社会人から教員に ~40代後半での教員採用試験体験記~

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悶々の日日

2011-01-29 06:54:00 | 教員採用試験
二次試験の日の夜、高校時代の部活のOB会に出席。もし私の試験日が22日だったら参加できないところでした。とりあえずは肩の荷をおろしての飲み会で、久しぶりのお酒は美味でした。

22日の日曜は直前追込みで散らかった部屋の片づけや家族サービスなどをして過ごし、私の「2010年の夏休み」が終了。翌23日月曜からは通常勤務に戻りました。会社では表面的にはいつも通りの仕事をしていましたが、心はすでに教員志向です。ですので、気持ちのコントロールには正直苦労しました。不合格だった場合は当然勤務を続けますので、もちろん受験は職場には内緒。教採チャレンジを話していたのは、同じ部署の同期の友人にだけでした。昼食時の社員食堂で彼と二人になれた時にだけ小声で状況を報告する、でもそれだけでも結構気持ちが楽になりました。

合格発表までは二か月間の待ち。最初の一か月くらいは「やれるだけのことはやった」「手ごたえあり」という思いと、試験勉強からの解放感で、比較的早く過ぎた気がします。ところがその後は「面接のあの質問はどういう意味だったのだろう」「あの発言はまずかったかも」などと悶々とし始め、時間が経つのがものすごく遅く感じられる日々が続きました。

その時期にとても救いになったのは、インターネットで見つけた、諸先輩方の教採受験ブログや教採関連掲示板等での書き込みです。
「自分と同じ体験や思いをしてきた人たちがたくさんいる」
そう思うと気持ちが少し穏やかになりました。そして同時に、「合格していたら、来年以降受験する方々のために、自分も教採体験ブログをやる!」と決意したのです。
・・・・それがココです(笑)。

ようやく合格発表日の10月22日がやってきました。発表時間は午前10時。その時間に合否を知る方法は、都庁第二本庁舎1階臨時窓口の掲示を見に行くか、東京都教育委員会ホームページを見るかのどちらかです。この日は金曜日なので、都庁に行くには年休ないし半休を取らないといけません。それに、合格していたら良いのですが、落ちていた場合は周囲からの視線に耐えられそうもありません(←我ながら軟弱ゥ^^;)。よって、一次発表時と同じく、勤務時間中にこっそりとPC上で確認することにしました。

発表時間少し前に、もはやお馴染みの「東京都教員採用選考の案内」ページを開き、時々更新して確認。10時ほぼぴったりに「平成23年度 東京都公立学校教員採用候補者選考 最終結果発表(合格者受験番号一覧)」というPDFデータが掲載されました。震える手でクリック。この時ほどPDFが開くまでの時間が長く感じられたことはありませんでした。そして私の目に入ってきたのは・・・・。

すみません、ここで「以下次回」と相成ります。

欧州世界遺産の旅

2011-01-27 01:38:00 | 欧州世界遺産の旅
前回から少し間があいてしまいました。実は1月17日から26日まで、欧州世界遺産の旅をしてきたからです(正確には「世界遺産等」ですが)。

行程は、ドイツ:ベルリン、ケルン~ベルギー:ブリュッセル~フランス:パリ、ベルサイユ~イタリア:ローマ、ナポリ、ポンペイ。4月からの社会科教員生活に備え、これまで行ったことがなかった欧州大陸の主要都市と世界遺産を直接この目で見て体験するとともに、教材用画像を撮影するのが目的です。加えて言いますと、行きと帰りのエア以外の移動手段は鉄道で、ドイツ特急ICE、フランス特急TGV、パリ~ローマ間の寝台列車アルテシアナイトの個室、各都市の地下鉄等を体験するのも目的でした。(なお、英国は2回行って主要都市や遺跡を体験済みです)

今回見た主なものは、ベルリンの壁、ペルガモン博物館、ケルン大聖堂、EU本部、パリの主要美術館&寺院&建造物、ベルサイユ宮殿、ローマ市内の遺跡群、ポンペイ遺跡、ヴァチカン等。今後は時々、この欧州旅行記も書いていこうと思っています。

教員採用ジャンル記事の次回は、二次試験が終わって合格発表を待つ頃のお話になる予定。恐れ入りますが、もう少々お待ちください。

二次試験!

