ようやくわが子がバイト採用決定しました。
バイト活動としては、
恐らく1ヶ月ぐらい掛かった?かも。
思ったより、道のり長かったですね…
恐らく春先直ぐなら
決まったかもしれませんが、
もはや今は、色々な人が
シフトに入っている中、
空きに入れてもらえると
行った感じなので、
決まらなかったのかもしれません。
というのも、ドラッグやスーパーなど
春先はあった、学生バイト募集の
張り紙が撤去されていました。
今はレジは無人化されている
お店が多く、品出しは
基本的に午前中運送トラックが来て、
するお店が多いので、
学生バイトは、そんなに
使い勝手が良くありません。
青果や鮮魚など、バックヤードの仕事は、
探した時期にはありませんでした。
わが子が決まったのは、
某チェーン店です。
このまま、大学卒業まで
バイトして、社員登用も
親としてはありかと
考えています。
ただ、自分がスーパーに
勤務していたので
知っていますが、
全国転勤のチェーン店
社員はかなり苛酷です。
それに耐えれるかどうかは
別問題です。
本人の人生、本人が決めることです。
トライアルなど、バイトから社長になった
人もいますから、
※縁故ではなく、ただのバイト
一時リストラをしたこともありましたが、
今は西友買収するほどの企業。
人生、何があるのか?
本当にわかりません。
わが子は、飲食店中心に
求人応募しましたが、
事前連絡で経験者以外☓
受けて不採用1社
連絡なし2社
採用1社
と言った感じでした。
いつ見ても、求人応募の広告のある
飲食店が連絡もしない。
「1時間でもいいので
働いてください」
なんて、いかにも切羽詰まった
注意書きがあっても
連絡さえしない。
よほど、採用担当がだらしないのか?
と思われそうですが、
私の地元はあるあるです。
私も就職活動していますが、
ハローワークを通さず、
応募した会社は、
半分以上連絡がありませんでした。
私の年齢的な問題なのか?
とも思いましたが、
私もわが子も、
「募集受け付けました」
のメールはありました。
何故か?は、謎です。
採用されたとは言え
続くのかは、
別問題です。
世間の厳しさを知り、
お金のありがたみを
体験して欲しいです。
今回は、ちょっと特殊な例を紹介します。
これは友人のご両親の話です。
わが子が1歳のとき、
抱っこをして散歩をしていたら、
近所の男性が、
「お子さん、生まれたの?」
と驚かれ、
「ちょっとうちに来て」
と、促されました。
この方は、我が家が引っ越したとき、
公民館館長をしていらして、
とても良くしてくださいました。
それもあり、お母さんと2人暮らしと
聞いたことはありましたが、
不信感も持たず、お邪魔しました。
すると、同じぐらいの女の子を
抱っこした女性がいました。
他にも3人子どもがいました。
これがHさんとの出会いでした。
私の住んでいるところは
田舎なので、
里帰り出産する方が多いので、
彼女も里帰り出産で
一時的にいるのかと思えば、
「ここに住んでいる」
と言われました。
彼女の夫が転勤する
約1年後まで、
ほとんど毎日お邪魔していました。
公民館長だったOさんは
歓迎してくださいましたが、
Oさんのお母さん、
Hさんのおばあさんは、
そうでもありませんでした。
いつも歓迎しないというわけでなく、
気分屋でした。
私はOさんは、お母さんとふたり暮らし
と近所の方から聞いていたので、
お子さんやお孫さんがいることを
全然知りませんでした。
すると、Hさんが、
「実は母は、父ともう20年以上
別居していて、毎月生活費も渡している」
と言われ、驚きました‼️
20年以上という長さもですが、
生活費を渡していることに
驚きました‼️
今でこそ、ネットが浸透しているので、
別居の場合、婚姻費用と言って、
給料の割合で、生活費を渡さなければ
ならないことを知っている人は
多いと思いますが、
あの当時、別居して生活費を渡す
ご家庭は、かなり少なかったと思います。
実際彼女も、理由は弟を出産してから、
産後の肥立ちが悪く、嫁姑問題で
仲違いし、別居になったので、
何度もOさんに生活費を渡すことも
もったいないから、離婚して
スッキリするように話したそうです。
でも、Oさんは、
「将来を考えて離婚はしない」
と、きっぱり言われたそうです。
お母さんは、体が弱いこともあり、
短時間パートぐらいしかしていないことも、
Hさんはイライラしていたようです。
私と散歩の時は元気そうだったOさん。
じつは、もうこのときにはガンが
進行し、1年も経たずに亡くなりました。
知らなかった私は、びっくり‼️
遺言で財産は、全て奥さんに譲るように
書かれていたそうです。
そして、奥さんは遺族年金も受け取られました。
家の名義は、おばあさんなので、
家を売ることはなかったです。
そんな中、彼女は夫の転勤で、
引っ越していきました。
死んだとき、財産を
全てお母さんが相続することに
彼女は怒っていました。
が、しばらくして、
「お父さんは子どもを守るために
離婚しなかったと気づいた」
と、話していました。
もし離婚していたら、
母親には財産もないから、
扶養義務として姉弟で、
金銭面などの生活費を
負担しなければならなかった。
Oさんは、将来子どもを
守るために、離婚しなかったのだ。
と、後で気がついたそうです。
おばあさんが数年後亡くなり、
しばらくしてから実家を改築。
その後、お母さんは、
引っ越しをされました。
私は知りませんでしたが、
県外に就職していた弟も、
お母さんと数年同居し、
一緒に地元に引っ越し
したそうです。
世の中、こんな夫婦もいるという
一例です。
それにしても、良い人ほど
早く亡くなる。
世の不条理を感じますね。
そろそろ中学受験している方々は、
学園祭や学校見学など
学校の様子がわかる時期では
ないでしょうか?
