ほんの小さな幸せ~

編み物のことや花、時々ペットや書道のことも。日々の感動などつらつら綴っていこうと思います

少し時期外れになってしまった!

2014-10-31 21:25:24 | 
もう花は終わってしまったが
シュウメイギクが綺麗に咲きました



  クリックで拡大



一重の白花に八重のピンク
おそらくこれらは昔からある種類だと思う

最近園芸コーナーで気になるシュウメイギクを見つけた
まだ間に合うようなら買って育ててみたい



暑い夏が終わって、草花たちも一息ついた頃
こんな花を見つけた


ヒマラヤユキノシタである
この花は春先早くに花を咲かせるはずなのに、今咲いている
どうしたことか!?

これはヒマラヤ山脈に分布しているが、寒さに強く日本にも広く普及しているそうだ
常緑なのでグランドカバーにも利用される
我が家では、冬は枯れて無くなりそうなので常緑とは思わなかった
もっとも増えてしまうのを嫌ってプランターに植えているので、環境が合わないのかも。

我が家の庭には葉が5センチ位でランナーでふえるユキノシタもある
ヒマラヤユキノシタとは似ていないが同じ仲間なのかも知れない





ホトトギス

名前を目にするたび、不思議な名前だと思う
私にはホトトギス=鳥の名前 という印象しかないので

何か関係があるのかしら?

と思って調べてみました

若葉や花にある斑点が
ホトトギスの胸の模様に似ているから
この名前になったそうな

そして若葉の斑点から別名「油点草」という

我が家のホトトギスは咲いている場所によって
いろいろな色をしている
さて来年はどんな色を見せてくれるのか楽しみ!?


昨年園芸コーナーで目があってしまって・・・

日本フヨウ 

なんて高貴な花を咲かせるんだろうと一目ぼれ
ピンクでもなく黄色でもなくこの白が良い!
ただ大きくなりそうで怖い。


ついでにこれも植えてみた

 スイフヨウ

やっぱり白が良いと思ったのだけれど





なんか狐につままれたみたい
ある時は白く、ある時はピンク 花がらはドピンク!

スイフヨウは咲き始めは白く夜になるにしたがって淡いピンクから赤になる

酔って赤くなるように色が変化するので「酔フヨウ」と名付けられたんだって!



名前って面白い
それぞれ意味をもっているんだもの
つけた人の人柄が表れているね


思考錯誤のまいにち!

2014-10-29 20:46:01 | 書道
今月の課題は 立誠而居敬(まことをたててけいにおる)




左;楷書    右;北魏風楷書

こうして写真で見るとやはり字がのびのびしていない
形にばかり気がいってしまっている
筆遣いはどうだろうか?

と、こう考えるとまた行き詰ってしまうかも!?





左;行書    右;草書

お手本を良く観て、
どのように書いてあるか、
筆はどう動いているか
起筆終筆は?
と見抜けなくてはいけないらしい。

私は と言うと、

何にも観えな~い

と、ガッカリする
見えても、技術がともなわないのだけど・・・




左;史晨碑    右;米ふつ 蜀素帖

史晨碑の波磔の部分を考えると右3文字は少し左寄りに書くべきでした
堅い頭にイライラする
米ふつはもっと右上がりにし傾けて書くべきでした
6文字の中では一番のびのびしている、米ふつに見えるかどうかは別として。




     今朝は一番の寒さでした
     ガラス越しの陽がなんとありがたいことか!
     
     最近、書道に身が入らない
     時間が有り過ぎるのもいけないのかも。
     枚数ばかり書いてしまう
     たった一言のアドバイスが貴重に感じる
     
     今回はそんな気持ちを改めるべく集中して書いた が・・・

     

   

ふしぎな岬の物語

2014-10-22 10:24:43 | 映画



「ふしぎな岬の物語」を観た

第38回モントリオール世界映画祭で 
審査員特別賞グランプリ、エキュメニカル審査員賞
の2冠に輝いた

和服姿の吉永小百合さんが受賞のあいさつを、フランス語で、
一語一語かみしめる様に話す姿がとても感動的でした

若かりし頃よりも今の吉永さんが好き
特に飾らない自然体の吉永さんが・・・


「ふしぎな岬の物語」は・・・


のどかな太陽と海に抱かれて、静かな時間が流れる岬のカフェ
ホントに岬の突端にポツンと建つログハウスの感じ
店主の淹れる美味しいコーヒーといっぱいの優しさが岬の住人に愛されている