2011-01-16 06:29:00 | 教員採用試験
2010年8月21日土曜日朝、私の二次選考日です。連日の猛暑のため、地上を歩く距離を最短にしようと会場最寄の地下鉄駅で下車。「車では何回も走ったことのある地域なので迷うことはない」と思っていましたが、緊張のためか、地上に出た途端に方向感覚がおかしくなりました。少し周囲をうろうろして、ようやく知っている建物を発見し、幸いにも2~3分ロスしただけで会場に到着。早めに家を出ていたので問題なかったのですが、前日までに場所を下見しておけば良かったと感じました。

控え室は3階の大きな階段教室で、受験番号の若い順に、集団討論を行う5人ずつがグループ分けされ、横一列に座って待つ形。各人にはやはり受験番号順にA~Eの記号が付けられ、受験者は集団面接(討論)中は記号で呼び合います。私はEでした。教室に入ると、仲良くなった予備校仲間達を見つけて、エール交換。これでかなり気分が落ち着き、「友達っていいもんだなぁ」と実感しました。

見たところ、番号前半のグループは若い人が多く、私も含む番号後半のグループは年齢層が高めです。そもそも受験番号自体が、まず一般選考、次に特例選考の各種類、という順番になっているので当然なのですが(集団討論時に、私が入ったグループは5人とも講師ないし社会人であることがわかりました)。左隣のDさんと挨拶して情報交換しているうちに、試験の段取り説明の時間に。すると「会場では私語厳禁」との事で、以後はDさんとも話ができなくなってしまいました。

説明の概要はだいたい以下の通りです。
・今日のスケジュールの案内:説明終了後、グループ別に集団面接40分。その後、Aさんから順番に個人面接30分。終了後は自由解散。・・・・つまり、Eの私は2時間待ち!ということ。
・出欠確認:スタッフ1人が3グループを担当し、受験票の写真で本人確認。欠席者がいたグループは間を詰めて4人グループに(Dの人が欠席の場合、間を詰めてEの人がDに)。
・面接票回収(前のグループに、回収直前まで書いている人がいて驚きました)。

やがて時間になり、スタッフの誘導で面接会場に移動。いよいよ集団面接の開始です。会場は各教室で、面接官は3人。年齢的には皆さん50歳前後のようです。各人の受験票確認後、着席し、A4サイズの紙が1枚配られました。問題文か?、と思いきや、これがただの白紙。昨年までの情報では問題文が記された紙が配られると聞いていたのですが、今回は「問題を口頭で伝えるのでメモしてください」というやり方でした。社会人特例選考の論文問題が2パートで書くように変わったことに続いての変更で、今後も毎年、少しづつ出題方法の改変があるのかもしれません。

私の入ったグループに出題された問題は下記のとおりです。
「皆さんはある学校の同じ学年の学級担任とします。あなたの学級(学校)に、得意なことや好きなことには集中できるが、苦手なことには取り組もうとしない子供が、複数進級してきました。あなたは担任として、この問題を解決するために、どのように取り組んでいきますか。考えをまとめて発表してください。考えのまとまった人から、挙手をして発表してください。
<受験者ひとりずつの発表>
さて、皆さんが同じ学年の学級担任として、同じ問題を抱えていることがわかりました。学年で協力して解決するために、皆さんはどのように取り組んでいきますか。意見をまとめてください。話合いの時間は20分間です。時間内にまとめてください。全体の進行は皆さんにお任せします。話合い終了後、全員に、話合いに基づく質問をします。では、始めてください。」

・・・・なぜ、こんなにも正確に問題文を書けるかというと、下記サイトに公開されているからです(笑)。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/23senko/mondai_niji/mensetu_kadai.pdf

問題自体はこれまで勉強&対策してきた範囲内のものだったので、自分の意見はすぐまとまり、予定どおり2番目に発表しました。話合いの方は「抑え気味に」と思っていたのですが、他の皆さんがかなり「引き気味」だったため、結果的に私が「進行&まとめ役」に。それでも、独りよがりにならないように気を付け、時間内でメンバー総意の意見はまとめられたので、「まあ限度内には収まったかな?」という感じです。話合い終了後の質問は、「自分の意見は言えましたか」「討論にどんな感想を持ちましたか」「こう発言した理由はなぜですか」などで、私には「この討論で一番気を付けた点は何ですか」でした。