わが子は、この春私立中高一貫校を
卒業し、地元大学に
進学しました。
しかし、我が家は進学が
失敗だったと思っています。
恐らく中学受験をするお子さんは、
小学校の成績は、
100点取るのが当たり前。
それ以外は見たことが少ない。
そんなお子さんが多いことでしょう。
わが子もそんな小学生でした。
担任から、保護者面談で、
「他のお子さんと比べて
頭一つ分抜けて
優秀なお子さん」
と言われ、本人の意志で、
中学受験をしました。
これは周囲の影響も
かなりありました。
わが子の卒業した地域は、
私立中高一貫校は、
県内でも僅か数校。
教科書も特殊なため、
一般的な参考書やテキストが
使えませんでした。
塾も少なく、勉強が分からなくなれば
お手上げでした。
センター試験から共通テストへの
変更は、関係ない人から見れば
そんなものかと思われますが、
別次元の問題変更でした。
入試制度もコロコロ変更も
右往左往しましたが、
何よりも問題の質が違います。
「基礎のセンター
思考の共通テスト」
センターの頃は、塾無しで
偏差値60行く学生も
そんなに珍しくは
ありませんでした。
実際、学校で劣等生のわが子も、
センターなら初回で
7割切ることは一度もありませんでした。
でも、共通テストは、
数学以外は、5割取れない。
問題の検証をするとわかりますが、
英語は単語が倍以上、
東大の2次クラスを
出す教科もあります。
とても普通の受験勉強をして
突破は出来ない仕組みと
なりました。
わが子の卒業した
私立中高一貫校は
推薦入試に力を入れていたこともあり、
高2までは、共通テストよりも
定期テストばかり
言われていました。
ですから、塾の少ない地域のため、
進研ゼミとZ会をしていましたが、
担任に
「定期テストでは出ない」
と言われ、解約。
今でもこれは失敗だったと思っています。
そもそも、わが子の卒業した
学校は、
上位の生徒には手厚いですが、
成績の落ちた生徒は、
「ご家庭で何とかしてください」
という学校でした。
大事なのは、ここです。
小学校の時に上位だと、
想像もできないかもしれませんが、
わが子は授業担当が
変更となった高校から、
坂道を転がるかのように
成績が落ちていきました。
もう授業がわからなく
なったのです。
逆に、小学校の頃は、
そんなに成績が良いとは
言えなかった
別の高校に
進学した生徒達が、
科学の発表でアメリカに行ったり、
難関大学に合格しました。
私はわが子のために奔走し、
塾を探して送迎、
家庭教師などあらゆる手を
尽くしましたが、
志望校には進学しませんでした。
この時期は精神的にも
金銭的にもきつかったです。
年間で200万円以上使いました。
推薦入試は、センターまでは、
一般的とは言えませんでした。
でも、共通テストになってからは、
点数が取れないこともあり、
今まで鼻にもかけなかった
進学校がこぞって生徒を
送り込むようになりました。
要するに競争率が高くなりました。
わが子のいた学校は、
本人が志望した大学に合致しなければ、
学校から指定校制の
紹介は、なぜか?ありませんでした。
わが子の先輩は、
難関国立大学に合格しましたが、
落ちれば一般入試ですから、
両方勉強するのは、
かなり大変だったそうです。
わが子の卒業した
私立中高一貫校は、
勉強面では、
成績のいい生徒は
大事にされたこともあり、
わが子はかなり自己肯定感の
低い子どもとなりました。
宣伝は、
「面倒見No.1の進学校」ですが、
成績が上がらなければ、
面倒を見てくれる先生は
ほんの数人でした。
他の学校はそうでない場合もあります。
また、入試改正があり、
苦手な幾何が選択でなくなったり、
英語は検定1級でも8割取れない
特殊な入試。
これにどれだけ学校が対応できるか?
そういう問題もあります。
今一度、学校を決められるとき、
参考にされてください。
毎日暑いですね…
梅雨明けが早くて、
毎日猛暑日更新です。
我が家の6月の電気代
4,060円でした。
ずっと家に私がいて
扇風機を使ったら、
やはり上がっちゃいました。
とは言え、使わずにはいられない。
さすがに、これ以上になれば
エアコンの出番か?
夫や娘は7月から使っていますが、
節約の塊の私は、
中々思いきれません。
熱中症になっては元も子もないので、
さすがに今月は、
出番があるかもです。
数年前から、ハローワーク各地域で
月2回ぐらい出張相談があります。
これは、通常のハローワーク同様
職業相談が出来ます。
が、認定は、通常のハローワーク
のみの扱いです。
先日、初めてこの出張相談を
利用しました。
相談員、なんとメーカー時代の
同僚でした。
数年前に転職していますが、
臨時職員です。
色々勧められましたが、
自分が働きたいところは
ありませんでした。
彼女は、ハローワークが
長いので、この臨時職員の
システムを聞きました。
3年に一度更新の書類を出し、
面接があるそうです。
が、相談員の場合、
結果を出していなければ
ならない。
例えば何人受験し、
合格していたと言った感じです。
それもあり、昔とは違い、
職業訓練以外にあれこれ
あるわけなのですね。
また、嫌だと言っても、
受けさせようとします。
まるで大学進学実績の欲しい
高校のようでした。
※その後辞めようが関係ない…
取り敢えず、
まだ認定されて数日なので、
帰されましたが、
今後はそうもいかないのかもしれません。
どこにしても、
厳しい世の中ですね…