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「ある島の可能性」読書メモ 12 ~  プラトンか?それともスピノザか?それともバルザックか?

2017-05-01 | ウエルベック

遂に「ある島の可能性」を読了した。読み始めたのが3月23日だったので、約1カ月半を要したことになる。手元にある河出文庫(約500ページ)はボールペンで記された多くのチェックとラインマーカーだらけ。しかも気になったページを折っていたので、もうボロボロになってしまった。

この一カ月間の僕のルーチンは、就寝前に(チェックしたところに)黄色のラインマーカーを引くことだった。ボロボロの文庫本が、今の僕にとっては一番価値のあるものになっている。そして、読了してからも、毎日、ラインマーカーの部分を何度も読んでいる。

ある島の可能性 (河出文庫)
Michel Houellebecq,中村 佳子
河出書房新社

 

饗宴 (光文社古典新訳文庫)
中澤 務
光文社

小説「ある島の可能性」は、一人の男(ダニエル)のエロティックな話を軸に展開していきながら、そのゴールは、なんとプラトンの「饗宴」に書かれているdialouge(対話)と同質なものであるようだ。「ある島の可能性」は娯楽性(SF・エロ話)をベースに展開しておきながら、かなり深いところを突いている。つまり、哲学書でもある。であれば「饗宴」を精読するしかないだろう。

エティカ (中公クラシックス)
工藤 喜作,斎藤 博
中央公論新社

小説「ある島の可能性」の答えは、恐らく プラトンの書いた対話に答えが暗示されており、その解釈はスピノザの「エチカ(エテイカ)」にあるようだ。であれば、「エチカ(エテイカ)」を読むしかないだろう。

スピノザは自然=神を証明したが、日本人のDNAには自然こそ神である、という感覚は(日本人であれば)多くの人に具備されている感覚である。違和感がない。日本人の多くは一神教から程遠い民族だ。しかし、西洋は一神教により、この感覚を幾何学的なアプローチでそれを解明してくれたスピノザの登場を待つしかなかったのかもしれない。

この物語は、ネオヒューマンが知性だけの精神性の磨滅した人生から逸脱していくことで、精神の萌芽に目覚めるような気配を予感させる。うまく行かないかもしれない。そこは「ある島の可能性」へ辿り着けるかどうか、、、にかかっている。どうなるか、、、ネタバレになるので書かない。

同時に「ある島の可能性」には二重の意味がある。これこそがウエルベックが言いたかったことである。それもネタバレになるので書けない。ヒントとはダニエル1の書いた詩に存在している。

そして、この物語のテーマであると僕が考えている人間の精神性の秘密に関しては、ウエルベックは物語の冒頭で書いている。

精神」の誕生に立ち会うのは、未来人においてほかならない。(P18)

しかし、未来人でなくても、スピノザが書いた「エチカ(エテイカ)」により、解明できてしまう。であれば、2000年以上の時空を経て解決させるより、1600年代にスピノザが解明していたことになる。これは何を意味するのか?これを考えていくと、かなり哲学的な思索に陥る。

ウエルベックは、このような複雑な構図を用いることで、人間について探求しようとしているのである。何故ならば、ウエルベックは現代のバルザックになりたいのである。

僕は本来、人生、社会、諸々を良く知る人間だ。ただし僕の知っている人生、社会、諸々は、人間という機会を動かす最も日常的な動機のみに言及した、一種の日曜版であり、僕のビジョンは、「社会現象を辛辣に観察する者」のそれ、ミディアムライト版バルザックのそれだ。(P166)

僕の選んだ制限のあるジャンルでは、たとえ一生かかっても、バルザックがたった一冊の小説に書いたことの十分の一も表現できない。その一方で、自分がいかにバルザックに負うところが大きいかもよくわかっている。(P423)

僕は、この「ある島の可能性」を読了したため、翻訳されているウエルベックの作品で読むものが無くなってしまった。この後、僕は何に熱中すればよいのだろう、、と考えていたが、バルザックを読めば良いのだと、安心した。だって、ウエルベックはバルザックになりたいのだから。次のウエルベックの新作がでるまで、バルザックを読み進めれば良いのだ、、と嬉しくなった。

バルザック ポケットマスターピース03 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
野崎 歓,Honor´e de Balzac
集英社

そして、先日購入していた、バルザック ポケットマスターピースに収められている「浮かれ女盛衰記 第四部」をパラパラ読んでいて、あっ!と声を出してしまった。驚いてしまった。

なんと「浮かれ女盛衰記 第四部」で主人公(か主要人物である)リュシアンの愛人(恋人)の名前が、エステルなのだ。どんな男も痺れさせられる美貌で妖艶な女性として描かれているようだ。

そして、小説「ある島の可能性」で主人公ダニエルが愛した女性の名もエステルである。こちらのエステルも美貌で妖艶な女性として描かれている。ダニエルは性愛に溺れ、精神的にも愛してしまうのである。つまり、ウエルベックはそこまでバルザックを敬愛していると言っても良いだろう。

続く。


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