終了後、机にA4用紙を置き、個人面接順が一番目のAさんだけを残して4人が控え室に移動。この時点で時刻は10時すこし前。ここから、個人面接のための、なが~い待ち時間の始まりです。私語厳禁のため、やれたことは、自己PRや単元指導計画の説明等の反復、持参した資料類の最終チェック、トイレなど。この時感じたのは「朝食をしっかり食べてきて良かった」ということです。

ようやく12時となり、スタッフの誘導で先程の集団討論と同じ教室に向かいました。教室前の廊下に置かれた椅子に座り、しばし待機していると、Dさんの面接が終了し、小声で「お疲れさまでした」と挨拶。Dさんは帰っていきます。そして数分後、面接官の一人の方が中から戸を開け、一緒に入り、私の個人面接が始まりました。

私への質問は30項目以上。全部書くと長くなるので、主な内容のみ記載します。
・東京都を志望した理由。どのような教師を目指したいか。自己PRを1分ほどで。 
・単元指導計画の内容について、この単元を選んだ理由、狙い、工夫などの観点で2分程度説明を。
・入社以来の経歴を簡潔に説明を。その仕事で教職に活かせる要素は。
・特技の中で教員として貢献できそうなものは。 
・PTA会長として、何に一番注力したか。どうやって仕事と両立させたか。教員に何を一番求めたいか。
・教員として生徒に夢を与えたいと言っていたが、具体的に、生徒に夢を持たせるために何をするか。 
・そうしたことがうまくいかない時、悩んだときはどうするか。
・校内の人間関係が良くなく、他の職員に相談ができない、協力が求められない学校だったらどうするか。
・良くない状況の時に必要なものは何だと思うか。
・最後に、つけ加えたいことがあったらどうぞ。

個人面接は30分と聞いていましたが、最後のEさんだったからか、私の場合は35分位。自分の思いを真摯に、熱意を持って語った、濃密な時間でした。教室を出て階段を下りると、嬉しいことが。先に面接が終わった予備校仲間が2人、玄関で私を待っていてくれたのです。

会場を出ると、真夏の昼の強烈な日差しが照りつけましたが、暑さより、全力を出し切った後の達成感の方が大きく感じられました。自分の面接の様子をおしゃべりしながら駅に向かって歩く3人は、まるで定期テスト後に一緒に下校する男子高校生グループのようなノリ。
「で、手ごたえはどうでした?」
そう聞かれた私は、ためらうことなく、こう答えていました
「自分の全力は出したよ。あれでダメだったとしたら、来年どこを直せばいいかわからない。」

駅前の食堂で遅めの昼食をとり、結果を報告しあうことを約束して別れた3人。大好きなドラマ「俺たちの旅」の、各回最後のシーンみたいな光景だなぁ、などと思いながら、二次試験が終わったのでした。

合格発表は、約2か月後の10月22日(金)午前10時。本当に長い、なが~い、待ち時間でした。・・・・以下次回です。

二次対策と受験仲間

2011-01-09 12:08:00 | 教員採用試験
東京都教育委員会発行の実施要項には教採第二次選考について「①集団面接②個人面接」としか書かれていませんが、当日は特技や資格、職歴、東京都の教員を志望する理由等を記載した面接票と、受験教科の単元指導計画を作成し、指示された枚数のコピーをとって持参しなくてはなりません。予備校ではレギュラー講義での面接対策以外の有料オプションとして4月前半に「単元指導計画の準備法」、7月後半に「東京都面接票の書き方」の講義&面接票添削がありました。私はなにしろ初受験で教採情報に飢えており、「必要と思う情報は有料でも貪欲に取りに行く」方針でしたので、もちろんどちらも受講し、結果としてどちらも非常に役立ちました。

