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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

大谷翔平 二刀流の軌跡 2 ジェイ・パリス/著 関麻衣子/訳

2021年07月30日 18時44分09秒 | 大谷翔平


大谷と約束した通り、日本ハムは投打双方で彼を起用していた。
2年目は投手としての出番がより多くなり、24試合で先発、11勝4敗という結果を出す。
9イニングの奪三振率10.4はトップレベルで、トータルで155と1/3イニングを投げて179奪三振という成績を残した。
打率は274 10本塁打、31打点、OPS(出塁率+長打率)は842という記録を残している。

3年目の2015年は、投手としての成長が目覚しい1年となった。
15勝5敗、防御率2.24、160と2/3イニングで196奪三振も記録している。
一方で、打者としての成績は振るわなかった。
打率は202、119打席で5本塁打という記録に終わった。

「あの才能を見たら、もう笑うしかない」
その年に大谷を視察したナショナル・リーグの幹部は語った。
「あの体格、右腕のアクション、どうみても彼はトップ・アスリートだ。
今後も進化し続けるだろう」

4年目の2016年
打者としての成績は、打率322、22本塁打、67打点
投手としては10勝4敗、140イニングで174奪三振。

大谷の私生活は地味なものだった。
たいていはチームの寮で、若手選手と一緒に過ごしていた。
年上のチームメイトに誘われても、飲酒がメインのような会は断っていたという。
試合が終わると、大谷は街へ繰り出す代わりに寮へと急ぎ、トレーニングをしたり、ゲームをやったり、技術向上のための読書をしたりする。

「全然遊び歩かず、まるで僧侶みたいに過ごしているんだ」
ナショナル・リーグの幹部は言う。
「野球を上達すること以外には興味ががないみたいで、両親から仕送りされる1,000ドル程度で1ヶ月暮らしているらしい。生活のすべてが野球中心で、彼の頭の中にあるのは、どうすれば向上できるかということだけさ」

田中将大はニューヨーク・ヤンキースと総額1億5,500万ドルの7年契約。
それと比べると、契約金230万ドル、メジャーリーグの最低年俸54万5,000ドルという大谷の契約条件が、いかに破格であるかわかるだろう。
エンゼルスは史上最大のバーゲンセールに勝利した。
日本ハムもまたこの契約の恩恵を受けた。
ポスティング・システムによって2,000万ドルの譲渡金を受け取ったのだ。

巨額の契約金が幻となったことなど、大谷は気にしていなかった。
メジャーで二刀流選手としてやっていくことは、金には代えられない価値があるのだ。
騒いでいるのは周囲やメディアばかりだった。
「彼はお金のためにアメリカに来るのではないと示したんだ。
野球をやるためだけに来るのさ」

「僕はまだ選手として完成していないですし、成長できる環境でやっていきたいです。
高校を卒業するときも、同じように思っていました。
メジャーに行きたい一番の理由はそれですね」
そんな大谷に興味を示さないチームなど、あるはずがなかった。

25歳を待たずにメジャー行きを決めた大谷は、若手の外国人選手に対する契約金の制限ルールが適用され、受け取れる額は限られてしまう。それはメジャーリーグの全30球団が大谷の獲得に乗り出せることを意味し、資金力のあるビック・クラブ以外にもチャンスがあるということになる。

各球団の上層部が、どれだけ大谷の二刀流を歓迎しているかは未知数だった。
国際試合でも大谷は実力を示したのだが、はたしてメジャーでそれが通用するのか。
「大谷は、それぞれのスキルが際立っている」
あるナショナル・リーグのGMは語った。
「打てば150m以上の飛距離、投げれば160kmを超え、走れば1塁までは4秒を切る。
これだけのスキルを兼ね備えた選手はめったにいない」

謙虚な大谷はメジャーで二刀流をやらせてもらえると確信してはいなかった。
何しろ、1世紀前にベーブ・ルースが活躍して以来、誰も成し遂げていないことだからだ。
「やらせてもらえるかどうかわからないですけど、その点について球団の考えは聞きたいですし、どういった状況なら可能なのか知りたいです」
大谷はAP通信社にそう語った。

日本プロ野球界で過ごした5年間は成功そのものだった。
投手として42勝15敗、防御率2.52、543イニングで624奪三振という記録を残した。
打者としては48本塁打び166打点、打率は286.

