村上龍氏主宰のJMMと言うメルマガをお読みになっている方はたくさん居ると思うが、私もその一人である。
私とD社同期入社、今でこそ日本株ストラテジーの世界ではすっかり有名になってしまったKと言うのも必ず龍氏の質問に答えるメンバーに入っているって事も手伝って、私も読むようになった。
これって週1回だか月1回だかの割合でちゃんとメンバーが集まってしっかりミーティングみたいのを開くそうですね。
今回のお題は「日本では敵対的買収は盛んになるのでしょうか?」であった。
各社各分野からのえり抜きのエキスパートたちのご意見は概ね同じであり、かつ私自身もそれに深く賛同した。
さすがに勝手にここで抜き出すわけにも行かないので、もしこの号を欲しい方がいらしたらご一報を。転送いたしますので。
とは言いつつも、まあKの意見を少々ここに散りばめさせていただいても大丈夫であろうと勝手に判断して話を進める。
Kも言っているが、まずこの「敵対的」とは一体誰に対して敵対的か、と言う大前提がある。
これは現在の解釈では、現経営陣に対して敵対的な行為である、と言うのが一般的である。
では、現経営陣にとって敵対的な買収計画と言うのは、その会社に働く従業員や株主にとっても果たして敵対的なのであろうか、とKは投げ掛ける。
この間のニレコのポイズンピル問題での裁判所の判決理由を思い出していただくと、あのポイズンピルは結局現経営陣の保身を完全に排除された形になっていない、と言うのがその大半を占めるモノであった。
いくら買収検討委員会みたいのから社長を排除しても、その委員会の検討結果に対する拒否権が社長を筆頭とする現経営陣にある限り、それは完全に排除された事にはならない、と言うものだったはずだ。
仮に、このニレコと言う会社(私個人的には悪くないと思う)が、実はひどいワンマン経営の会社で、それによって従業員の士気が非常に低かったとしたら、果たしてどこかがこのニレコに対して敵対的買収を仕掛けた場合、それはそれら従業員に対しても敵対的になるかと言えば、決してそうはならないはずだ。
またそのワンマンぶりによる士気の低下が株価の低迷につながっていると仮定すれば、この株主に対してもこの買収は必ずしも敵対的にはならない。
つまり、敵対的買収「超」罪悪論みたいのがライブドア問題で提起されたようにマスコミは過熱したが、きちんと冷静に考えてみれば、敵対的買収行為そのものは実は現経営陣がそう感じるだけのモノなのかもしれない。
グリーンメイラー的やり方はなかなか浸透しないと思われるが、しかしながら「通常の買収行為」そのものは決してなくならないと私は思う。
ここであえて「買収行為」としたのは、Kの調査によると、M&Aの90%は友好的買収行為であって、敵対的買収行為自体は全体の10%程度であるそうなので、そうした。
と言う事は、今回のライブドア事件によって敵対的買収を仕掛けられる事を恐れてポイズンピルを慌てて導入した企業たちを考えてみると、果たしてそれは本当に日本企業お得意の、従業員あっての会社、そのもっとも大事な従業員を守る!と言う意気込みで策定されたのかどうか、少々首をかしげる例もあるのかもしれない。
つまり世の中で起こっている大部分の買収行為自体は実は友好的買収であると言う事実にも関わらず、あえて敵対的買収を恐れるあまり慌てて策定したと言う事は、実はそれは誰よりも現経営陣がそれを恐れているから、と言う事が言えよう、と。
何度も私はここで繰り返してきたが、様々なアプローチにて割安感のある会社は狙われるが、その割安感が例えばPBRの1倍割れであるとすれば、それはそのような状態を改善しようとしない、或いは出来ない、現経営陣の重大な責任であって、それをポイズンピルにすり替えてはいけないのである。
或いは内部留保すなわちキャッシュばかりジャブジャブと溜め込んでそれをその会社のさらなる発展のために有効に使えないのはやはり現経営陣の怠慢である、と私は言い切る。
