気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

英国のメディア監視サイト・6-----大銀行の不正を報道自粛するメディア

2015年03月24日 | メディア、ジャーナリズム

前回に続き、今回もまた英国のメディア監視サイト『Media Lens』(メディア・レンズ)からの一文です。

現在、世界有数の金融グループHSBCが脱税幇助の疑いで話題になっていますが、これとは別の不正行為の件を英国メディアが広告収入の途絶を心配して報道自粛しているらしいことを伝える一文です。
槍玉に挙げられているのはデイリー・テレグラフ紙、サンデー・タイムズ紙、ガーディアン紙その他錚々たるメンバー、というか、ほぼ英国の大手メディアすべてです。


タイトルは
‘A Conspiracy Of Silence’ ----- HSBC, The Guardian And The Defrauded British Public
(「沈黙の共謀」----- HSBC、ガーディアン紙、欺かれた英国市民)


原文はこちら↓
http://www.medialens.org/index.php/alerts/alert-archive/2015/788-a-conspiracy-of-silence-hsbc-the-guardian-and-the-defrauded-british-public.html

(なお、原文の掲載期日は3月5日でした)


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‘A Conspiracy Of Silence’----- HSBC, The Guardian And The Defrauded British Public
「沈黙の共謀」----- HSBC、ガーディアン紙、欺かれた英国市民



『アラート』 2015年3月5日
By Editor


企業メディアはピーター・オボーン氏の辞任の話題からさっさと次の話題に移ってしまった。
同氏は英デイリー・テレグラフ紙の主幹政治コメンテーターであったが、HSBCの租税回避の報道に関し、同紙が購読者に対し「一種の詐欺」を働いた次第を明らかにし、その後、職を辞した(下の訳注を参照)。

(訳注)
この出来事は、ヤフー・ファイナンスでは以下のように伝えられています。

「広告ほしさにHSBC批判せず」=コラムニスト、抗議の辞任―英テレグラフ紙
2月18日(水)23時21分配信 時事通信
【ロンドン時事】英紙デイリー・テレグラフが広告ほしさに英金融大手HSBCなどへの批判記事掲載を押さえ込んでいたとして、政治コラムを担当する主幹コメンテーターのピーター・オボーン氏が抗議の辞任をしたことが18日、明らかになった。


HSBCのこのスキャンダルについては、しかし、調査報道を得意とするナフィーズ・アーメド氏が踏み込んだ報道をしている。内部告発者に取材し、報道機関と規制当局、司法当局をふくむ「沈黙の共謀」を浮かび上がらせた。さらには、同氏の文章によって、「世界に冠たるリベラルの声」と自負するガーディアン紙の浅はかな虚栄が浮き彫りになった。

まずは先月の話から。
企業メディアは、1社の注目すべき例外を除き、HSBCのスキャンダルを大々的に報じた。HSBCのスイス・プライベートバンキング部門が不正な脱税行為に大規模にかかわっていたとする(訳注: 詳しくはウィキペディアの「スイスリークス事件」などを参照)。上の「1社の注目すべき例外」とはデイリー・テレグラフ紙であり、オボーン氏が明かしたところによれば、同紙はHSBCからの広告収入を維持しようと懸命だった。

しかし、今や、アーメド氏はまた別のHSBCの不正行為-----「英国民にとってより身近な、総額10億ポンド(約1800億円)に達すると推定される、はるかに悪質な詐欺的行為-----について報告している。ところが、この件を企業メディアはほとんど素通りした。例によって例のごとしの理由からである。

内部告発者のニコラス・ウィルソン氏によると、HSBCがかかわった詐欺的な手口は、英国の著名な小売大手チェーンの店用クレジット・カードで、債務返済が滞っている買い物客に対して違法に過剰請求をするというもの。小売大手チェーンにはB&Qやディクソンズ、カリーズ、PCワールド、百貨店のジョン・ルイスなどが含まれており、この手口にあった英国市民は60万人におよぶと見られる。