また、後期講座は6月で終了していましたが、河合塾KALSという予備校は非常に太っ腹で、一次試験終了後も受講生向けの無料講座が3回もありました。7月中ごろの二次試験対策の説明会、7月最終週の集団討論自主トレ、8月第一週の場面指導自主トレの3回で、全てがNチューターの熱血指導です。

クラスの他の方とは、講義が論文中心の頃は話す機会はほとんどありませんでしたし、面接対策がメインになってからも、私は自分が高齢受験生であることを気にして、必要最小限の会話しかしていませんでした。しかし、この頃になると、面接練習の中で個人個人が話す経歴や考え方を聞いて、徐々に顔なじみの方ができてきました。そこでわかったのは、色々な経歴を持った、幅広い年齢の方が教員を目指しているということ。その中で、私学、常勤ないし非常勤講師、塾講師等、何らかの形ですでに教鞭をとっている方が、「東京都の正規教員」を目指して受験するケースも多いことも知りました。

・・・・私がクラス最高齢であることも改めて確認できましたが(^^;)。

一次合格発表後は濃密な時間が続きました。

発表翌日の8月10日、有料オプション科目「2次試験対策」に申し込みました。各自治体の実施形態にあわせ、「2次試験で課される内容を採用試験に精通した講師が徹底指導(by案内チラシ)」するものです。東京都対応の開催日は8月12、13、14日の平日3日間でしたが、実は一次合格を信じ、社内で早めに「今年はちょっと事情があり」と根回しをして、8月12日から22日まで、それまでの会社人生で最長の夏休みを取得していたのでした。

11日、郵送で「第一次選考結果通知書 兼 第二次選考受験案内」が自宅に届き、二次選考実施日時は「8月21日午前8時20分集合(厳守)」と記されていました。場所は、自宅から50分ほどで行ける都立高校。勝負の日時と舞台が決まりました。

12日からの「2次試験対策」は、同じ受験校種・教科の生徒による、本番試験さながらの少人数制指導で、自分も他の方もどんどんレベルアップしていくのがよくわかりました。そして3日間一緒に頑張るうち、皆と今まで以上に打ち解けあい、自分が高齢受験生であることも気にならなくなり、ここでようやくこの予備校で本当の受験仲間を得ることができたのです(今ではすでに飲み会&メール仲間^^)。

15日から前日の20日の夕方までは、記録的な昨夏の猛暑の中、最後の追い込み。自宅では面接票と単元指導計画の仕上げ&教職教養・学習指導要領・各種答申・教育時事・場面指導等のおさらい、17日夜は予備校の友人達との自主練、18日夕~夜はNチューター主催の最終自主トレ。そして最後の20日夜は、Nチューターとの最終個別面談。ほぼ仕上げた私の面接票と単元指導計画を読み、Nチューターは笑顔で「うん、良く書けてる。いけるよ!」。ほっとすると同時に、「1月後半のあの日、河合塾KALS通学を決めて本当に良かった」と心底思いました。試験対策が充実したばかりでなく、受験仲間までたくさんできたのですから。

・・・・しつこいようですが、私は河合塾からこの件について(以下略)。

8月21日土曜日、二次選考日の朝。この日も相変わらずの猛暑ですが、服装はもちろんダークスーツ。ネクタイは合格祈願&熱意を示す赤系を選択、カバンはこの日に合わせて購入した新品です。「心頭滅却すれば火もまた涼し!」と言い聞かせ、妻と子供たちに別れを告げ(大げさ?)、「いざ出陣!」したのでございました。

というところで、「待て次回」でございます。

震えながらも一次通過

2011-01-04 13:23:00 | 教員採用試験
新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年末をもって24年9か月勤務した会社を退職しました。今年は人生の新たなスタートの年となります。「生徒が夢を実現するための支援ができる教師」を目指して頑張ります。

さて、前回の続きです。一次試験の問題の内容自体は「想定の範囲内」だったのですが、出題形式が変わったのが「予想外」でした。前回までは「1260字を超え、1500字程度で具体的に述べなさい」だったのが、今回は「1及び2の項目別に論述しなさい」となっていたのです。問題全文を下記添付します。

平成22年7月  90 分  論 文 問 題(社会人経験者特例選考)