大証がその内部留保に対して村上氏から指摘を受け、大証は最初はいざと言うときの危機的状態の連鎖を断ち切るためにはそれ位のキャッシュ必要である、とコメントしていたが、それはそれで公開企業である以上はきちんと市場にアピールしておくのが本来の姿だろうと思う。
突付かれてから「実はそのキャッシュは・・」と言うのは正直説得力に欠ける。
このJMMでは大部分の方が買収行為自体は今後の資本市場にとっては必要である、と答えているが私も全く同感である。
日経の社長100人アンケートによると、日本の企業経営者で株式持合が悪いとする意見は5%強にすぎず、7割以上が持合を容認しているそうだ。
これなんかKもソフトな言い方で苦言を呈しているが、正に現経営陣の保身そのものではないか。
つい最近までこの「持ち合い罪悪論」に日本市場全体が支配され、その解消がガンガン進み、ようやくその日本的「なあなあ」主義みたいなものから脱却できたと思っている矢先にこれである。
とりあえず買収防衛を考慮に入れつつ、実は各業界にてこの持合が着実にまた進んでいる、何て事になったらなんだか結局日本っていう国はいつまでも変われないのね、と思われるよね。
外人の持ち株比率はいまや過去最高になっているって事は、そういった日本的悪習が自浄努力によって徐々に減ってきたのと反比例していると思うのだけれど、ここで再び「持ち合い」ですか、と。
そういう持ち合いに使うお金はもっと別のところに使うべきでしょう、って私が株主なら思うけどなぁ。
自社の株が安すぎて許せんので、IRを強化して日本中世界中の投資家を対象に行脚して歩くぞ、とか、どうすれば従業員の意識を高めてそれを市場が評価してくれるようになるのか考えよう、的な会社があるとすれば、それは「買い」だと思うね。
自社株の安さを買収の脅威に置き換えてその対応策に熱中しているような企業は正直、誰も買収しようとはしないし、投資家も株を買わないって。
私とD社同期入社、今でこそ日本株ストラテジーの世界ではすっかり有名になってしまったKと言うのも必ず龍氏の質問に答えるメンバーに入っているって事も手伝って、私も読むようになった。
これって週1回だか月1回だかの割合でちゃんとメンバーが集まってしっかりミーティングみたいのを開くそうですね。
今回のお題は「日本では敵対的買収は盛んになるのでしょうか?」であった。
各社各分野からのえり抜きのエキスパートたちのご意見は概ね同じであり、かつ私自身もそれに深く賛同した。
さすがに勝手にここで抜き出すわけにも行かないので、もしこの号を欲しい方がいらしたらご一報を。転送いたしますので。
とは言いつつも、まあKの意見を少々ここに散りばめさせていただいても大丈夫であろうと勝手に判断して話を進める。
Kも言っているが、まずこの「敵対的」とは一体誰に対して敵対的か、と言う大前提がある。
これは現在の解釈では、現経営陣に対して敵対的な行為である、と言うのが一般的である。
では、現経営陣にとって敵対的な買収計画と言うのは、その会社に働く従業員や株主にとっても果たして敵対的なのであろうか、とKは投げ掛ける。
この間のニレコのポイズンピル問題での裁判所の判決理由を思い出していただくと、あのポイズンピルは結局現経営陣の保身を完全に排除された形になっていない、と言うのがその大半を占めるモノであった。
いくら買収検討委員会みたいのから社長を排除しても、その委員会の検討結果に対する拒否権が社長を筆頭とする現経営陣にある限り、それは完全に排除された事にはならない、と言うものだったはずだ。
仮に、このニレコと言う会社(私個人的には悪くないと思う)が、実はひどいワンマン経営の会社で、それによって従業員の士気が非常に低かったとしたら、果たしてどこかがこのニレコに対して敵対的買収を仕掛けた場合、それはそれら従業員に対しても敵対的になるかと言えば、決してそうはならないはずだ。
