トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴ります。

全米が泣いた!坊ちゃまとお世話係の本当の最終章

2018-05-23 18:15:34 | 日記
今日のパムッカレ
































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【坊ちゃまとお世話係の物語 番外編】お世話係より

2018-05-10 16:20:11 | 日記
今日のパムッカレ




















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坊ちゃんとお世話係の物語 最終章にしとく

2018-05-08 19:15:36 | 日記
今日のパムッカレ

物語というか、ほぼお世話係の愚痴になっておりますが、
ご了承ください。


トルコ航空事件とは、日本から帰国した際に、荷物が盗まれたと喚いていたところ、
実際には、荷物は別のスーツケースに仕分けしていたことが判明。危うく、トルコ航空に対して
保険金詐欺をするところであった。

掃除機のフィルターが無くなったというか、お世話係が間違えて捨てたと確信していたが、
実際は冤罪だった。なので、お世話係は、ずっとそのことを根に持っているのだ。














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坊ちゃまとお世話係の物語 第四章

2018-05-05 00:04:22 | 日記
昨日のパムッカレ

余程楽しい日々だったのか、腹いせなのか、わかりませんが、
お世話係が何枚もの画像を送ってくるので、掲載することにします。



親愛なる、お世話係様、
私は入院のご褒美はこれまで、減量だったので、体重が増えることはありませんでした。
恩人である、あなた様を疑うだなんて、そのような罪深い人間ではございません。


母ちゃん、日本で食い倒れ生活で、3キロ増。そして、入院前に3キロ戻し、
医療ミスで5キロ増え、その後、10キロ減った。
親孝行しに日本へ行ったのか?食べ納めだったのか?ご想像にお任せします。









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腹切りへの道(備忘録)(長文)

2018-05-04 00:39:01 | 日記
今日のパムッカレ

昨年11月の手術の結果が悪く、1月、パムッカレ大学病院の主治医から子宮全摘を宣告された。
手術後2か月安静しなければいけないので、まずは日本でプチ親孝行をして、
帰国後手術を受けることにした。

なので、高齢の両親には、内緒にしている。

そして、3月、全摘覚悟で、いざ、大学病院を受診した。
ところが、主治医から、意外な言葉が発せられた。

主治医『全摘しなくても、いいんじゃない?様子見するとかさ・・・』

私『え?でも、先生は1月の時点では、癌になる可能性があるので全摘したほうがいいと、
  おっしゃいましたよね?』

主治医『うーん、忘れちゃったなあ・・・』

私『はっ?』

大学病院だから、たくさんの患者を診ているでしょうし、私のことを忘れてくれても
構わないけれど、検査結果のデータに基いて診断を下したんじゃないの?

同じデータを眺めているのに、診断が変わるのか?
准教授!あなたが執刀したんじゃありませんか?

で、また、検査をする羽目になり、その結果が3週間後とのこと。
私の准教授に対する不信感が募ったことは言うまでもない。

実は1月の子宮全摘の告知を受けた後にデニズリ市内にある私立病院に
11月の大学病院での手術の結果を持って、セカンドオピニオンを求めたことがあった。
その医師は初診から1か月半後に電話予約した際、私のことを覚えてくれていた。

物腰の柔らかい40代前半の医師は、図面でわかりやすく説明してくれ、
子宮全摘手術を薦めた。
私は覚悟を決めて、その私立病院のドクターに子宮全摘手術を託すことにした。

手術は1時間半を要したようで、なんと、7年前にパムッカレ大学病院で
子宮筋腫を取り除くための開腹手術を受けたときに
杜撰な縫合をされていたらしく、癒着した内臓を
見て、手術スタッフ全員、びっくり仰天したそうな。
今回の子宮全摘手術は困難だった模様。

今になって思えば、7年前、退院後、受診したが、
エコーで確認するわけでもなく、
私が何も問題ないようですと
答えただけで終了したのだった。

もう、大学病院は懲り懲りだわ。
トルコの医療はもはやビジネスと化し、
まるでホテルかのような私立病院が乱立している状態である。

国立、大学病院の医療費はトルコの健康保険に加入していれば、ほぼ無料である。
11月の手術の際は、1泊の個室料金、手術費用を合わせて、6千円程度だった。
私立は、それなりに負担することとなる。

