6/7 中村浩子 And then 第20話
それは浩子の外出した日に始まった。
雄二と会社の終わったころアポを取り、外食の予定だった。
地下鉄のエスカレーターが見つからなくて、諦めて長い階段を登りだしてけど
案の定、数段を踏み外して浩子は転がった。
半分起きあがって、立ち上がる前に異常なしを確認していたとき
大丈夫ですかっと男の声がした。
大丈夫ですと口が動いたけど、声がでない。
泣きべそをかいていた。
声の主は浩子を抱き起し、浩子の顔を覗きこんだ。
そして、ポケットからハンカチを出すと、顔を拭いてくれた。
血がついていた。
歩けますか? とまた声が言った。
浩子の目から涙があふれてしまった。
どこか痛い?と声がきく。
男はしゃべれない浩子を抱き上げると地上に連れて行った。
男は左右を見て、数軒隣の喫茶室に浩子を連れて行こうとした。
ちょうど運よくアポに遅れた雄二が通りがかった。
浩ちゃん、どうしたの?
と、びっくりして浩子にかけよった。
雄二の顔を見た途端、ワっと浩子が泣き出した。
そして階段から落ちた・・・・と切れ切れに浩子が言った。
三人はその喫茶室に入り、浩子の擦りむいたあちこちを応急手当し、
それから、声の主に感謝ともに夕食に誘った。
声の主は2人よりずっと若かった。
その男性は医者だった。
ちょうど夜勤の日で、いつもより早めに出た結果
浩子と出会ったということだった。
彼は浩子のあちこちに触れて骨折はありませんと言ってくれた。
医者の男性と雄二は名刺交換をして、
それではまた後日にということになった。
帰宅してから、浩子はあの先生なんて言うの?って聞いた。
益田先生だよ、外科だ。
それより浩ちゃん、もう3インチヒールは止めて。
今回は何もなかったけど、階段の落ち癖があるのにヒールはリスキー過ぎるよ。
だってヒールのほうが足がきれいに見えるし・・・
それで骨折でもしたらどうすんのよ?
雄二の語気の強さに浩子はビャーと泣きだした。
雄二は浩子をひざに乗せて抱きしめた。
浩ちゃん、僕を一人にしないでね。
逝くときは一緒よ、わかっている?
浩子は何か考えていると自分で思った。
なに? このモヤモヤ?
そのモヤモヤは階段の下に落ち着いた。
大丈夫ですかってあの声・・・・・が気になっている。
良い声ってこともなかったけど、けど何?
自分に触った手の感触。
どうだった? それでもない。
第一、顔すらはっきり思い出せない。
浩子が口に出す前に雄二が言った。
あの先生を食事に招待しようよ。
でも・・・・浩子はちょっと迷った。
接待夕食はもうあまり作りたくなかった。
浩子は作らなくていいよ、僕がコックさんをみつくろうから。
どこかレストランでもいいけど、久しぶりにパーティをやろう!
浩子のご両親にも来てもらおう。
結局、雄二の提案通りになった。
こういうことは雄二はいつも自分の好きなようにやって
浩子はどうにも介入できなかった。
パーティは昼を中心にした。
夜のドンチャン騒ぎはもう誰も希望しなかった。
益田先生は12時ごろ来た。
夜勤明けだとか、今頃帰るの?
一度家に戻ってから着替えてきましたと言った。
益田先生はパーティの雰囲気にちょっと驚いていた。
峇清ですねと何度も言った。
浩子も雄二も益田先生を紹介するのに全力を尽くした。
先生に何かのチャンスをあげたかった。
招待者の中には裕福な人たちがたくさんいた。
まだ着いていないけど私立の病院経営者も呼んでいた。
浩子の両親も久しぶりのパーティに楽しそうだった。
益田先生は40代だそうだ。
まだ独身で。
まあどうして、浩子は好奇心とそれからなんだろう? このモヤモヤ?は
医者ってすごく肉体労働者で、奥さんサービスはあまりできないし
でもわかってくれって言うのは身勝手かと思いまして。
病院って普通の会社みたいな役職は少ないんです。
僕は外科医でやっていければいいんだけど、どうもそれだけでは
足りないみたいで。
益田先生はパーティ中に浩子の年なんか知った。
わかいですね。
僕と同じくらいかと思いました。
パーティ中、浩子は益田と長い時間を過ごした。
パーティが終わって数日経って、雄二が浩子に言った。
浩ちゃん、あの先生が気に入ったみたいね。
浩子はすぐなんの話か分からなかった。
僕はいいのよ、浩ちゃんが遊んできたいなら遊んでおいで。
浩子は珍しく頬を染めた。
そんなことないわ。
と浩子は怒ったように言ったけど、雄二の指摘が引き金を引いた。
その年の夏、1週間か10日ほど別荘で過ごそうと言うことになった。
雄二は浩子に言わずに益田先生の登場を組み込んでいた。
なんとか2人だけの時間を作ろうと雄二は思っていた。
雄二は益田の働く病院に何かの検査で行き、益田先生と夏休みのことなんか
聞き出していた。