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なかなか勝てない馬がいる。今日もその馬が走る。
がんばれ、と声が出る。
まなざしは、ゴールの先を見つめている。

深田久弥 山の文学全集4 瀟洒なる自然

2021年07月08日 07時39分07秒 | 読書・登山
朝日連峰の思い出・・・

『山塊』と特集の朝日連峰縦走詠妙を読んで、僕の回想は20数年前に返った。
大正最後の年の夏のことで、二人ともまだ大学1年生であった。
山中に小屋1つなく、テントと何日分かの食料の重い荷を2人で担いで行かねばならなかった。
僕らは初めに朝日鉱泉に到り、そこの一軒宿で雨のため2日間停滞した後、まず鳥原山に登り、そこから小朝日岳を経て大朝日の頂上に立った。

これほど素晴らしい日の出は、僕の数多い山行の中でも稀であった。
そして山の話では日の出のこととなると、いつもこの時の景観を思い出すのが常であった。

結城哀草果

「奥羽山脈に接して太平洋の出づる日の
荘厳をわが生涯の奢りとぞする」

「太平洋に日は昇りつつ朝日岳の
大き影日本海のうえにさだまる」


とは何という雄大さであろう。
山を詠んでこれほど構図の大きな歌もまたとあるまい。
日本海の上にさだまった朝日岳の大きなピラミッド形の影は、今もなお僕の眼底に残っている。

横尾健三郎

「以東岳をきはめむとしてふかき霧に
花のぬれたる峰十あまり越ゆ」

にあるとおり、連峰の尾根の起伏をいくつもいくつも越えていった。
遥かな山の姿に見惚れ、足元の草花に眼を移し、極まりない大自然の妙を堪能しながら、人くわんを遠く距てた無人境に遊ぶ2人の野生児で僕等はあった。

松坂二郎
「日をうけし飯豊山塊にかさなりて
朳差岳空にこもれり」

赤星琴子
「三面(みおもて)に落ちゆく沢の水細く
見え霧吹き止まぬ南寒江山(みなみかんこうざん)」

志田峰雄
「大井沢川の川上にして朝焼くる
障子ヶ岳に吾らちかづく」

長谷部高
「砂に群るるみやまうすゆきさうに咲く花を
雪鏤(ちりば)めし真珠とおもふ」

その「みやまうすゆきそう」は確か大朝日岳の頂にかかる坂の中途の、雪消のあとに群がっていたのを覚えている。

長谷部高
「しらねにんじん雪ふりしごとく咲きつづき
草のひかりに黒き蝶寄る」

に似た景色は、三方境を越えて狐穴と呼ぶ気持ちのいい原で見た覚えがある。
そしてついに行き着いた山が以東岳であった。
越して来た峰々を振り返りこの山頂の感慨は深かった。
何か去るに忍びない感動があった。
そしてまた、労苦の最果てにふさわしい、孤高の矜持を持った山であった。

結城哀草果
「以東岳は山の王座か夕雲の
金冠載(きんくわん)きて北空を統(す)ぶ」

僕の以東岳に抱いた礼讃の気持が、これほど的確に表現されている歌を得て、僕は深山の奥に謙譲に清廉に人知れずそばだっているこの山のために、双手をあげたい喜びを感じたのであった。
その頂上から眼下の大鳥池に下った時は、もう日暮れに近かった。このひそかな湖こそ、世間諸氏の「山の湖」などという手垢のついた概念で考えて欲しくない。僕の秘蔵の風景の1つである。

結城哀草果
「天高くそびゆる山のふところに
秘められたりし紺碧の湖」

この湖畔の猫額に地にテントを張って過ごした太古の如き静寂の一夜は、忘れ難い。湖の周囲にそそり立つ山々が何か魔物じみた神秘さにさえ見えた。そして仰ぎ得るだけの空には、金微塵のように星がきらめいていた。





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