コーヒーを入れるために、舟を漕いで湧水を汲んでくる
店主の悦子(吉永小百合)が淹れるコーヒーはとっても美味しい
「おいしくな~れ おいしくな~れ」と念じながらいれるだけなのだが。


この岬カフェにはいろんな心の傷をもった客が訪れる

母親を亡くしたばかりの少女が父親と虹を探しにやってくる
たまたま寄ったカフェで虹を見つける
岬カフェの壁には虹の絵がかざってあるだ。

この絵は悦子の亡き夫シュウイチが描いたもの
悦子もまたここに描かれた虹をもう一度見たいと毎日探しているのだ


ある時ドロボーがカフェに入って来た
このドロボーも虹の絵に見入ってしまう
悦子に見つかってしまうが、悦子はドロボーには見向きもしない
彼が割ってしまったコーヒーカップを大事そうに拾い、
「ドロボーさん、お金ならレジの中にあるのが全てよ」という
その後、コーヒーを二人で飲みながら身の上話を聞いてやる
生きる希望をもったドロボーは
大事に持っていた出刃庖丁をお礼にそっと置いて帰っていく



常連の谷さんが大阪に転勤になった
早く言えば退職を暗示する左遷だった
独り者の谷さんが仕事を辞めるともう何も無くなってしまう
毎日一人でなんの拠り所もなく過ごさねばならなくなる
考えてみればなんと悲しく淋しい生活ではないか!
大阪に行けば岬カフェには来れなくなる
悦子が大好きだけれど、言葉には出せず大阪へ出発する
陸路を行けば早く経費もかからず行けるものを、わざとフェリーで・・

悦子も谷さんが好きなのだけれど、言葉には出さず
岬からめいいっぱい手を振って見送っていた
岬の悦子とフェリーの谷さんの最後の涙のわかれ・・・



浩二(悦子の甥 阿部寛)の同級生で岬に舞い戻って来たみどり(竹内結子)
親と大喧嘩の末飛び出して行ったので親とは素直になれないでいる
が、大病を患っている父親を看病するうちに少しずつ気がほぐれていく

最後まで迷惑をかけまいとする父親だがみどり宛のお金を残して死んでいく
やはり親という者は最後まで・・・・


そういう悦子も老いて体がきつくなってくると
精神的にも辛くなってくる
かつて「だいじょうぶ だいじょうぶ」
と、励ましつづけた悦子だが、淋しく悲しい思いをぶつける相手がいない

そんななか、岬カフェが火事にあう


全てを無くしてしまって生きる希望も無くしてしまうが
再建のためにと母親を亡くした親子をはじめ ドロボーさん 岬の住人などなどが
心ずくしのものをもって駆け付けてくれる

辛い思いをしていても

「だいじょうぷ。だいじょうぶ。私達みんな一緒だよ」 と。



 

ざんね~ん! 紅葉には遅かった

2014-10-20 21:59:32 | 日記
とっても天気に恵まれた先日
那須塩原の沼ッ原湿原に行ってきました
毎年行われている区の歩く会で 私は初めての参加です


 駐車場から観た沼原調整池

雲がこれだけの青い空
標高1230メートルなのでさぞや気温が低く
天候の急変も覚悟しての参加でしたが
なんとなんと着て行った防寒着が邪魔になるほど(とは皆さんの意見)の好天でした


昭和49年に調整池が完成してからは大型バスで行けるようになったそうで
くねくね道や細い道を上ると駐車場に着きます
皇太子ご夫妻や昭和天皇も訪れているそうです





駐車場から湿原まで山道を下っていかなければなりません
石段になっていますが 少し足もとが悪い感じでした
結構急な坂道で、転げないように細心の注意で歩いていました








クマが出没するため 団体で行動するようにとの注意ですので
皆まじめに歩くのみです
写真を撮るため立ち止まることもできず
感を頼りにシャッターをきったので、映りは今一ですね




何か花は咲いていないかな~ なんて辺りをきょろきょろするんですが
下手すると湿原に どぼ~~ん!

