mardidupin

記憶の欠片あるいは幻影の中の真実。

《蟋蟀》

2014-09-09 07:35:26 | 〈薄紅の部屋 (和歌)〉
今よりはつぎて夜寒になりぬらしつづれさててふ蟲の聲する /良寛

つゞりさせいつまで呼て此虫は寝ること知らに夜を明すらむ /曙覧

夜もすがら聞くともなしに聞てけりいをねぬねやのこほろぎの声 /一葉

寂しさもまぎれなくこそなりにけれ更けてさやけきこほろぎの声 /一葉

ゆかの上水こえたれば夜もすがら屋根のうらべにこほろぎの鳴く /左千夫

くまもおちず家ぬちは水にひたればか板戸によりてこほろぎの鳴く /左千夫

只ひとり水づく荒家に居残りて鳴くこほろぎに耳かたむけぬ /左千夫

さ夜ふけて訪ひよる人の水おとに軒のこほろぎ声なきやみぬ /左千夫

朝月は小萩の露にしづみけりあかつきやみのこほろぎの聲 /利玄

月さむき夜頃となりぬ蘆の穂のしろき堤のこほろぎの聲 /利玄

芋の葉ゆこぼれて落つる白露のころゝころゝにこほろぎのなく /節

我が庭の梅の落葉に降る雨の寒き夕にこほろぎのなく /節

秋ふけて野もさびゆけばみ墓辺に鳴くかこほろぎ訪ふ人もなく /左千夫

起臥の朝戸夕戸に声立てて吾悲しみを鳴くかこほろぎ /左千夫

露の路畑をまがれば君みえず黍の穂にこほろぎ啼きぬ /晶子

月夜よみ藁をたばねてひとり居る秋の野面のこほろぎのこゑ /千樫

露しろく夕月てりて新藁のにほひひややかにこほろぎ鳴くも /千樫

馬の背山山の裾べを霜けぶりさ夜くだちつつこほろぎのこゑ /千樫

秋の野に豆曳くあとにひきのこる莠がなかのこほろぎの聲 /節

辣薤のさびしき花に霜ふりてくれ行く秋のこほろぎの聲 /節

男郎花まじれる草の秋雨にあまたは鳴かぬこほろぎの聲 /節

木曾人の朝草刈らす桑畑にまだ鳴きしきるこほろぎの聲 /節

垣に積む莠がなかのこほろぎは粟畑よりか引きても來つらむ /節

花草の原のいづくに金の家銀の家すや月夜こほろぎ /晶子

地のそこに消えゆくとおもひ中ぞらにまよふともきこゆ長夜こほろぎ /牧水

魔がさすといふ野日高しちゝろ虫 /碧梧桐

てる月の清き夜ごろを蟋蟀やねもころころに率寝て鳴くらむ /茂吉

うつし身の稀らにかよふ秋やまに親しみて鳴く蟋蟀のこゑ /茂吉

もみぢ原ゆふぐれしづみ蟋蟀はこの寂しさに堪へて鳴くなり /茂吉

ひとは今ことば悲しくこほろぎの吾が耳ぞこにかたりけらずや /憲吉

宵浅き庭を歩めばあゆみ路のみぎりひだりに蟋蟀鳴くも /茂吉

つめたき土にうまれし蟋蟀のまだいはけなく鳴ける寂しさ /茂吉

吾からと別れを強ひし心もてなにに寝らえぬ夜半のこほろぎ /千樫

ひそひそになくや蟋蟀ひそかにはわが鋭心はにぶりはてしも /千樫

さ夜ふかくなくやこほろぎ心ぐし人もひそかにひとり居るらし /千樫

昼の野になくやこほろぎほろほろに父母の手にすがらまくすも /千樫

こほろぎは床下に来て啼く時にちちこひしなどおどけごと云ふ /晶子

入りつ日の入りかくろへば露満つる秋野の末にこほろぎ鳴くも /茂吉

星おほき花原くれば露は凝りみぎりひだりにこほろぎ鳴くも /茂吉

編みさしの赤き毛糸にしみじみと針を刺す時こほろぎの鳴く /白秋

まだら黄に枯れゆく秋の草のかげ啼くこほろぎの眸の黒さかな /牧水

あかねさす昼のこほろぎおどろきてかくろひ行くを見むとわがせし /茂吉

うちどよむあらしの底にこほろぎは鳴きてありけりとぎれとぎれに /千樫

入りがたの月のひかりに壁の色ほのかに赤くこほろぎ鳴くも /千樫

こほろぎはいとどあまねく鳴きふけりわがひとり寝の夜半のしたしさ /千樫

手を借らん肩に倚らんと云ふごとく九月に入ればこほろぎの鳴く /晶子

こほろぎや男女の文がらの多きが中に埋もれて聞く /晶子

わが横にいたくくづほれ歎くものありとこほろぎとりなして鳴く /晶子

何草ぞこの草むらの硬さよと腰をおろせばこほろぎ啼けり /牧水

夜の窓ひるのつかれのやはらかう身にはうかびてこほろぎ啼けり /牧水

ゆふぐれの道は峡間に細りつつ崖のおもよりこほろぎのこゑ /茂吉

家うごく暴風雨にきけばはたや鳴きはたや鳴き止むこほろぎの声 /憲吉

竃土端にこほろぎの声満ちにけり長夜の家にひと覚めざらむ /憲吉

山の夜や星に混りてあるごとく高き方にて鳴けるこほろぎ /晶子

田づらより低き湯殿にひびきくる夜半の田面のこほろぎのこゑ /牧水

人通ふ路岸河原三段にわかれて鳴けるこほろぎの声 /晶子

蔵経に月の光ぞ満にける一つころろぐこほろぎの声 /白秋

こほろぎが清く寂しく鳴きいでぬ雲の中なる奥山にして /晶子

戸を閉さで灯影のとどく草むらに蟋蟀鳴けりこの二夜三夜 /赤彦

うちよりて夜は茶を飲む子どもらの休暇も果てぬこほろぎの声 /赤彦

こほろぎは消ぬがに鳴きてゐたりけり箱根のやまに月照れるとき /茂吉

脛立ててこほろぎあゆむ畳には砂糖のこなも灯に光り沁む /白秋

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