音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

『狭小邸宅』各論その1

2013-03-07 04:22:41 | 本・雑誌
他人との競争が嫌いなはずの青年が戸建物件を売る中堅の不動産会社に就職してしまい、パワハラなどという生易しい言葉を超越したバイオレンスと痛烈な面罵にさらされる、厳しいノルマ世界で苦闘する日々を描いた新庄耕『狭小邸宅』。そのディテールを深掘りするシリーズ第1弾(第3弾まではいく予定)

【殺す】
上司:「その客、絶対ぶっ殺せよ」
部下:「はい、絶対殺します」
暴対法の厳しいご時世で、その筋の事務所でも飛び交わないであろう物騒な会話。見込み客に家を買わせる、きっちり契約に追い込むという意味らしいが、「落とす」はあっても「殺す」という業界(社内?)スラングは初めて聞いた。ジゴロを「女殺し」、変則左腕の中継ぎ投手を「左殺し」と表現するように、「殺す」には攻略するという語意はあるとは思うが、事情を知らない人がいきなり耳にしたらギョッとするようなフレーズ。

【明王大学】
主人公である松尾の出身大学は明治と慶應を合わせたような架空の名前だが、「明王のくせに」「明王出のお坊ちゃん」「明王出て偉そう」などの台詞が頻出するところから、慶應義塾をイメージしているように思う。なぜ慶応ボーイがこんなブラックな販社に就職するのか訝るムキもあるかもしれないが、今も昔も間違って紛れ込んじゃう人はいるものだ。学歴はピカピカでも、いわゆる無頓着と無気力で就活の波にイマイチ乗り切れず、あまり深く考えることなく流され、大変な修羅場に足を踏み入れてしまったというパターン。そんな若者は私の時代にもいた。概ねホワイトな大企業や官公庁に進んでいる大学時代の友人や職場の上司からも「さっさと辞めてもう少し自分にあった仕事に変えろよ」「往生際が悪い」「明王出てそれぐらい若ければいくらでも拾ってくれる、何故つづける」と忠告(勧告)されながらも、主人公は意地でフォージーハウスにしがみつく。ここのあたりのメンタリティーは何となくわかる気がする。

私が新卒3年目の時に入ってきた新人は、早稲田の政経学部を出た男だったが、お世辞にも営業センスがあるとは思えず、案の定苦戦していた。そんな折、仕事帰りに飲みに誘った。「仕事どうだ?」と聞いてみたら彼自身、向いてないのは自分でもよくわかると認めたうえで、

「音次郎さん、私は10棟売ったら、この会社辞めますよ」

と赤い目をして語っていたのを今でも覚えている。その時に「そんなこと云わずにもう少し頑張ってみろよ」と励ました自分がとっくの昔に去った会社に、彼が今でも勤めているのは不思議だけど・・・。

その時に感じたのは、高学歴の人というのは、親もたいがい教育熱心なので、部活や習い事などを容易に辞められなかった子が多い。基本的に真面目であり、何一つ成していない状態のままドロップアウトすることに物凄く抵抗を感じるんじゃないかと。哀しい習性と言うか。「あ、こりゃ駄目だ、次行ってみよう!」と直ぐ切り替えられる人の方がラクなのだが、そういうのに慣れていないのと、下手な成功体験からくるプライドが早期判断の邪魔をしている。もちろん、彼らとて定年まで30年以上もいるつもりなどさらさらないのだが、少なくとも一通りのことを経験したり、形になる前に退却することが自分の中で納得できない。松尾の執着もそういうことだったんじゃないだろうか。

【学歴と処遇】
「全人格が数字に現れる」と私が入社した時の営業統括担当常務が講話で言い放ったのを今でも憶えてる。フォージーハウスの社長と云ってる趣旨はほぼ同じ。何棟売ったかが評価の全てという世界だが、学歴が全く関係ないかというとそれはちょっと違う。私のいた会社は東証一部上場企業、従業員数千人で全国展開しており、テレビCMも流しているような会社だったので、その規模になるとスタッフ業務もそれなりにあった。売れなかったら辞めざるをえない原則の唯一の例外として、早慶上智出身者はクビにならずに本社で引き取ってもらえた。ブランド大学OBだけのセーフティネット。

もっとも、そういう社員は扶養されるだけの存在に甘んじなければならないので、会社に留まることがいいことなのかはわからない。花形の本社社員とは7〜10年目くらいのトップセールスマンの中でバランス感覚アリと評価を受け、幹部候補生としてピックアップされた人たち。全体を見る経験、本社人脈の醸成、束の間の骨休め(収入は報奨金がなくなる分かなり減るのだが)という目的があり、いずれは営業現場に所長として戻るか、本社でそのまま保守本流の道を歩む。彼らがバリバリと中枢業務に従事するのに対して、最低限通過儀礼を経ただけの(早慶を出ていただけで命拾いした)若手は、コピーとりや会議の椅子並べなどの雑用係に終始する。財務とか人事の分野でよほどのスペシャリティーでも身につけない限り浮かばれない。どんなに優秀でも「スーパー店長」として潰れずサバイバルしないと、事実上その先がないユ○クロも同じだけど。

松尾のいるフォージーハウスは、中堅のオーナー企業で非上場のようだから、営業現場以外の職場というのは事実上なかったのだろう。(つづく)

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