次の問題について、1及び2の項目別に論述しなさい。

各学校では、児童・生徒や保護者等の期待にこたえることができるよう、多様な資質・能力をもつ教師が連携・協働して、指導の改善・充実に取り組んでいます。

1 このことについて、児童・生徒の実態や社会的背景に触れながら、あなたの考えを750字程度で述べなさい。ただし、630字を超えること。

2 1で述べた考えに立って、あなたは社会人経験を生かして教師としてどのように実践していくか、志望する校種・教科等に即して、750字程度で具体的に述べなさい。ただし、630字を超えること。

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/23senko/mondai/mondai33.pdf

ただ、「予想外」とはいえ、実は予備校で「1500字の前半は考えを、後半は実践を書く」と教わり、試験勉強で書いた十数本の論文はすべてその構成だったため、まったく慌てませんでした。問題の内容自体も、それまで書いてきた練習論文のいくつかの主旨を、今回の問題文に正対するように少しアレンジすれば、充分対応できそうです。加えて、自分の社会人経験を生かせそうな「連携・協働」というキーワードが出題されており、直感的に「これはいける!」と思いました。

そう思ったとたん、なぜだかわからないのですが、急に指先が震え始めました。いつもと同じように問題文の余白部分に論文の構成を書こうとしても、シャープペンの先がぶるぶる震え、文字になりません。「手に汗」くらいは過去にもありましたが、ここまでひどい震えはまったく初めての経験でした。

「極度の緊張と過度な気負いにより、体に変調をきたした」
あの時の状態を私はそう分析していますが、定かではありません。とにかくそのままでは論文を書けませんので、シャープペンを置き、目をつぶって数回深呼吸することにしました。そして「ここはいつもの教室」「いつもの教室」と、頭の中で何回もつぶやきました。すると徐々に気持ちが落ち着き、指の震えも治まってきて、なんとか書き始めることができました。

書くスピードが上がってくると、いつも通り、あるいはそれ以上の勢いで書けて、あとはまとめの数行だけ、というところまでやってきました。
「やれやれ、ほぼ出来たな」
安心した途端、急にまた指の震えが始まり、今度はなかなか治まりません。試験終了時間はどんどん迫ってきます。早く書かなければ、と思う焦る気持ちが、さらに震えをひどくします。無理に書いた字は線がぶれていて、殴り書きのよう。

「このままでは、書こうと思ったまとめの文章すべては時間内に書けない」
その時思い出したのは、まとめが2行でもA評価が取れた、あの3回目の練習論文の経験です。とっさの判断で、残りの数分の半分を深呼吸タイムに使い、残りの半分の時間で、書こうと思ったまとめの短縮版を書くことにしました。こうして、なんとか試験時間終了ぎりぎりに、問題1が約770字、問題2がちょうど750字位の、まとめ部分の字が震える線になっていた論文ができあがったのでした。

一次の合格発表は8月9日月曜日の朝10時でした。もちろん会社は稼働日です。職種が広報でしたので、業務上、インターネットを常時見られる環境にあります。内容には自信があったので、「まとめが予定より少し短くて、そこだけ一部の字が震えていても、たぶん大丈夫」と思いながらも、やはりPDFが開くまでの時間は長かったですねぇ。自分の受験番号を確認した時には、思わず「ふぅ~」とため息が出ました。

同時に、あの会場にいた、たぶん私と同じ校種・教科を社会人経験者特例で受けた受験者の皆さんの合格率がかなり低いことに驚きました。会場キャパや一次合格発表資料の受験番号で想定される受験者数が欠席者含んで250人前後なのに、一次合格者はたぶん14人くらい。この時点ですでに17~18倍(応募者数ベース)です。予備校やネット等で得た情報では、一次でここまで絞られるとは聞いていませんでした。今回から社会人経験者の選考基準を厳しくしたのか、たまたま基準を超える受験者が例年より少なかったのか。

なお、同様の手法で私が勝手に推測した、私が受けた校種・教科の一般選考一次通過倍率(応募者ベース)は12~13倍で、こちらも相当の難関でした。

二次試験は8月21日ないし22日で、一次発表との間隔は2週間もありません。厳しい状況を実感しつつ、いよいよ最後の二次試験対策期間に突入したのでした。以下次回です。