松井秀喜の力も及ばなかった。
大谷が候補を7球団に絞った際に、ヤンキースは選ばれなかったのだ。
ラッキー7に選ばれたのは、
ロサンゼルス・ドジャース、
ロサンゼルス・エンゼルス
シアトル・マリナーズ
テキサス・レンジャーズ
サンティエゴ・パドレス
サンフランシスコ・ジャイアンツ
シカゴ・カブス
この中から、大谷は早急に決断を下すと約束した。

最終候補の中でも国際契約プール金を大谷に注ぎ込む意欲を見せていたのは、
テキサス・レンジャーズ;354万ドル
シアトル・マリナーズ;356万ドル
ロサンゼルス・エンゼルス;232万ドルの3球団だった。

日本ハムに2,000万ドルの譲渡金を支払うことを差し引いても、大谷の存在は史上最大のバーゲンセールに他ならなかった。日本でオールスターに5度も選出されたスター選手を最盛期に迎えいれることができ、しかも投打の双方に優れているとなれば、2億ドル級の契約になるはずだとも言われた。
どの球団も、石にかじりついてでも大谷を獲得するべく奮闘した。

大谷と面談した7球団のGMの一人は、彼の真摯な態度に感銘を受けたという。
「大谷はとてつもなく真剣だった。それと同時に、こちらへの敬意をしっかりあらわしていたし、自信にも満ち溢れていた。メジャーでやっていけると確信しているのが伝わってきたし、メジャーのレベルで求められるものを持つ選手として渡米してきたことを理解していたんだろう。ベストを尽くすためなら、どんなことでもするという姿勢がはっきり見てとれた」

12月9日、エンゼルスの事務局は歓喜の渦に包まれた
「細部まで徹底的に検討した結果、今朝、大谷翔平はロサンゼルス・エンゼルスと契約することを決断しました。多くの球団がプレゼンテーションに多くの時間と労力を割いてくださったことに、大谷は恐縮と喜びを感じ、皆さんのプロ意識に心から感謝しているということです。最終的には彼はエンゼルスに強いつながりを感じ、この球団であればメジャーリーグでさらに向上していくことができると確信を持ちました」

選ばれなかった球団関係者は自らの運命を呪った。
「大谷はうちのチームにぴったりな逸材だったし、われわれは彼を獲得するために、ありとあらゆる努力をしたはずなんだ」
「大谷の才能は独特だし、あのメンタルの強さも素晴らしい。だからこそ、今でもこのことを話すのはつらい。彼の決断の本当の理由を知ることはないだろうけど、この話題を避けたいという気持ちは当分変わらないだろうね」
それだけに、エンゼルスで大谷が6年間プレーするという事実は、球団とファンにとっては天からの贈り物に等しかった。

「おそらく彼は、チームが家族同士のような温かい雰囲気なのを見て、そういった場所を自分が望んでいることに気づき、今後長い年月を一緒に過ごしたいと思ったんだろう」
「われわれの用意したプランだけが良かったのではなく、関係者の親しみやすさ、球団全体の雰囲気が気に入ったんだと思う」

「ベイ・ブルースにたとえられるのは光栄なんですけど、僕の中では神様と同じくらいの存在なので。野球をやっている以上は、少しずつ近づいていきたいなと思っています」

大谷の野球には彼に合わせた独創的な哲学が必要であり、エンゼルスなら古い常識を打ち破る手助けをしてくれると彼は感じたのだろう。
「本当にまっさらな気持ちで各球団の方々と話させていただきました。オープンな気持ちで話していく中で、ここに行きたいなという気持ちになり、お世話になろうと決めました」
その言葉に、球団関係者は頬をゆるめずにはいられない。
6年契約で獲得した才能豊かな選手は、弱冠23歳ときている。
「選手生活はファンの方々、球団の方々と作っていくものだと思っています。僕自身はまだ完成された選手ではないですし、皆さんの応援で僕を成長させてほしいなと。僕もそれに応えて頑張っていきたいと思います」

「まあ、理想をいえば、もっとメジャーの打者と対戦できたらよかったんですけど。でも、それだけではないので。マウンドやボールの違いに慣れるのが大事でした。誰と対戦するかよりも、自分自身のフォームとかタイミングとか見直すことに集中しました」
「これからいい結果を出せると信じています」
「自分の力を信じていますし、毎日努力を続けていれば、結果はついてくると思っています」

