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OSAMUの写真記録

名古屋のど真ん中で大正ロマンに浸る

撮影日:2020年7月22日

かねてより訪れてみたいと思っていた、名古屋市の「文化のみち二葉館」に行ってきました。
二葉館は大正9年に建てられた日本の女優第一号として名をはせた川上貞奴と電力王と言われた福沢桃介が共に暮らした家です。
和洋折衷の建物は、その斬新さと豪華さから「二葉御殿」と呼ばれ、政財界人や文化人の集まるサロンとなっていたようです。
人を呼ぶところは洋式、普段暮らすところは和室だったのでしょうか。
建築した「あめりか屋」は明治42年にアメリカから帰国した橋口信助が家具、建具店として始めた会社で、
大正に入ると、大熊重信、後藤新平等、政財界の別荘建築を手がけるなど、当時の住宅の最先端をいく会社だったと思われます。
贅を尽くして作られたのだと容易に想像できる建物でした。
近くにある撞木館と合わせ、ステンドグラスを中心に写真を撮ってきました。

1)外観です。


2)大広間のステンドグラス、タイトル画像のステンドグラスも大広間内にあります。


3)


4)食堂だっとところのステンドグラス


5)貞奴のポスター


続いて撞木館です。
撞木館は陶磁器商として活躍した井元為三郎が、大正末期から昭和初期に建てた和洋折衷の邸宅です。
昭和初期にはこの界隈に600をこえる上絵付け工場があり、最盛期には、日本で作られた輸出用の陶磁器の7〜8割がこの地域で生産(絵付け加工)されていたとか 。
橦木館の洋館にはステンドグラスが贅沢に使われており、為三郎は輸出陶磁器の商談を行うため、多くのバイヤーを招待していたと言われています。

6)今は喫茶室になっている、応接室のステンドグラスです。


7)この先に何があるのかというと、


8)なんとトイレです。
なんともお洒落ではありませんか。
また、トイレットペーパーホルダーにも彫刻が、「yuki」と読めますがデザイナーでしょうか。


9)2階の娯楽室のステンドグラスです。


10)当時使っていた執務机でしょうか。


11)


12)和室の欄間です。
手が凝っています。


13)庭から見た様子。
洋館と和風家屋が組み合わされています。

この周辺には他にも見どころがありますが、今の時期歩くのは過酷で、もう少し涼しくなってからゆっくり回りたいと思います。
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