今年の夏はジブリの「風立ちぬ」が話題だ。某ラジオ番組で社会学者の宮台氏がジブリの「風立ちぬ」を糞みたいな作品だと酷評していた。社会学者が世の中の何の役に立っているのかしらないが言いたいことを言っている数少ない有名人で気になる存在だ。
昔TV朝日の朝生で意味不明な言葉を並べていて古い論客からこてんぱんにやられていたがその後TV出演は拒否してラジオを自分の発信拠点にしたようである。確かにラジオのパーソナリティー達は何を言っても反論しないので居心地が良いのであろう。確か村上春樹の新しい長辺小説も半分読んで読む気がしない駄作と酷評していたが極端で面白い。
私も村上春樹の作品に出てくる登場人物はかなり若いのだがベースはノルウェーの森と同じでいつも団塊の世代が生きた時代の若い世代を投影していると思われる。村上春樹が今の世代の本当の若い世代を実感で解っているとは思えないのだ。海外でマラソンで鍛えリッチな生活の中から生まれる小説に過ぎないと思うからだ。だが我々団塊の世代は登場人物が若くても深く理解できてしまう。宮台氏の世代が駄作と言い切るのは良くわかるのだ。村上春樹が若い世代の心情を描けるとは思えないし若い世代の登場人物を借りて常に自分が生きた時代を描いていると思うからだ。
宮台氏の糞発現で取りあえず「堀辰雄」の「風立ちぬ」を読んだ。僅かな期間で失った愛する人の喪失感を軽井沢周辺の自然の中に身を置いて自然の小さな移り変わりに詩情豊に昇華させていく私小説である。社会の一線を退いてそれでも生きていかねばならない心境とが妙にシンクロして面白かった。さてこれからどうしようか。「風立ちぬ」であるかもしれない・・・・。
夏の雲と炎天下の下でサッカーに夢中な小学生を遠くから眺めていた。暑いのだが草の臭いが風に乗ってときどき流れてきて夏らしく好きだ。