昨日、このブログでも触れた巨人軍の木村拓也コーチが、今朝亡くなりました。
このところプロ野球を見なくなった私は、木村拓也氏の現役時代をよく知りませんでした。
しかし、ドラフト外で日本ハムに入団してから19年間プロ野球で活躍し、1000本以上もヒットを打った…というのは素晴らしい実績です。
以前はよく球場に野球を観にいってましたが、間近で見るプロ野球選手の肉体と存在感は、大変なものでした。
そもそもプロ野球の世界に入るレベルの選手は、皆、「地元では天才」だった人ばかりですよネ。
2009年度で、高校の硬式野球部員は約17万人いたそうです。
これを単純化すれば、高校レベルで一学年当り、六万人近くの野球部員がいることになります。
プロ野球に入れるのは、毎年、80人程度でしょう。
高校に行くまでに野球を諦める人も多いでしょうから、プロに入れるのは、本当にほんのひとにぎりなのです。
その「天才」たちも、入ってみるとほとんどが数年で淘汰されていく。
その中で19年間活躍し、巨人のコーチまでなった木村拓也さんのスゴさが偲ばれます。
さて、ニュースの中に、こういう論調がありました。
「広島に自宅をもつ木村コーチは東京へ単身赴任をしていたうえ、コーチになったのは初めて。そのストレスが、悲劇の引きがねを引いたのでは…」と。
もちろん、軽がるしい憶測はするべきではありませんが、「日本ハムのドラフト外入団」から巨人一軍コーチにまでなった木村コーチは、頑張りすぎるほど頑張る人だったに違いありません。
レベルこそ違えど、今、とりあえず「勤め人」として食べていくためには、皆、その人なりに懸命に「頑張っている」と、思います。
そういう気持ちがあるからこそ、このニュースは単なる「プロ野球界の出来事」というワクを超えて、多くの人の関心と悲しみを引き起こしているような気がします。
もちろん、プロスポーツという特殊な競争社会に生きる人の悲劇から、たとえば、一般的な「過労死」問題を考えてしまうのは、ちょっと違っていると思います。
しかし、いつも張り詰めた気持ちで生きていただろう木村コーチの訃報を聞いたとき、真面目に生きている人が亡くなるのは、どのような場合でも悲しいものだ…と、改めて感じたことでした。
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このところプロ野球を見なくなった私は、木村拓也氏の現役時代をよく知りませんでした。
しかし、ドラフト外で日本ハムに入団してから19年間プロ野球で活躍し、1000本以上もヒットを打った…というのは素晴らしい実績です。
以前はよく球場に野球を観にいってましたが、間近で見るプロ野球選手の肉体と存在感は、大変なものでした。
そもそもプロ野球の世界に入るレベルの選手は、皆、「地元では天才」だった人ばかりですよネ。
2009年度で、高校の硬式野球部員は約17万人いたそうです。
これを単純化すれば、高校レベルで一学年当り、六万人近くの野球部員がいることになります。
プロ野球に入れるのは、毎年、80人程度でしょう。
高校に行くまでに野球を諦める人も多いでしょうから、プロに入れるのは、本当にほんのひとにぎりなのです。
その「天才」たちも、入ってみるとほとんどが数年で淘汰されていく。
その中で19年間活躍し、巨人のコーチまでなった木村拓也さんのスゴさが偲ばれます。
さて、ニュースの中に、こういう論調がありました。
「広島に自宅をもつ木村コーチは東京へ単身赴任をしていたうえ、コーチになったのは初めて。そのストレスが、悲劇の引きがねを引いたのでは…」と。
もちろん、軽がるしい憶測はするべきではありませんが、「日本ハムのドラフト外入団」から巨人一軍コーチにまでなった木村コーチは、頑張りすぎるほど頑張る人だったに違いありません。
レベルこそ違えど、今、とりあえず「勤め人」として食べていくためには、皆、その人なりに懸命に「頑張っている」と、思います。
そういう気持ちがあるからこそ、このニュースは単なる「プロ野球界の出来事」というワクを超えて、多くの人の関心と悲しみを引き起こしているような気がします。
もちろん、プロスポーツという特殊な競争社会に生きる人の悲劇から、たとえば、一般的な「過労死」問題を考えてしまうのは、ちょっと違っていると思います。
しかし、いつも張り詰めた気持ちで生きていただろう木村コーチの訃報を聞いたとき、真面目に生きている人が亡くなるのは、どのような場合でも悲しいものだ…と、改めて感じたことでした。
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