そういえば、大学病院で7年前と去年の2回、手術を受けたわけだけれど、
いずれも、麻酔から覚醒するにあたって、寒いところに放置されたり、
意識が朦朧とする中、無理やり着替えさせられたりと、かなり過酷であった。

今回、私立では、病室で自然に目が覚めた。
やはり、これも私立と大学病院の差なのか!!










私立病院は、極力リスクを避け、健康に関して金を惜しまないトルコ人の間で
需要があるというわけが理解出来た。

今回の入院は3日間程度のはずが、結局、5日間となった。
大学病院でも、5日間から1週間と言われていた。
入院時に手術、入院費用を一括で支払ったが、
3日が5日となっても、追加料金は取られなかった。

毎日、大量の水分摂取、じゃんじゃん歩くように促されていた。
訳も分からず風船を膨らますこともさせられた。←多分、酸素を取り入れさせるため

そして、5日後、大量の処方薬とともに退院した。
ところが、翌々日の日曜日の朝、突き刺さるような胃痛に襲われ、
救急外来を訪れる羽目となった。

日本人の私の胃はトルコの薬は強すぎたみたい。
数時間、胃が楽になるという点滴を受けて、
自宅に戻った。

翌日、再診時にCTスキャンをして、
腹水が確認され、お腹に針を刺し、腹水を抜きますよ~と
にこやかに言われ、もうまな板の鯉状態。
肉厚があったせいか、アヂュヨル(痛い!)と叫ばずには居られなかった。
ナイフで刺されるのはもっと痛いんだろうな。


そして、あれよあれよと、緊急手術となった。
何時にランチを取ったかとしきりに聞かれたが、
胃痛だったので、大して口にしなかったのが幸運だった。
手術中、内容物が逆流すると危険なんだそうな。

5か月間に、3回も全身麻酔を受けたということになる。

2回目は腹腔鏡手術だったらしく、1時間で終了し、
目が覚めたときは、3度目の病室だった。

前回と違い、開腹箇所とへその右側にお腹から血や膿を排出するドレイン(管)が
二つついていた。尿道カテーテルも復活し、右手首には、点滴の針が!!
腹膜の中にリンパ液、血液、尿などが、洩れることを防ぐ処置をしたとのこと。
5日後退院も、尿道カテーテルは10日間、血液や膿を排出するドレインは4日間つけたままだった。

1回目の手術後、5日間入院していたわけだけれど、
なんと、退院後、5キロも体重が増えていたのだ。
ついに16年目にして日本製体重計がぶっ壊れたのだと確信したものの、
腹膜にリンパ液などが溜まってしまい、体重が増えていたのだろう。

主治医は、私が体重5キロ増えたんです!と言っても、そんなことないと笑って
真面目に受け止めてくれなかった。

私は、20代から入退院を繰り返し、そのたびに体重は減っても増えることは
なかったのだから。

今回、病院側にミスがあったようで、病室代は徴収されたが、
2回目の手術代、治療費は免除されたようだ。

大学病院のように、切りっぱなしではなく、
ちゃんと術後のケアも責任を持ってくれているようだ。

主治医は毎日、何度も病室を訪れ、気にかけてくれ、
自分が出張の際には、早朝5時に顔を出してくれ、
他の医師に引き継ぎをしているから安心するようにとも言ってくれた。
なので、散々痛い思いをさせられたが、許そう。



子供も授かることも出来ず、夫に先立たれた寡婦の私以外、
大半の病室は、新しい命の誕生で、幸せいっぱいだった。

失う前には気づかず、失くした後に気づいた幸せ。
無いものばかりに目を向けず、
今あるものを大切にしなきゃ。
日本では私の帰国を心待ちにしてくれる家族がいる。
そして、トルコでは、いつも全力でサポ―トしてくれる義姉家族がいることを
忘れてはいけないのだ。


