海軍大将コルシンカの航海日誌

ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフについてあれこれ

《アンタール》の「版」に関するメモ5

2008年02月11日 | 《アンタール》
【5】さらなる混乱ととりあえずのまとめ

先に述べたように私はずっとヤルヴィ盤《アンタール》が正統版「第3稿」だと信じていましたので、例えば、スヴェトラノフの演奏による《アンタール》は「第2稿」あるいは「第4稿」、つまりは「海賊版」であると思っていました。

スヴェトラノフはその生涯において実に4回も《アンタール》を録音しておりますが、それらはいずれも同じ「版」によっていると思われます。その「版」は、くどいですが、手持ちの楽譜が正しいとすれば「第3稿」なのです。つまり、スヴェトラノフのものこそが正統であって、ヤルヴィのものが海賊版ということになってしまうのです。

考えてみれば、スヴェトラノフは自伝中でもリムスキー=コルサコフに対する思い入れというものを至る所で語っていますし、どの「版」が正統であるのかくらいは先刻承知であったとも思われます(《アンタール》に関する言及はありませんが、演奏に際して用いるべき「版」に注意すべきといったことも書かれています)。そう考えると4回の録音についても一貫として「第3稿」を用いているのも納得が行くところです。ところが、です。4回目の録音となったCDには「1876年版」つまり「第2稿」であると明記されているのです...。(【2015.9.28追記】ここでは「1875年版」を初演した1876年により「1876年版」としているものと思われます。)

ここでこう考えてみましょう。単純に手持ちの楽譜の「第2稿」と「第3稿」が入れ替わっているのだと。
楽譜で「第2稿」とされているのが実は「第3稿」で、「第3稿」が「第2稿」であるとすれば、ヤルヴィ盤とスヴェトラノフ盤において使用された「版」への疑問についてはあっけなく解決してしまいます。

あるいはそうかとも思ったのですが、Gerald R. Seamanの編集した「Nikolai Andreevich Rimsky-Korsakov, A Guide to Reserch」を調べると、第2楽章の冒頭の調性について、「第3稿」がニ短調であるのに対して「第4稿」は嬰ハ短調とされています(なぜか「初稿」と「第2稿」に関しては記載無し)。
「第4稿」は「第2稿」の異稿とされていますから、この資料に従えばおそらく「第2稿」についても嬰ハ短調ということになるでしょう(何しろ、版の彫り直しが面倒だからという理由で「第4稿」ができたという経緯ですから)。実はこの記述は、手持ちの楽譜と整合しています。つまり、手持ちの楽譜の「第2稿」と「第3稿」がそっくり入れ替わっているとも考えにくいのです...。


ということで、《アンタール》に関する「版」の謎は深まるばかり(?)です。
(ついでに書いておくと、バケルス指揮のBIS盤は「1897年版」つまり「第3稿」を用いているとブックレットに記されており、おおむね手持ちの楽譜と整合していますが、特徴として挙げた第2楽章のアンタールの主題を追っかけるティンパニの部分は「ダッダダン」「ダンダン」の双方が入っています。これは指揮者の「編集」ということなのでしょうか?)


まあこの問題が解決したところで、人類にとってシアワセなことが起きるわけではありませんから、最初に書いたようにどうでもいいことなのですが、とりあえずこれまでの「メモ」で私にとってどこが「気持ち悪いのか」がひとまず整理できただけでも良しとしましょう。
今度上京する機会があれば、上野に籠っていろいろと確認してみたいと思います。

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