NBA INS 'N' OUTS

かんたん解説 NBAなんでもとーく

Man to the rescue

2007年05月10日 | 特集

ジャズのホームで行われた、ジャズ×ウォリアーズのGAME2。
何となくゲームを見ていると、カメラがロッカールームに切り替わった。
そこにはセキュリティに伴われ、アリーナへ向かう廊下を歩くフィッシャーの姿があった。
もう既に第3Qも半分以上が過ぎ、ゲームの2/3が終わるというタイミングだった。
「あれ?フィッシャーだ。今来たのか?」
単純にそう思った。

フィッシャーは前戦のGAME1も欠場していた。
理由は“Personal Reasons(個人的な事情)”としか報道されなかった。
この理由の場合、家庭の問題から個人の不祥事、子供の出産立会いから親族の葬式まで、大なり小なり様々な理由が考えられるため、本人が公表するまで内情をうかがい知ることはできない。
しかし廊下を歩くフィッシャーの表情はうつむき加減で、どこか暗い雰囲気が漂っていた。
「何か簡単な問題ではなさそうだな」
雰囲気がそれを物語っていた。

その頃コート上では、ジャズが絶体絶命のピンチに陥っていた。
試合開始直後の1Q、まだ1分も経たないうちにデロン・ウィリアムズが2つのファールを吹かれ、ベンチに退かざるをえなくなった。
第2PGのフィッシャーがいない中で、試合開始からわずか1分で司令塔を欠く最悪の展開。
やむなく、まだルーキーの第3PGディー・ブラウンをコートに送るしかなかった。

しかし悪いことは重なってしまうのか、まだ1Q残り5分のところで、チャージングを狙いにいって倒れたブラウンの背中に、ジャンプしてきたメメット・オクールがのしかかった。
211cmの巨体が、183cmのブラウンの後頭部にのしかかり、思いっきり首を前方にひねったブラウンは、そのままストレッチャーに乗せられ病院へと直行する事態になってしまった。

一挙に3人のPGを失ってしまったジャズは、当然ながら苦しい戦いを強いられる。
デロンは2Qに姿を見せたものの、ファールを恐れてか本来のアグレッシブな動きは鳴りを潜め、前半はフリースローのみのわずか1得点に終わる。
デロンがベンチに下がった時間帯には、なんとキリレンコが急造PGとしてボールを運んだ。
それでも2Qに過小評価されている新人ポール・ミルサップの活躍などがあり、ジャズがリードして折り返した。

しかし、後半開始早々からウォリアーズ得意の3ポイント攻勢が始まり、点差はみるみるうちに縮んでいく。
デロンは後半頭から出場したものの、バロン・デイビスの動きに引きずられ、さらにファールを犯してしまう。
3Q残り3分半となったところで、ついに4つ目のファールを吹かれ再びベンチへ。
再びコートから司令塔がいなくなった。

フィッシャーが廊下を抜け、アリーナに姿を現したのは、まさにその時だった。
ベンチ脇まで走ってくると、フィッシャーはHCのジェリー・スローンに声をかけた。
スローンはフィッシャーに「いけるか?」と聞き、フィッシャーは「大丈夫です」と答えた。
するとそのままベンチに一度も座ることなく、スコアラーズテーブルまで走っていって交替を告げると、即座にコートに立った。

ウォームアップもストレッチもせず、もちろんシュート練習もしていない状態で、ただユニフォームに着替え、ロッカールームからベンチの前も走りすぎて、そのままコートに立ったのだ。
本当はいける状態ではなかったはず。
だが事態は急を要していた。
スローンHCも、多少の無理は承知の上で、それでもコート上にPGを送らなければいけない窮状にあったのだ。

ユタのファンは、この日一番の大歓声でフィッシャーの帰還を後押しした。
フィッシャーはこわばった表情のまま、何人かのチームメイトとハグをして抱き合い、相手チームのバロン・デイビスまでがフィッシャーにハグをした。
みんな何らかの事情を知っていたのだろう。
言葉は交わさず、ただ静かに抱き寄せていた。

しかしそこからのフィッシャーは、まさに救世主の働きだった。
誰もガードできずにいたバロンに密着ディフェンスを仕掛け、ウォリアーズの勢いを止める。
マブズが1回戦のGAME5で、ハーフラインからダブルチームを仕掛け、バロンにボールを持たせないようにして逆転勝利を飾ったように、バロンをスローダウンさせればウォリアーズ全体がスローダウンする。
それだけに、バロンを1対1でスローダウンさせられるフィッシャーのディフェンスは、何よりも貴重であった。

ゲームを落ち着かせ、4Qに再びデロンが登場できるまで時間を稼ぐと、フィッシャーはベンチに下がった。
そしてそのままアリーナ脇の通路に置かれたステイショナリーバイク(自転車型のウォームアップマシン)に乗り、ウォームアップをしながら戦況を見つめた。
実際ゲームに出場した後で、改めてウォームアップを開始したわけだ。
順序が少々逆だが・・・・

そして大詰めを迎えた最終盤、フィッシャーがまた大きな働きをする。
試合残り30秒、ブーザーのダンクで3点差へと迫り、攻撃権がウォリアーズに移る。
ボールを持ってゆっくりと運ぶバロン、それを執拗に追いかけるフィッシャー。
密着ディフェンスにボールをファンブルしかかったバロンは、ハーフライン付近で慌ててタッチラインを踏んでしまう。
ターンオーバー。