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坊ちゃまとお世話係の物語 第三章

2018-04-30 19:34:06 | 日記
今日のパムッカレ

パムッカレで人気の中華レストランのシェフである
台湾女性もダウンしたそうで、ここ数日、休業している。
(5月2日時点で、レストランは再開している)  

彼女はとても真面目で、一つ一つ丁寧に作っていることで有名だ。
お互い、頑張りすぎちゃったんだと思う。

自ら休みを取ることが容易ではなかったと勝手に想像しているが、
今回は神様から頂いた休暇だと思って、
ゆっくり休んで、元気になって欲しいと心から願っている。







私も2か月安静が必要なので、どきどき、観光客が病気になったというフリをして、
横になっていますが、どうぞ、お目汚しお許しください。



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坊ちゃまとお世話係の物語第二章

2018-04-29 19:19:34 | 日記
今日のパムッカレ

ある日、坊ちゃまとお世話係は石灰棚を目指しました。
ケント坊ちゃまはいろいろな意味で有名犬なので、顔パスで入場料無料で
ございますが、お世話係は、35リラ(1,000円ほど)支払ったそうでございます。










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坊ちゃまとお世話係の物語第一章

2018-04-28 23:18:53 | 日記
今日のパムッカレ

何とか生きております。
お世話係がブログを更新、いえPCをも開く気力がない私のために、
物語を書いてくださいました。














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ご無沙汰しております。

2018-04-15 21:24:12 | 日記
皆様、ご無沙汰しております。
せっかく、時間を割いてコメントをくださったのに、
返事もできずにもうしわけありません。


実は、先日、腹切りしてきました。
で、退院したものの、再手術を余儀なくされ、病院送りとなり、
一昨日出所し、義姉宅療養しております。

もう病院はコリゴリなので、次回は
医療ミスか、麻酔から醒めないでいいんで
楽に逝かせて欲しい。

夫は年齢で言えば若く突然死してしまったが、
いやいや、心筋梗塞って、神様からの贈り物だと思う。
残されたほうがたまったもんじゃないけれど。
私は夫がうらやましくてしょうがない。

手術はもともと予定していたものなので
ケントを信頼出来る日本人女性に託して
いるのでかなり安心しているのですが、
なんと、ケントちゃん、母ちゃんのことを
忘れてしまったみたい。

それだけ、日本人女性がケントに愛情を
注いでくれている証拠なのでしょうが。
まあ、寂しい思いをさせていないだけ
いいとしよう。

それでは、また!
皆様もどうぞ、お体に大切にお過ごしくださいませ。
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営業時間の変更、定休日のお知らせ

2018-04-02 01:42:40 | ラム子のロカンタ(食堂)
昨日のパムッカレ

今まで定休日を設けていませんでしたが、
日曜日を定休日とすることにしました。

営業時間も8時から夜までしたが、

9時から18時とさせていただきます。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
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ケント、日本へ

2018-04-02 01:38:08 | 日記
今日のパムッカレ

ご無沙汰しております。
実は3週間ほど日本へ行って来ました。






















鬼怒川温泉に行って来ました。




卓球をしたり、ゲームセンターで遊んだり、
大浴場や露天風呂を堪能し、最高でした。






親孝行のパン作りは欠かせません。


里帰りには、カッパ寿司のサラダ軍艦は欠かせません。
でも、やはり、持ち帰りより、お店で食べたほうが美味しいね。



帰国前日、牡蠣づくしをご馳走になりました。






兄家族のわんこ。


今回、日本人女性に私の留守中、ケントのお世話係を頼みました。
お世話係さんが、ケントの画像を送ってくれました。

寂しかったのか、私のクッションを咥え、枕にして寝ていたそうです。





実は、今回、イスタンブールにて、スーツケースを
置いてきぼりにされてしまいました。

よくよく考えたら、私はケントと別れを惜しみ、
ギリギリにチェックインしてしまったので、
最初に置いていかれたのは、デニズリだったのでは?と
反省しています。

そんなときに限って、
成田で宿泊した〇パホテルから、今回は無料でアップグレードしますから、と
言われてしまいました。いつもは、スーツケースも広げられないほどに
狭い部屋なのに関わらず、スーツケースが無いのに、広い部屋を通してもらい、
複雑な気分でした。

