見るや写真を益田の前に並べた。
あの建物はもうないから実証はできませんが、
浩子さんを切り刻んだのは、解体した建物のどこですか?
昔の解剖中の写真を見せた。
そこには益田もお世話になった教授の若いころが映っていた。
この部屋を覚えていますか?
その写真を見ると、あの日のことが浮かんだ。
浩子が台に横たわっているように見えた。
写真を二度見してしまった。
もしやこの死体はと思わず思ったのだ。
覚えているのですね?
殺してからここに運んだのですか?
どうやって殺したのですか?
質問が機関銃の弾のように飛んできた。
どこで殺して、ここへ持ってきたのですか?
殺していない!
益田はとうとう声に出した。
殺さないでここに寝かせたのですか?
生きたまま解剖したんですか?
生きたまま切り刻んだのですか?
ここで何をやったのですか?
愛したのですか?
この狭い台で愛したのですか?
愛してなんかない、あんな女。
あんな女? だって、夕飯に誘ったのでしょ?
どうしてF出口から出るように言ったのですか?
F出口から裏門まで3分、しっかり計算したんでしょ?
あの建物で、あの部屋で何をする気だったんですか?
落ち着け、益田は自分に言った。
でも益田の目に、脳に浩子がちらつき始めた。
何が殺したいほど嫌いなんだ?
取り調べ中なのに益田は自問した。
女がしなを作って接近してくるのが嫌だ。
男は女から寄ってくれば、ホイホイと乗っかるけど
俺は嫌だ。
女とセックス? 別に女じゃなくてもいい。
益田は医者だから女の体の細部まで学んだ。
あんな中に自分の大事なものを入れたくない。
益田、刑事の2人が同時に呼びかけた。
益田はすぐ呼び声が聞こえなかった。
それほど、益田の心はそこにあらずだった。
もう言っちゃたんだから、質問に答えてよ。
刑事の一人が手を益田の顔の前でチラチラした。
益田は刑事に向きあった。
お、言う気になったか?