思い出を綴ろう!忘れてしまわぬうちに

四季の移り変わりを楽しめる日記を書いていきます。

源氏物語を読む

2024-06-30 09:14:13 | 源氏物語を読む
生ぬるい風が吹いている。ムシムシする日曜日。
さて、今日は源氏物語について書いてみようか。

金曜日のデイサービスで亥の子歌を歌ったと書いたが、地域によってか歌詞が違っている。
利用者さんも昔子供のころに歌った、思い思いの歌詞で歌う。

私が子供のころは、亥の子は男の子だけが参加できた。
よって、女の子だった私は、はっきりとは歌詞も覚えていない。
しかし、毎年亥の子石を持って庭で石でついてくれる、子供たちを、じっと見て歌を聞いていた。

(^^♪ごっざた ござった御大黒様は、
一に俵をうんまいて、
二ににっこり笑うて、
三に酒作って
四つ世の中良いように
五ついつものごとくに
六つ無理のないように
七つ何事ないように
八つ  覚えていない
九つ これも覚えていない
十で取っておさめた。おさめた。(^^♪

〇〇さんのお祝いじゃお祝いじゃあ🎶

実家の地方はお亥の子石 周りに縄をつけて、その縄に何か所か綱を結んで、その綱の先を子供が持ち引っ張ると石が持ち上がり、すぐ降ろすので庭に穴が開く。
母はこの穴に水がたまるので嫌がってすぐ埋めていた。
(罰当たりである( ´艸`))

で、いろいろお亥の子について調べてみると、亥の子を餅を食べる風習があると、出ていた。

その中に、源氏物語の中にも亥の子餅のことが出てくる。
とあったのだ。

第9帖「葵」の中に、
光源氏と紫の上との新婚2日目の夜、亥の子餅が届く場面が描かれている。

平安時代から続き、様変わりしながら、それが今に続くというのはすごいなあと思う。
源氏物語は作り物であるが、光源氏の女遍歴だけではなく、その歴史的背景 風習 行事などを読むとるのが楽しい。

詳しく書くと長くなるので、興味のある方は源氏物語と亥の子餅 で検索すると色々出てくるので読んでみてほしい。
コピペ することはできないのでね。

で、ここからは先日読んだ 梅枝の中の源氏、紫の上を相手に仮名の論
について。

よろずこと、昔には劣りざまに、あさくなりゆく世の末なれど、仮名のみなむ、「今の世はいと際なくなりたる。古きあとは、定まれるようにはあれど、広き心ゆたかならず、一筋に通ひてなむありける。」
原文より

<訳>
昔より悪くなっていく末世ではあるけれど、仮名に関する限り、現代は全く際限もない発達を遂げたものです。

尚古思想というらしい。講師より

尚古主義とは、価値ある生活は古代にあるとして,古代の文物・制度を模範とする中国の支配的な思想とコトバンクに書いてある。


源氏は紫の上を相手に、それぞれの女の筆跡について語る。

六条御息所:絶妙の筆と感心したものです。(御息所の筆跡の見事さにひかれて恋をするようになったのです。)
秋好む中宮:丁寧で風情があるけれども、才気が乏しいでしょうか。
藤壺:深みがあり優雅な所はありましたが、弱きところありて、華やかさに欠けていました。
朧月夜:当代の名手でいらっしゃるけれど、しゃれていて癖があるようです。

とはいえ、朧月夜の尚侍と、朝顔前斎院と、紫の上が、上手だとおもいます。

これを聞いた、紫の上は
この数にはまばゆくやと聞こえたまえば
その方々のお仲間入りは気が引けます。と言われると。
源氏は、
「いたうな過ぐしたまいそ。にこやかなるかたのなつかしさは、ことなるものをそんなに遠慮なさるな。ものやわらかな親しみを感じさせる点では、格別ですのに。

源氏の言葉は紫式部が書いたもの。
ということは、これは、紫式部の考えという事なのかな?

今夜ドラマ、光る君への文字をかく場面に注目してみよう♪

知識がなくても、学がなくても、結構古典を楽しめる。
もっとも、講師がいて、共に学ぶ学友がいてのことなのかもね。
日常生活から切り離した趣味の時間。
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