日本の生活は平和そのもので、
水漏れはしないし、お湯は24時間当たり前だし、買い物へ行っても
値段は高いけれど、在庫がないものは無い。
トルコでは当たり前にあったストレスが無いのですよね。
なので、日本への完全帰国も視野に入れています。
もしかして、本当にケントは日本へ行くかもしれません。


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ショック!!

2018-02-28 02:56:35 | 日記
昨日のパムッカレ



先日、雨に濡れたので、顔や眼鏡を拭いて、

ふと、タオルを見たら、???????













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2月14日

2018-02-15 04:11:56 | 日記
昨日のパムッカレ

2016年2月14日 パムッカレ出身の兵士がトルコ南東部にて、シリア難民に喉を掻っ切られて
亡くなった。20代前半の若い兵士に婚約者がいた。
その婚約者が棺に覆いかぶさり、泣き叫ぶ姿をテレビで見た。

その当時の心境をブログで綴っている。
http://blog.goo.ne.jp/lamukonolokanta/e/a7a6ce5db4519bddb48cf325dff51100



もしも、自分の家族が殺されたら、どんな感情が押し寄せるかは
想像出来ない、と書いた。

まさか、半年後、自分の夫が死んじゃうだなんて、夢にも思わなかった。

今のところ、大きなテロは収まってはいるけれど、
トルコは戦争をしている状態だ。

2016年、テロにクーデターと、トルコ人にとって、忘れられない年となった。
多くの命が犠牲となったわけだけれど、
私は夫もこの戦争の犠牲者だと思っている。
もう夫との未来は永遠にやってこない。
幸せだったヤラセバレンタインデーも、2度とない。



去年に続いて、花束を買って来たよ。
オヤジ(夫のこと)には、そんな高いのを買わないでもいいのに、と言われそうだけど。
男性ばかりで、混雑する花屋に女性が行くって大変なんだから。
なので、義兄に付き合ってもらったんだ。


義姉と食堂社員に一輪ずつプレゼントした。








亡くなった兵士の命日に合わせて、反戦デモパレード











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ケント今年初の癲癇発作

2018-02-13 19:10:08 | ケント
今日のパムッカレ

2月とは思えないほどの陽気のパムッカレ
夜も暖房なしで寝ています。

さて、昨日、2月12日昼2時5分に今年初、ケント癲癇発作が起きました。
前回は12月31日でした。

中国人ツーリストで賑わった食堂が落ち着いた2時ごろに、
ドアの外で、いつものように、中に入れろーと言うのかと
思ったら、様子が違ったので、すぐに癲癇発作だと
分かり、急いでドアを開けました。

昨日のは、短かったような長かったような、これまでとは
違って、少し強めだったようです。四肢を突っ張らせるほどの
全身痙攣のようではありませんでした。

ランチで賑わっていたときじゃなくて良かったです。

日本時代に一人暮らしをしていたとき、
過労によるメニエール病にかかり、
寝ているときに、突然眩暈に襲われましたが、
当時、一人に慣れていたので、
何も感じませんでしたが、若かったこともあったでしょう。

トルコで2回目のメニエール病になったとき、
とても不安な気分になりましたが、
傍に夫がいて、救われました。

また、いつか同じ発作が起きたとき、
どんなに心細く感じるだろうかと想像するだけで
恐怖です。

なので、ケントが発作を起こしたときは
絶対に傍らにいてあげたいのです。

ゴミ捨て、掃除もしてくれないけれど、
私がケントの存在で生きられるのですから。




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傍にいてくれるだけでいい

2018-02-12 21:34:02 | 日記
今日のパムッカレ

傍にいてくれるだけでいい、いえ、視界に入るだけでいい。



























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