ウィルソン氏がこの犯罪を公にした当時、同氏は Weightmans の債権回収の責任者であった。同事務所はジョン・ルイスに代わって業務を遂行する事務弁護士の集団である。しかし、ウィルソン氏が内部告発をおこなうと雇用主はウィルソン氏にクビを言い渡した。同氏は以来12年にわたってHSBCの不正行為を追及し、被害者のために公正な裁きをうったえてきた。この闘争によって「私の人生はだいなしになりました」。BBCのテレビ番組『ビッグ・クエスチョンズ』で短時間の登場をはたした際、ウィルソン氏はこう語った。これまでのところ、「主流派」メディアでこの件が取り上げられたのはこのBBCの番組だけである。

アーメド氏はこう述べる。「英国の消費者に対するHSBCの不正行為」の「もっとも気がかりな」点は、「英国の報道機関がそろってこの件を素通りしている」ことである、と。

さらに、

「ある場合には、果敢な調査報道を看板とする社がこの件を何ヶ月にもわたって追求し、下書きを複数準備したあげく、なんらの説明もなしに報道公開を見送った」と述べる。

この例には『BBCパノラマ』、『BBCニュースナイト』、『BBCマネーボックス』、『BBCラジオ5ライブ』、『ガーディアン』紙、『プライベート・アイ』誌、『サンデー・タイムズ』紙などの名があげられている。

直近の例は『サンデー・タイムズ』紙である。つい何週間か前、同紙はHSBCのこの件について大々的に報じようとしていた。しかし、寸前で「どういうわけか掲載が取り下げになった」。
アーメド氏は述べる。

「HSBCは『サンデー・タイムズ』紙の各種の企業ランキング表の主要スポンサーである(表を提供しているのは「ビジネス交流企業」のファーストトラック100社)。たとえば、『サンデー・タイムズ・HSBC・トップ・トラック100』の冠スポンサーであり、『サンデー・タイムズ・HSBC・インターナショナル・トラック200』も6年にわたり冠スポンサー、『サンデー・タイムズ・トップ・トラック250』も以前に7年間冠スポンサーを務めた」

アーメド氏によると、没にされた記事の書き手である記者に同氏は説明を求めたが、返事はないままということである。


[「世界に冠たるリベラルの声」…… が声を失う]

しかし、ガーディアン紙ならば、他の新聞社が踏み込むことをおそれる領域に果敢に足を踏み入れてくれるだろう。なにしろ-----アーメド氏の言葉を引けば-----ガーディアン紙は、

「HSBCが同紙との広告契約を『一時停止』にしたにもかかわらず、HSBCスイス部門の上記のスキャンダルを報道したことで鼻高々だったのだ。
ところが、あにはからんや、英国での不正行為を暴露したウィルソン氏の一件は紙面を飾ることはなかった。どうしてだろう」

おそらくこの疑問に明確に答えることはできないだろう。けれども、アーメド氏が指摘したように、ガーディアン紙は「HSBCから巨額の広告収入を得ている。それはテレグラフ紙のそれをさえしのぐ額」であるが、「ガーディアン紙にこの事実が記載されることはないであろう」。同紙とHSBCとの「協力関係」は、同紙が米国市場への参入を図る際にも資金面ですこぶる重要な役割をはたした。この事実はガーディアン・メディア・グループの昨年の財務報告書から明らかである。

ガーディアン紙とHSBCの関係は、しかしながら、広告関係にとどまらず、同紙の企業構造にまでおよんでいる。昨年12月にアーメド氏がガーディアン紙から縁を切られた際、本サイトが指摘したことであるが、同紙の報道の自由はスコット・トラスト・リミテッドの庇護によって確保されていると一般にイメージされている。しかし、同社は、2008年に令名の高かったスコット・トラスト(信託組織)に取って代わった会社である。本サイトは次のように書いた。