地味だが、相手にシュートを打たせることなく攻撃権を奪うファインプレーだ。
この絶好の同点チャンスに、オクールが注文通りの同点3ポイントを沈め、ボルテージは一気に最高潮に。
結局これは2ポイントに訂正されたが、最後にデロンの同点ジャンパーを呼び込み、オーバータイムに持ち込む引き金となった。

OTに入ってもフィッシャーの働きは色褪せない。
開始早々ブーザーのレイアップをアシストし、OT最初の得点を演出。
さらには残り1分のところで、3点差を6点差へと広げる値千金の3ポイントを炸裂。
ここ数日間シュート練習を行っていないはずの男が、ウォリアーズに引導を渡した。

試合後、フィッシャーはこれまでの事情について口を開いた。

その日フィッシャーは、まだ生まれて間もない子供の手術に立ち会っていたのだという。
フィッシャーの娘テイタムちゃんは、まだ生後10ヶ月の赤ちゃんだが、目の網膜に悪性のガン腫瘍ができるという難病にかかっていた。
この病気は幼児特有のもので、5歳児ぐらいまでにしか発生しないそうだ。
めったに起こらないが、ひとたび発生すればその致死率は87%にも上るというかなりの難病だという。

テイタムちゃんの腫瘍摘出手術は、NYの専門医によって行われた。
この日朝の6:30から8時間にも及ぶ大手術の末、無事成功。
フィッシャーと家族はずっとこの手術に立会い、幼い娘の無事を祈っていた。
早朝から始まった手術が終わる頃には、時間は既に夕方になっていた。

そのまま家族と一緒にいることもできたのだが、家族と話し合った結果、フィッシャーはそこから試合会場に駆けつける決心をする。
夕刻NYからチャーター機に飛び乗り、ユタの空港から警察の先導付きで会場入り。
ロッカールームで急いでユニフォームに着替え、そのまま出てきた・・・・というわけだったのだ。

「正直なところ、今夜何が起こったのか、どうやってプレーしたのか、よくわからないんだ。いや、本当に・・・・」とフィッシャーは語った。
「娘は本当によく頑張ってくれた。。。NYで手術が成功して・・・飛行機で飛んで帰ってきて・・・飛行機を降りて・・・ゲームに出て・・・もう言葉にならないよ。」

デロンがその言葉をフォローする。
「彼はウォーミングアップをする暇もなく、空港から真っ直ぐやってきて、アリーナに入ってくるなりそのままスコアラーズテーブルにやってきたんだ。今夜の彼とその活躍を表せる言葉なんて見つからないよ。」

この日、もし間に合ったらゲームに出たいと申し出ていたフィッシャーを、チームはアクティブリスト(出場選手登録)に残していた。
間に合わない可能性も十分わかっていたにもかかわらず、チームは貴重な12人の枠を一つ捨てる覚悟でフィッシャーを残していた。
この大事なプレーオフという時期に、GAME1の欠場を許してくれただけでなく、GAME2も出られる保証がないのに出られるよう準備をしてくれていた。
自分の個人的な都合を聞き入れ、理解してくれたチームに、フィッシャーは感謝した。

「チームメイトやコーチは全てを受け入れ、また温かく迎え入れてくれた。今日はスローンHCがアクティブリストに残してくれていたが、必ずしも彼がそうしなきゃいけないという必要性はなかったんだ。無条件に信頼を寄せてくれたことに、本当に感謝したい。」

テイタムちゃんの容態は一旦落ち着いたが、ガンだけに再発の可能性は消えず、今後も化学療法など継続的な治療が必要だという。
フィッシャーはこの重病の事実を、先週の水曜日まで知らなかったそうだ。
突然降って沸いたような衝撃の事実に打ちひしがれ、その後練習会場に行く時も帰る時も、シュート練習している最中でもサングラスをして、傍から表情がわからないように隠していたという。

「我々家族はとんでもない精神的ダメージを受け、心の動揺にさらされてきた。そしてこれから数年先までこれは続いていくだろう。でも、我々家族は娘が病気に打ち勝てるように救いの手を差し伸べていくつもりだ。そして同じ病気に苦しむ他の子供たちにもね。」

この日フィッシャーは、愛する娘の命だけでなく、ジャズの命をも救ったのだ。


コートに駆けつけチームメイトにハグされる


そしてバロンにも(注:元チームメイト)


しかしゲームでは執拗なディフェンス


うつむき加減にガッツポーズ


やられた・・・・


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
・・・。 (rinn)
2007-05-10 23:31:02
涙がぁ~~☆
今再放送でフィッシャーがでてきたトコみました。
なんでバイクなんかこいでるンだろ??と思ってました。
PLAYOFFSらしからぬ静かな重い雰囲気にも。

今日の接戦はすごかった。
GAMEだけでも素晴らしかったけれど、その影にそんなドラマがあるンだ。。
とても感動しました。
なかなか聞くことのできないお話を知るとますますGAMEもPLAYERも好きになる。
NBA観ることがとても興味深くなります♪
いっつも楽しみにしとりますね/kaeru_en2/}
返信する
ドラマでした (manu)
2007-05-11 01:04:45
僕も最初は何の気なしに見てたんですが、こういうドラマが裏にあったんですね。
ちなみにフィッシャーは、ウォリアーズからジャズにトレードされて来たので、昨シーズンまでバロンたちと一緒にプレーしてました。
だからハグをしたりしてたんですね。
何だかそういう不思議な因縁もあったりして、見所はとっても多くておもしろいですよ。
返信する