3月29日
エンゼルスは開幕2日前に、ロースター入りを大谷に告げ、メジャーリーガー大谷翔平が誕生することに決まった。スプリング・トレーニングで低迷し、40人枠に入れるかどうかという状況での決定だった。
指名打者として打席に立つと、右投げのケンドール・グレイヴマンに対し、初打席初球で初安打を放つ。
「あの初打席は、たぶん一生忘れることはないと思います」

「翔平は何をしているときでも、素晴らしく冷静沈着なんだ。練習中でも、打席に入ってバッティングを調整しているときでも。それが彼を成長させる強みになると思う」

4月3日
大谷翔平は本拠地でエンゼルスファンに姿を見せ、今後6年間ホームとなるエンゼル・スタジアムのデビュー戦で、もっとも華々しい活躍を見せた。
最初の打席で、大谷はジョシュ・トムリン相手に3ランホームランを放つ。
これでエンゼルスは初回になんと6点をあげ、35,007人のファンは誰もが歓喜に沸いた。

これがメジャーリーグ伝統の、新人選手の初ホームランに対する「サイレント・トリートメント」

初登板で勝利投手となり、次の試合に投げずにホームランを打つ、それは1921年のベイ・ブルース以来の偉業だった。

「打撃というものは常に、失敗と背中合わせなんだ。
ボールをバットで打つということが、スポーツの中でもかなり難易度の高いことだからだ」


「彼のスプリットは本当に読めないんだ」
「毎回、ストレートだと思わせるんだが、それが違う。
ゾーンの直前で沈むんだ。
途中まではまったくストレートと同じ軌道さ。だから打つのが難しい」

驚いたことに、大谷は返事ができる程度には英語も理解している。
「通訳はついているけど、彼は思ったより英語をわかっていて、会話は難しくない」
「誰とでも打ち解けているし、誰にでも話しかけている。素晴らしいチームメイトであり、類まれな才能の持ち主だ。こんな選手を間近で見られるなんて、恵まれたことだよ」

翔平を見ていれば、あの才能が本物だということはわかる
マイク・ソーシア

時速にして32km近い速さで、大谷はわずか8.07秒で2塁に到達し、今シーズン最速の2塁打を記録した。この記録に匹敵するのは、過去に3塁打を放った大谷自身によるもので、7.94秒という記録を出している。

メジャーリーグで3番目の大きさを誇るエンゼルスのビデオ・スクリーン。
156m・・・大谷の打球が飛んだ距離だ。
バッティング練習で大谷が見せたホームランにまだ圧倒されていた。
「わざわざバッティング練習まで観に行こうと思うような選手は、一握りしかいない」

「素晴らしい選手はこのツインズのチームにもいるけど、僕にとっては、マウンドにも打席にも立てるこの男こそが、世界一の選手だと思う」
「マウンドに彼が立つときは、バッターでもあるということをつい忘れてしまう」
「剛速球を投げるとき、彼はホームランバッターであることを忘れさせる。
ホームランを打って塁を回っているときは、素晴らしいピッチャーでもあるということを忘れさせるのさ。本当に彼は独特の選手で、投打のどちらにも素晴らしく秀でている。
見ごたえがあるよ」

オールスター・ゲームのホームラン・ダービーに出たいかどうかという質問を投げかけられた。
「そういうふうに言っていただけるのは嬉しいんですけど、まだそのレベルではないと思っていますし、毎日努力して結果を出すことが大事だと思っています」

「走者が2塁まで来ると、彼は人が変わったようになる。
ストレートも変わるし、スプリットも変わるし、スライダーも変わる。驚きだよ」

空振り率61%という驚異のスプリットは、メジャーリーグ史上2番目の記録となる。

「投打の両方ともやるなんて、僕が思うに正気の沙汰じゃないんね。
メジャーリーグのレベルでそれをやるなんて、究極の才能がなければ無理だよ。
よく訓練し、入念に下準備し、スケジュール管理も怠らない。翔平にはそういったことが全部できるんだ。本当に特別なことさ」

キンズラーはこれまでに、打撃で優れ、マウンドに立てる選手は他にもいたと語る。しかしこうした選手たちは様々な理由によって、大谷のように歴史や野球の価値観を変える道を選ばなかった。「大昔にやっていた選手はいたが、あのころの野球は今とは別物だった」