またそのワンマンぶりによる士気の低下が株価の低迷につながっていると仮定すれば、この株主に対してもこの買収は必ずしも敵対的にはならない。
つまり、敵対的買収「超」罪悪論みたいのがライブドア問題で提起されたようにマスコミは過熱したが、きちんと冷静に考えてみれば、敵対的買収行為そのものは実は現経営陣がそう感じるだけのモノなのかもしれない。
グリーンメイラー的やり方はなかなか浸透しないと思われるが、しかしながら「通常の買収行為」そのものは決してなくならないと私は思う。
ここであえて「買収行為」としたのは、Kの調査によると、M&Aの90%は友好的買収行為であって、敵対的買収行為自体は全体の10%程度であるそうなので、そうした。
と言う事は、今回のライブドア事件によって敵対的買収を仕掛けられる事を恐れてポイズンピルを慌てて導入した企業たちを考えてみると、果たしてそれは本当に日本企業お得意の、従業員あっての会社、そのもっとも大事な従業員を守る!と言う意気込みで策定されたのかどうか、少々首をかしげる例もあるのかもしれない。
つまり世の中で起こっている大部分の買収行為自体は実は友好的買収であると言う事実にも関わらず、あえて敵対的買収を恐れるあまり慌てて策定したと言う事は、実はそれは誰よりも現経営陣がそれを恐れているから、と言う事が言えよう、と。
何度も私はここで繰り返してきたが、様々なアプローチにて割安感のある会社は狙われるが、その割安感が例えばPBRの1倍割れであるとすれば、それはそのような状態を改善しようとしない、或いは出来ない、現経営陣の重大な責任であって、それをポイズンピルにすり替えてはいけないのである。
或いは内部留保すなわちキャッシュばかりジャブジャブと溜め込んでそれをその会社のさらなる発展のために有効に使えないのはやはり現経営陣の怠慢である、と私は言い切る。
大証がその内部留保に対して村上氏から指摘を受け、大証は最初はいざと言うときの危機的状態の連鎖を断ち切るためにはそれ位のキャッシュ必要である、とコメントしていたが、それはそれで公開企業である以上はきちんと市場にアピールしておくのが本来の姿だろうと思う。
突付かれてから「実はそのキャッシュは・・」と言うのは正直説得力に欠ける。
このJMMでは大部分の方が買収行為自体は今後の資本市場にとっては必要である、と答えているが私も全く同感である。
日経の社長100人アンケートによると、日本の企業経営者で株式持合が悪いとする意見は5%強にすぎず、7割以上が持合を容認しているそうだ。
これなんかKもソフトな言い方で苦言を呈しているが、正に現経営陣の保身そのものではないか。
つい最近までこの「持ち合い罪悪論」に日本市場全体が支配され、その解消がガンガン進み、ようやくその日本的「なあなあ」主義みたいなものから脱却できたと思っている矢先にこれである。
とりあえず買収防衛を考慮に入れつつ、実は各業界にてこの持合が着実にまた進んでいる、何て事になったらなんだか結局日本っていう国はいつまでも変われないのね、と思われるよね。
外人の持ち株比率はいまや過去最高になっているって事は、そういった日本的悪習が自浄努力によって徐々に減ってきたのと反比例していると思うのだけれど、ここで再び「持ち合い」ですか、と。
そういう持ち合いに使うお金はもっと別のところに使うべきでしょう、って私が株主なら思うけどなぁ。
自社の株が安すぎて許せんので、IRを強化して日本中世界中の投資家を対象に行脚して歩くぞ、とか、どうすれば従業員の意識を高めてそれを市場が評価してくれるようになるのか考えよう、的な会社があるとすれば、それは「買い」だと思うね。
自社株の安さを買収の脅威に置き換えてその対応策に熱中しているような企業は正直、誰も買収しようとはしないし、投資家も株を買わないって。