「かかる次第であるから、同紙は、一見したところ、あたかも企業組織ではないかのような印象を人にあたえる。しかし、実際は、同紙を所有しているのはガーディアン・メディア・グループであり、その運営は大きな影響力を有する取締役会のメンバーが指図している。彼らはエリートであり、銀行や保険会社、広告会社、(中略)、その他、大規模な事業会社や金融会社などで働いた経歴を有する、広い人脈を誇る人間たちである」。

アーメド氏はもっと深く踏み込んで、ガーディアン紙とHSBCとの組織間の結びつきを、過去と現在の両面にわたって、具体的に明かしている。たとえば、スコット・トラスト・リミテッドの取締役会長はリズ・フォーガン女史であるが、女史はセント・ジャイルズ・トラストと大英博物館の運営に関与している。HSBCはこのいずれにも「後援者に名を連ねている」。

また、フォーガン女史とならんでスコット・トラスト・リミテッドの取締役会のメンバーであるアンソニー・ザルツ氏についても注意を喚起しておきたい。同氏はベテランの投資銀行家で、ロスチャイルドの取締役副会長を務め(末尾の訳注を参照)、N・M・ロスチャイルド・アンド・サンズの取締役でもある。以前には、「マジック・サークル」と呼ばれる英国の大手法律事務所のひとつ、フレッシュフィールズ法律事務所に所属し、顧問弁護士として活躍していた。このフレッシュフィールズ法律事務所の長年の主要顧客のひとつはHSBCである。

スコット・トラスト・リミテッドの取締役会にはフィリップ・トランター氏の名前も見出される。同氏はかつてボイズ・ターナー法律事務所のパートナーであり、同事務所で会社法をあつかう部署の長を務めていた。HSBCはこの事務所の顧客のひとつであった。

スコット・トラスト・リミテッドの取締役会のメンバーは、HSBCとの過去および現在の関係だけにとどまらず、産業界や金融界のエリートたちと幅広いつながりを有している。たとえば、ジョナサン・スコット氏などがその例だ。同氏はアムバック・アシュアランスUKの取締役会長であり、以前はKPMGコーポレート・ファイナンス社の取締役であった。アムバック社は「サブプライム住宅ローンに由来する経済危機の震源地のひとつで、危機の顕在当初から自己保身に走り、不正行為にかかわった」会社である。

同様に、取締役会のメンバーであるアンドリュー・ミラー氏は、自動車売買情報誌『オートトレーダー』の発行元のトレーダー・メディア・グループで最高財務責任者を務めていた。同社は、昨年の初頭までガーディアン・メディア・グループと大手未公開株式投資会社のアパックス・パートナーズが共同所有していた。そのアパックスのファンドでディレクターを務めていたデビッド・ステイプルズ氏は現在、HSBCプライベート・バンク・リミテッドの取締役である。ガーディアン・メディア・グループがトレーダー・メディア・グループの50.1パーセントの株を売却しようとした際、助言サービスを提供した会社の中には、上記のアンソニー・ザルツ氏の元勤め先であるフレッシュフィールズ法律事務所の名前がある。同事務所はまた、銀行業界の競争をめぐる政府の昨年の調査の際にHSBCに助言をおこなっていた。

同様の例はひきもきらない。地味な慈善活動団体的イメージなどとんでもない。ガーディアン紙は強大な産業界と金融界のエリートたちの人的なつながりの中にしっかり根を張っている。

以上の事情がガーディアン紙の報道におよぼす作用についてアーメド氏は注意をうながす。
すなわち、その取締役会のメンバーは、

「『利益を追求する事業体として』ガーディアン紙を運営する一方で、『財務上、編集上の独立性』を確保するという芸当を要求される。しかし、それは、HSBCの一件が示しているように、究極的には両立し得ない目標なのだ」。

ウィルソン氏が暴露した英国におけるHSBCの不正行為をアーメド氏はこう要約する。それは「この国でこれまで露見した銀行の不正行為の中で最悪、最大の事件であり、これに比べれば、暴露されたスイスの一件はチンケなものにすぎない」。

