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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

藤井聡太、沈黙の25秒後 記者「えたいが知れない…」

2020年12月06日 17時41分32秒 | 朝日新聞記事
「身震いが止まらなかった」。藤井聡太二冠(18)=王位・棋聖=の師匠、杉本昌隆八段(52)には忘れられない絶妙手がある。「焦点の7二銀」。あまりに感動したので、杉本八段はあわてて図面に書き留めた。妙手を編み出したのがわずか8歳の少年だったからだ。

 「選ばれた才能の持ち主にしか指せない」。杉本八段は少年の非凡さを悟った。

 やがて少年は14歳でプロ棋士になり、数々の絶妙手を残すようになる。藤井二冠の幼少期からの軌跡をたどったルポ『藤井聡太のいる時代』(朝日新聞出版)に携わった朝日新聞の村瀬信也記者は、藤井二冠の妙手が「サッカーで言えばオーバーヘッドのゴール、野球なら逆転満塁ホームランのような華のある手」と説明する。「それを大一番でやってのける。普通の人ができないことを軽々とやっているように見えます」

 8歳の時の「焦点の7二銀」には、その才能の片鱗(へんりん)が輝いていた。練習対局を終えた藤井二冠は、感想戦でこの手を指摘したという。図面を村瀬記者が解説する。

 「焦点というのは、駒がたくさん利いているところを指します。この手は、相手の駒が利いているところに駒を捨てる手。リスクがあります。この手を指しても、先手が有利なわけではありませんが、相手の駒がたくさん働いているところに捨てる手なので鮮やかです。普通はAの駒で取るとダメだけれど、Bの駒なら大丈夫ということが多い。でも、この手はどれで対応しても自分の狙いが実現します」

 もし目の前で小学生がこの手を指したら、将棋記者歴10年、将棋アマ四段の村瀬記者はどう感じるのだろう。

 「軽々しく使うのはどうかと思いますが……いや、天才だと思うでしょうね。間違いなく、身を乗り出すと思います」

 『藤井聡太のいる時代』には、こんなくだりもある。

 ――「藤井二段が、ネットで対局しているらしい」。評判を聞きつけた一部の奨励会員やプロは、聡太に対局を挑んだ。棋士・遠山雄亮も、その一人だ。

 ある時、終盤戦で勝利を意識した局面を迎えた。しかし、全く予想していなかった手を指され、遠山の玉将は「詰み」に追い込まれた。「あまりに鮮やかで、負けた悔しさより感動を覚えた」――

 公開対局の朝日杯将棋オープン戦。村瀬記者は藤井二冠の手に観客が「えっ」と声にならない驚きを見せた場面が忘れられない。対局後に観客たちが「見られて良かったね」と言い合っていた。「棋界には『銭が取れる将棋』という言い回しがありますが、まさにそういう手でした。平凡に強いのもすごいのですが、藤井二冠の大技は目が離せません。打席に入るとホームランを期待してしまう打者のようです」

 升田幸三賞を受賞した神の一手とも呼ばれる「7七同飛成」に、AIが6億手読んで、ようやくたどり着いた手。『藤井聡太のいる時代』には幾つもの鮮烈な手が記されていく

 藤井二冠の手はなぜこれほど鮮やかな印象を残すのか。村瀬記者は詰将棋の影響がある、と考えている。藤井二冠は言わずと知れた詰将棋愛好家で、詰将棋解答選手権を5連覇している。「詰将棋では、とても派手で、格好いい手が出ることが多い。詰将棋を解くことで、実戦でも派手で格好いい手が思いつくようになるのかもしれません」

 師匠の杉本八段は、才能を早くから見抜いて開花させていった。『藤井聡太のいる時代』には、そっと見守る師匠とその弟子の様子が描かれている。

 ――杉本は、あえて意見は言わなかった。「自分で判断して欲しい」と考えたからだ。ただ、「高校に行かないと、仕事の依頼が増えるデメリットはある」とは説明した――

 ――藤井が「自分が成長出来たのも師匠のおかげ。この舞台で花束を贈ることが出来て、大変うれしく思います」と笑顔で話すと、杉本は「お世辞がうまくなったなあ」とまぜっ返し、すぐに「大変うれしく思います」と続けた――

 村瀬記者は2人の関係を「特別」と表現する。

 愛知県に残り、普及に尽力するプロは杉本八段しかいなかった。板谷四郎九段に連なる「板谷一門」の悲願は、東海地方にタイトルを持ち帰ることだった。杉本八段は孤軍奮闘していた。ただ、弟子たちはなかなか四段に昇段してプロ棋士になることができなかった。

