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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
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まなざしは、ゴールの先を見つめている。

鋸刃!カルスト地形!南アルプス北部のスリリングな岩山二座を歩く

2021年07月13日 18時47分27秒 | 読書・登山
さて、本格的な夏山シーズンの話はまたの機会にして、南アルプスの唯一の岩山「鋸岳」を目指す山旅について書いてみようと思う。

 皆さん鋸岳といえば、南アルプス北部の甲斐駒ヶ岳から西へと延びる、鋸刃のような荒々しい稜線を思い浮かべるのではないだろうか。一般登山道ではなく、破線ルートであり、稜線伝いに歩くには懸垂下降やらのアルパインな世界である。この稜線歩きについても、また別の機会に。まだ足腰もシーズン仕様に仕上がっていないこの季節、無理は禁物。核心部である鋸岳山頂から先の稜線は歩かず、アクセスが比較的容易な(とはいえ、かなり健脚な体力派向き)山頂のみをピストンして、いつもと違う南アルプスの景色をお伝えしよう。

■笹藪に覆われる稜線に突如現れるカルスト地形。一座目! 白岩岳とお花畑
 スリリングな岩山を満喫する今回の山旅は、少しロングルートの日帰り登山。入笠山をスタートし、釜無山、白岩岳を経て横岳峠から鋸岳へと突き上げ、最後は釜無川源流へと下る。長過ぎるようならば、釜無川源流から鋸岳ピストンでも十分楽しめるので、体力に合わせて計画してみて欲しい。

 日の出前の大阿原湿原から歩き出す。歩き出してすぐに、南アルプスはメジャーな山域以外は笹藪なんだと思い知らされる。短パンで来たことを悔やんだが、雨具のズボンを履き、靴下にズボンの裾をインした。マダニがいるからだ。水場のない稜線の旅で、こんなに暑い格好をして汗をかきながら歩くことになるとは。ちなみに僕はここでの経験から、今では小物ポーチには必ず、虫除け、ダニ取り器具とワセリンを入れるようになった。

 釜無山を過ぎても中々の藪山である。ただ、展望は良い。南アルプスの顔とも言える甲斐駒ヶ岳、そこから鋸岳にかけての稜線の奥には北岳や仙丈ヶ岳も並ぶ。

 ただ、鳳凰三山で働いていた僕としては、見慣れない方角から眺めると、どの山もピンとこない景色に見えてしまう。まったく知らない、未知の山を目指して歩いてるような気持ちになって嬉しくなる。

 白岩岳に近づくと笹藪の稜線の切れ間に、白岩岳の名前の由来なのか、石灰岩がゴロゴロしたカルスト地形が突如現れる。クモマナズナだろうか、ミヤマハタザオか、石灰岩と真っ白なお花畑に足が止まる。この時期は、他にキジムシロやシロバナヘビイチゴの花も見頃。それにしても、岩と花のコントラストは何時間でも写真を撮っていたくなる美しさがある。

滝雲の流れ込む森を抜け、荒々しい岩稜の待つ鋸岳山頂に立つ
 白岩岳からは、伊那谷方面の見事な雲海と中央アルプスの眺めが素晴らしい。そこから東へ目線を動かすと、伊那谷からこれから歩く横岳峠へ続く稜線に滝雲が流れ込んでいる。まだ先は長いので足早に歩き出した。やはり、森の中は霧が立ち込めている。雲の下に入ったのだろう。苔とシラビソが瑞々しい。時折、岩場にクモイコザクラが咲いている。梅雨時期に咲く可愛らしい花の代名詞的存在であり、見つけるとその都度休憩である。

 それなりにアップダウンを繰り返していると、少し細い稜線の横岳を過ぎて、横岳峠に着く。気づけば、いつの間にか木漏れ日に包まれている。大休止をしていると、釜無川源流から日帰り登山者がちらほらと登ってくる。軽装な人達の後ろ姿はあっという間に見えなくなった。

 ここから苦笑いの直登である。こんなに真っ直ぐ登らせる登山道も珍しい。気づけば荒々しい岩の世界に足を踏み入れていて、三角点ピークに飛び出していた。ここから第一高点と呼ぶ、鋸岳の姿が迫ってくる。北アルプスのような槍穂高とも違う、南アの孤高の峰だ。

 第一高点までは慎重になる岩稜歩きが続く。足元はできれば、岩場に強いアプローチシューズ系が望ましい。昨今では、ヘルメットを被る登山者もよく見かける。僕の場合は写真に集中したいので、ヘルメット被って歩く機会が多い。ファインダーに集中してると何かに頭をぶつけるリスクもあるからだ。帽子代わりに被ってもいいくらい軽量なヘルメットも登場している。滑らない靴や命綱、ヘルメットなど、岩場で写真を撮ろうとするなら(岩場を歩くなら)、準備しておくにこしたことはない。

 第一高点からの展望はゾクゾクする高度感と開放感がいい。先に続く鋸刃の稜線は眺めるだけでも緊張するし、お尻がむず痒くなる。遠くを眺めれば、沢筋に少しだけ残る雪模様の南アの主峰郡が並ぶ。

 一息入れたら慎重に登ってきた道を引き返す。樹林帯に入れば、少しリラックスして横岳峠のT字路を釜無川源流へと下る。ここ数年の豪雨で荒れてしまっているようだが、富士川源流の一滴、久しぶりにがぶ飲みしたくなる美味い湧水が待つ。喉を潤したら、あとは長い長い林道歩きの先に待つゲートを目指す。川を眺めていると、テンカラ竿を背負ってくればよかったなと後悔である。

宇佐美 博之(うさみ ひろゆき)
フォトグラファー
鳳凰三山での7年間の小屋番経験を経て、山岳、アウトドアを中心にフォトグラファーとして活動中。南アルプスには四季を通して通い、撮影し続けている。

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