草紅葉も花もない残念な湿原でした

植物は230種確認されているそうなんですがね~



ただ、上を見たら赤い実のなる木がありました

後ろの方に声をかけながら、あわててパチリ


くま笹が一面にありました
こんな中からくまは出るのかしらね~~
なんて、のんきな事を言ったりして・・・・




帰りは下りてきた道を上って駐車場へ



やっと紅葉に出会えました


今日は沼ッ原湿原散策コースで一番難易度の低いコース
老若(弱?)男女のメンバーにはちょうど良いコース?でした




駐車場脇の見晴らし台で昼食



素晴らしい景色を眺めながらのひと時を過ごしました



このころになると風も出てきて少しひんやりしてきました
やはり1230メートルです


私はただ参加して行動を共にしただけですが
役員の方は下見から始まって諸々の準備、当日の目配り気配り、さぞ大変だったろうとお察しします

無事楽しい一日を過ごさせていただき

ありがとうございました
そしてお疲れさまでした




蜩ノ記 ひぐらしのき

2014-10-16 21:41:07 | 映画
 クリックで拡大


蜩ノ記を観た
TVや新聞で情報を見るたび、早く観たいものだとワクワクしていた
やっと実現して 今は至福の気分である



豊後の羽根藩。元郡奉行の戸田秋谷(役所広司)は
ある事件を起こしたとして10年後に切腹することを
そしてその日までに藩の御家譜を完成させることを命ぜられる

切腹までに後3年という頃
これまた城中で喧嘩騒ぎを起こし、
命によって秋谷の監視役となった檀野庄三郎(岡田准一)が
家譜の清書をするなどして秋谷と生活を共にするうちに
秋谷の事件に疑問をもっていく

切腹の原因になった事件に一つも言い訳をせず黙々と家譜作りに勤しむ
後3年で切腹する人とは思えない淡々とした毎日
家族もそれを支えている

淡々と過ごす秋谷は
「死を恐れていない訳ではない。命が惜しくて眠れぬ夜を過ごすこともある。」
「人は誰でも死ぬ。50年後100年後には寿命が尽きる。それがしは、
それをあと3年と区切られているだけのこと。されば日々を大切に過ごすだけである」
と、庄三郎にいう


やはり中根家老が自分の身を守るため また秋谷と最後まで競うため仕組んだことのようだ


秋谷は家譜を完成させた後、家族と庄三郎 領民を守るために、切腹の命を果たした


この「蜩ノ記」を観て感じたことをかいておきたい

所作 立ち居振る舞いに感動。
秋谷が書状を開く時の手の動きや
お辞儀の時の手の動き 上半身の傾き加減などハッとさせられた。

実は、着付けの先生から和服を着た時の所作を口うるさいほど仕込まれた。
随分前に亡くなられたが、この映画を観て先生の教えを感動と共に思いだした
先生も凄い人だったのだな と。

岡田准一の時代劇役者として、また確実なものにしたに違いない
(この映画は「軍師官兵衛」の前に撮っている)

切腹の時に着る白装束を妻の織江(原田美枝子)が縫っていた。
その日髷も整えてやる。
どんな気持ちで針を動かし、髷を整えられたのだろうと思う




 最後の日、織江が点てたお茶を書斎で飲みつつ ・・・

秋谷が織江の手を愛おしむように握りながら聞いた
「われらはよき夫婦であったとわたしは思うが、そなたはいかがじゃ」
「さように存じます。わたくしはよき縁をいただき、よき子らにも恵まれたと思うております」
「悔いはないか」
「はい、決して悔いはございませぬ」
織江が迷いのない返答をすると秋谷も微笑む
「わたしもだ」
言いきった秋谷は、織江にやさしい眼差しを向ける


涙 涙 なみだ ・・・・


涙がとまらなかった