 その杉本八段のもとで、藤井二冠が育った。「愛知県にとどまって、普及を頑張っていた棋士から藤井二冠が誕生したのがドラマだと思います。対局は東京か大阪に出ていかないといけないですし、環境的には大変。その分、地元の喜びは大きかったと思います」

 藤井二冠の活躍は、師匠の人生を変えた。取材が圧倒的に増えて、多忙な日々を送るようになった。

 杉本八段が、藤井二冠の背負う負担を軽くしているのは間違いない。対局後にどんな会話を交わしたのか、記者の取材に対応するのは杉本八段だ。藤井二冠の勝負メシが話題になれば、テレビで弟子の食事の予想までする。

 「将棋のことは、なかなか親も手伝えない。後見人のように、藤井二冠の情報発信してくれるので、藤井二冠が取材に応じる負荷が少なくて済みます」

 藤井二冠に杉本八段は「棋士には指導や普及の仕事もある。君は将棋に勝って、活躍するのが役割」という言葉をかけた。「その気持ちに応えて、藤井二冠は活躍しているように思えてきます」と村瀬記者は話す。

 ただ、藤井二冠は試練の時を迎えている。王将戦では挑戦者を決めるリーグで初戦から3連敗。その後、3連勝して成績を3勝3敗としたが、リーグからは陥落した。特に豊島将之竜王(30)=叡王と合わせて二冠=には、公式戦で一度も勝てず、6連敗してしまった。

 豊島竜王と藤井二冠の関係は深い。杉本八段の導きで、豊島竜王は2014年に藤井二冠と対局した。すでにタイトル戦にも出場していたトップ棋士を相手に、小学生だった藤井二冠は敗れた。

 なぜ藤井二冠は豊島竜王に勝てないのだろう。村瀬記者は「たまたまそうなっているだけで、いずれ勝つでしょう」としつつ、作戦家の豊島竜王が力を出させないように誘導している面もある、と分析する。「藤井二冠の十八番は『角換わり』という戦型です。豊島二冠は『相懸かり』や『横歩取り』を選んでいます。角や桂馬が活躍して独特の感覚が必要になります」

 王将リーグでは、一度も「角換わり」をさせてもらえなかった。「ストレートが強いから、変化球で勝負しようという感覚に似ています」

 ただ、それも藤井二冠は乗り越えていくだろう、と村瀬記者は感じている。藤井二冠の驚くべき成長を何度も見せられているからだ。『藤井聡太のいる時代』には、デビューから29連勝に向かって勝ち続けていた「藤井聡太四段」への貴重なインタビューが収録されている。まだ中学生の態度と言葉に、村瀬記者は驚いた。

 藤井二冠は、どの質問にも気さくに答えてくれた。ただ中途半端には答えず、言葉を探していた。そして「20歳の時の自分のイメージは」と問いかけたとき、藤井二冠は沈黙した。5秒、10秒……。そして25秒沈黙した後、ようやく言葉が漏れた。

 「今の自分とは比べものにならないぐらい、強くなっていたいです」

 村瀬記者は「えたいの知れないものに対峙(たいじ)している感じがした」と振り返る。「その時、デビューから28連勝していました。その人が考えに考えた末に、『強くなりたい』と。どこまで行くんだろう、と恐ろしいものが目の前にいる感じがしました」と。

 今夏、朝日新聞のインタビューに藤井二冠が応じた。「29連勝時の自分と対局したら」という問いに、「感覚的に3勝1敗ペース」と答えている。18歳で3勝1敗なら、20歳のときはどうなっているのだろう。

 村瀬記者は『藤井聡太のいる時代』のあとがきを「これからも新しい物語を紡いでいく。その筋書きは、まだ誰も知らない」という一文で締めくくっている。

 「中学生の子どもが、大人をバッタバッタとやっつけていきました。今年は二つのタイトルを獲得して、コロナ禍の中で数少ない前向きなニュースになりました。これからも時代を席巻するような活躍がみられると思います」(高津祐典)

8歳の時の「焦点の7二銀」には、その才能の片鱗(へんりん)が輝いていた。練習対局を終えた藤井二冠は、感想戦でこの手を指摘したという。図面を村瀬記者が解説する。




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写真・図版
図・▲7二銀まで

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