にもかかわらず、この不正行為を「自由な報道界」はまったく無視した。本サイトはレクシス社の新聞データベースを調べてみたが、この件を取り上げた記事はひとつとして見つからなかった。特筆すべきことに、アーメド氏の記事は3月2日に掲載されたのであるが、この丹念な調査報道には企業メディアの側からいっさい反応がなかった。リベラル派ジャーナリズムの「亀鑑」と目されている、「さすがの」ガーディアン紙も知らんぷりをしたのである。

本サイトはガーディアン紙の編集長アラン・ラスブリッジャー氏にこの件について問いただすつもりでいる(同氏はまもなく編集長を辞する予定。また、2016年にフォーガン女史に代わってスコット・トラスト・リミテッドの取締役会長に就任する見込みである)。しかし、同氏はこれまで長年の間こちらの電子メールに返事を寄こしたことはないし、ツイッターでも私たちをかなり前からブロックしたままである。おそらくその理由は、本サイトが「権力の守護者」としての同紙のプロパガンダ機関的役割を再々指摘したことにとうとうがまんできなくなったからであろう。最終的に堪忍袋の緒を切らせたのは、ノーム・チョムスキー氏の名を貶めようとする、同紙の2005年の不誠実な試みを本サイトが鮮明に衝いたことであるらしい。

しかしながら、今週、本サイトの閲覧者のひとりがラスブリッジャー氏に問いただしたとき、同氏はめずらしく返事を寄こした-----いささか韜晦気味のものであったけれども。その人物は、ガーディアン紙を実際に所有しているのはトラスト(信託組織)ではなく営利企業であると知り、「だまされた」と感じたと伝えたのである。それに対してラスブリッジャー氏はこう返した。

「見かけも泳ぎ方も、鳴き声もふるまい方もトラストのごとくです(下の訳注を参照)。しかし、もちろん、慈善団体ではございません。また、HSBCとも関係ございません」。

(訳注: 原文は It looks, swims, quacks and acts like a Trust です。これは、慣用的な言い回しの If it looks like a duck, swims like a duck, and quacks like a duck, then it probably is a duck.(ある鳥が鴨のように見え、鴨のように泳ぎ、鴨のように鳴くならば、それはたぶん鴨である)をもじったもの)

ラスブリッジャー氏は「また、HSBCとも関係ございません」とおっしゃる。善意に解釈すれば、同氏は、ガーディアン紙の編集長でありながら、アーメド氏の記事が明らかにしたような自分の同僚の取締役会のメンバーとHSBCとのつながりをさっぱりご存じないということであるらしい。

アーメド氏自身はラスブリッジャー氏にツイッターで直接こうたずねている。

「『スイスリークス』をガーディアン紙が報道したのはあっぱれです。しかし、よりビッグな、10億ポンドにおよぶ英国での不正行為を無視するのはなにゆえでしょう?」

この文章を書いている今現在、ラスブリッジャー氏からはまだ返事がない。


デビッド・クロムウェル


[推奨される行動]

メールを送ってみましょう。

アラン・ラスブリッジャー(ガーディアン紙編集長)
電子メール: alan.rusbridger@guardian.co.uk
ツイッター: @arusbridger


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[その他の訳注]

■訳文中の

「~ロスチャイルドの取締役副会長を務め~」
の部分の原文は、
(he is a)executive vice chairman of Rothschild
です。

ですが、この executive vice chairman of Rothschild の Rothchild は、正確には何という企業または組織を指しているのかわかりませんでした。

(確かにガーディアン・メディア・グループのサイトには、
Anthony is an executive vice chairman of Rothschild and director of NM Rothschild & Sons Ltd.
http://www.gmgplc.co.uk/st_board_members/anthony-salz/
と記載されていますが。
本メディア・サイトの文章は、この記述をそのまま写したのだと思われます。
一方、NM Rothschild & Sons Ltd の方は、ウィキペディアその他にも、「N・M・ロスチャイルド・アンド・サンズ」とちゃんと出ています)


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