夏井いつきさん、今日のブログで「怒り」について語っている。
夏井さんご本人は、意外にも気が長く、怒りを外に爆発させることはほとんどないという。
その「怒り」については色々な怒りがあるといい、それを色や形等で表現している。
赤い怒り、鋼色の怒り、粘り気のある怒り、乾いた怒り等々。
そして
「自分のために怒る時、他人のために怒る時、社会のために怒る時、平和のために怒る時、それぞれの「怒り」の粒の色は違う。」と。
また
「俳句の尊厳のために怒る時、その「怒り」の粒は果たして何色なのだろうと思う。」と。
怒りについてこんなふうに色々考えてみるのは、面白い。
そういえば、昨日の夕刊の西田小夜子さんのエッセー「妻と夫の定年塾」は、
不満ばかり言っている友達(男性)のお話。
そのなかで「年金が減額されることへの怒りを延々と聞いて、くたびれた。」とある。
そして、高齢者が増えて予算が追いつかないと言われれば、我慢するしかないじゃないかと言う。
だけど、そうかなあ。
確かに、いつもいつも不満や怒りを聞かされるのは堪らないけど、でも必要な怒りもある。
夏井さんのいうように、社会のために、平和のために、怒らなければいけない時もある。
我慢が必ずしもいいとはいえない。
怒りはちゃんと伝えななければと思う。
個人的な怒りを伝えるのはとても苦手だけど。
色々ある「怒り」。
私も自分の怒りがどんなか、考えてみよう。
随分いっぱいあるけど。
夏井さんご本人は、意外にも気が長く、怒りを外に爆発させることはほとんどないという。
その「怒り」については色々な怒りがあるといい、それを色や形等で表現している。
赤い怒り、鋼色の怒り、粘り気のある怒り、乾いた怒り等々。
そして
「自分のために怒る時、他人のために怒る時、社会のために怒る時、平和のために怒る時、それぞれの「怒り」の粒の色は違う。」と。
また
「俳句の尊厳のために怒る時、その「怒り」の粒は果たして何色なのだろうと思う。」と。
怒りについてこんなふうに色々考えてみるのは、面白い。
そういえば、昨日の夕刊の西田小夜子さんのエッセー「妻と夫の定年塾」は、
不満ばかり言っている友達(男性)のお話。
そのなかで「年金が減額されることへの怒りを延々と聞いて、くたびれた。」とある。
そして、高齢者が増えて予算が追いつかないと言われれば、我慢するしかないじゃないかと言う。
だけど、そうかなあ。
確かに、いつもいつも不満や怒りを聞かされるのは堪らないけど、でも必要な怒りもある。
夏井さんのいうように、社会のために、平和のために、怒らなければいけない時もある。
我慢が必ずしもいいとはいえない。
怒りはちゃんと伝えななければと思う。
個人的な怒りを伝えるのはとても苦手だけど。
色々ある「怒り」。
私も自分の怒りがどんなか、考えてみよう。
随分いっぱいあるけど。