『いいかよく聞け、五郎左よ!』 -もう一つの信長公記-

『信長公記』と『源平盛衰記』の関連は?信長の忠臣“丹羽五郎左衛門長秀”と京童代表“細川藤孝”の働きは?

日乗上人(にちじょうしゃうにん)

2018-08-23 00:00:00 | 信長公記の蔵:人物篇
日乗上人(にちじょうしゃうにん)

〔現代仮名遣い〕にちじょうしょうにん

※下線部は信長公記以外の記事によります。


朝山。出雲朝山郷出身。

天文年間末期(1555年ごろ)戦乱で自家滅亡し

たのち上京し、荒廃した内裏の修理費を集めよ

うという念願を上奏し、時の後奈良天皇から日

乗上人の号を与えられたという。1568年織田信

長に起用される。


1569年5月頃に始まる内裏修復の奉行。

同年伊勢で信長から領地を下される。


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