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スリーストライク

2010-07-25 | 教会
今日は、私の所属する教会で「壮年会」の集まりがあった。





壮年会とは、30歳以上の男性信徒の集まりのことである。

会長さんから「15,6人くらい集まりそうです」というメールをもらっていたので、会場の集会室に、それより遥かに多い人が集まっていたのに面食らった。

40人を上回る参加者があった…という。

会が始まると、大激論が始まったのにも驚いた。





今後教会が取り組んでいく課題について司会者がふったところ、「その取り組み課題はいつどうやって承認を得たのか?」という声が上がった。

その声につぎつぎに賛同の意見が上がった。

私は教会でこんなにアケスケに自分たちの主張をぶつける男性たちを見るのは初めてだったので、半ばア然としていた…。







もう二十年くらい前になるが、ニューヨークを舞台にした『スリーストライク』というドキュメンタリー映画があった。

スリーストライクとは、野球の「三振」のことである。

若い黒人のダンサーが主人公だった。彼の父親は彼に言うのである。

「いいか、お前がこの町で生きていくのは本当に大変なことだぞ。お前は、黒人で、ゲイで、男だからだ。お前は、スリーストライクなんだ」







私は、カトリック教会に通うようになって数年したころ、「自分は、教会ではスリーストライクだな」と、感じるようになった。

というのも、私は①他地区の出身で②成人洗礼で③独身だったからだ。

つまり、そのときの教会の運営を仕切っているのは、①地元出身で②幼児洗礼で③既婚であるという三条件を充たした男性であることは、明らかであった。

少なくとも、私にはそう見えた。

むろん私は、教会運営などというシチメンドクサイことに関わりたかったのではない。

ただ、「居場所」にしたいと願っている教会の「正当性」に自分が縁遠い…というのは、なんとも居心地悪く感じたものであった。







今日の壮年会に集まった四十人の内わけは、三十代=1、四十代=3、五十代=15、六十代=10、七十代以上=10…というところであろうか。

このクソ暑い昼下がり、色気もオサケもないのに、いい年をしたオッサンたちが、なぜそんなに集まったのだろうか。

結局、立場や境遇は違えど「教会を自分の居場所にしたい」という切実な気持ちがあったからだと思う。

そう考えれば、自然に着地点が見えてくると思うのだけれど…。













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