大谷の右肘の内側側副靱帯にグレード2の損傷が見つかった。
靱帯の損傷を治療する最終手段として選ばれるのが、トミー・ジョン手術だ。

PRP(多血小板血漿)と幹細胞注射を受けた大谷の肘の経過が、レポートに詳しく記載されて送られてくるはずだった。


「重要な場面で盗塁できるだけのテクニックとスピードがある。
盗塁は数をこなせばいいわけじゃない。必要なときに盗塁することこそが大事で、そうすれば彼のように試合を変えることができる」
彼が走ったとき、エンゼルスはまた1つ新たな勝利をつかみ取った。

このときの大谷の走りは秒速29.6フィート(9.02m)。
30フィートならトップクラスの速さだが、それに迫るものがある。
1塁に到達するまで、わずか4秒しかかからなかった。

センターフィールド奥の岩が花火に照らされ、駐車場に立つ巨大な「A」を囲む天使の輪が光り、オレンジ郡にエンゼルスの勝利を知らせる。

「彼は独特の選手であり、その体のケアも独特なものになる。
普通のピッチャーや普通のバッターよりも細心の注意を払わなければならないんだ」

アメリカで最も住みたい街といわれるペトコ・パーク

大谷によれば、スプリットは他の球ほど練習を必要としないらしい。
力よりも感覚で投げるものだから、ということだ。


「彼はスペイン語もわかるんだ。
簡単な言葉や、悪い言葉も知っているのさ」

大谷の描いたアーチは思わぬ効果を生んだ。
毎晩ディズニーランドで打ち上げられる花火に、スタジアムの花火が重なることになったのだ。

両チームのベンチに警告が出され、また死球が出れば厳しい判断が下されるものと思われた。
大谷に手を出すな。貴重な新人を守るためなら、仲間はどんなことでもすると。


流れた曲はヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「The Power of Love」だった。
この曲は、大谷が日本で18歳の新人選手だったときに初めて使った曲だ。
それを今、大谷は地球の反対側で、異なるリーグで耳にしているのだ。

レンジャーズは、大谷に関して徹底的なリサーチを行った。
得られた情報はすべて、この二刀流スター選手が逸材であることを確信させるものばかりだった。「リサーチはかなり細かいところまで行い、高校時代の監督や知人にまで話を訊いた。この青年はとてつもなく聡明で、なおかつ新たな道を切り拓こうとしている。それができるほど鍛え上げられた人間なんだ。第一線で活躍できる逸材なのは間違いないと思えたし、フィジカルだけでなく、メンタルもとても優れている」

トミー・ジョン手術の執刀はアメリカを代表する名医、ニール・エラトロッシュ医師。

「メジャーにも両方できる選手はいるが、最終的にはどちらかを選ぶように言われ、どちらかの技術を磨いていく。大谷をなんとしても獲得するために、日本ハムは投げるのも打つのもやらせようと言ったんだ。エンゼルスも同様だ。なぜなら、君の技術はどちらも一流だから、ってね」

大谷もおかげで、メジャーの二刀流はいつしか独特な存在ではなくなるのかもしれない。
「野球選手はこういうものだっていう概念が完全に変わるだろう。
次の世代の選手にとっては当たり前になるのかもしれない。
後半で1,2回投げる二刀流の投手とか」

「二刀流は本当に才能のある選手でないとできないが、今後は多くの球団が既成概念を捨て、新しい可能性に賭けるようになるだろう」
「翔平のような選手をチームが擁することは大きなメリットになり、その価値はますます上がっていく。二刀流選手には、一人が複数の役割をこなせるというメリットもある。いずれは、多彩な能力を持つ先発メンバーが増えていくのかもしれない」

ポストシーズンに進めなくても、大谷はエンゼルスを選んでよかったと語っている。
「自分の選択は正しかったと思っていますし、その感覚は毎日練習する中でも強くなっていきました。試合に出るたびに、いいチームを選んだという実感が強くなりました」


2-6の三回の打席では追撃の29号ソロ、1点差に詰めた四回には逆転の30号ツーラン。同点の九回には四球を選んで出塁し、二盗を成功させた後、後続の右前打に激走を見せ、捕手と交錯しながらサヨナラ生還。指揮官は「彼がやっていることは今まで聞いたことがないような完璧な試合だ。スイングすればすべてがホームランになるような打球を放ち、我慢強い打席で四球を選び、積極的な走塁を見せる。そして、投げる。彼はどんな時も準備し、いつも平常心でいる。その試合すべてがとても壮観。まさにオールスター選手のパフォーマンスだ」と絶賛の言葉は尽きなかった。

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