おはなしきっき堂

引越ししてきました。
お話を中心にのせてます。

ごほうび

2019年05月11日 | 絵日記


サクランボ収穫。
この袋以外にも採れたがお腹の中に入った。
すっぱ美味しい。
今年はたくさん出来た。
残りは鳥さんの食料に。

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めったに我が家ではない。
3か月に1回あるかないか。
ない時は忘年会ぐらいしかない。
社内旅行に行っても日帰りで帰ってきて食べる。

朝、弁当を作って送り出した後
貴重な日なので、思いっきりゴロゴロすることにした。

昼は巻き寿司買ってきて、カップうどんと一緒に食べた。
夜は・・・

レンジでもオーブンでも使える小さい鍋がありそれで作る。
夜にパンなんておとーさんがいるときはありえない。

それにしても、不意に訪れた私の自由な日。


きっと神様がプレゼントしてくれたのかと。

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専業主婦に今のところなった。
一度仕事を辞め息子が大学に入るまでの4年間も専業主婦だったが(その間1年間ほどは収入自体はあったが)その時ののように大量のご飯の用意をするわけでも、また大量の洗濯物をするわけでもない。
また、学校などのPTAや行事に行くのもないし、当分自治会の役にも当たらない(息子が大学受験の時にやった)
当時よりは多分時間はあると思う。
高齢の親たちがいるせいもあるし、やはり収入はかなり少ないので、出来る限りご飯は作るのでそこそこ忙しいが。
息子が就職したので、昼に安いランチぐらいは週に1度ぐらいは私個人の今までの収入でのへそくりで出せるが、やっぱり作らないと家計はもたない。
でも、がむしゃらにフルで働いていた頃より、今の方がずっと家計が楽だ。
残業してて・・・それでも子供がアトピーでアレルギーがあったので、食事も手作りしていたのに。
まあ、何にお金が行っていたのかは、当時「大魔王」と呼んでいたおとーさんに流れていたのだが・・・。
私が家に居るようになって(在宅仕事をしている時も)すべてが改善した。
一体、ヘロヘロになりながら働いていたのはなんだったのか?ってぐらい。
もちろん家計のために働いていたのだが・・・。
おとーさんと言う人は、「嫁」が家にいないと駄目な人・・・いや教育を受けた人だったのだと思う。
また義父が大手企業の社員で比較的安定して、義母も専業主婦だったので、その姿を見てこれが普通だと自分の収入を顧みないで思っていた。
今は共働きの家が増えた。
私が、子どもを保育園に預けて働き始めた頃は会社の男性社員に「むごい事をする」と面と向かって言われ、自転車に保育園に送るため息子をのせて走っていると知らないおじさんに「かわいそうに」とか言われた。
時代は変わったが、うちのおとーさんもその世代の人だ。
今更、その考えを変えるのは難しいが、子どもにはそうはならないように教えてきたつもりだ。
今、世の中が変わればいいのか?
まだ、共働きの過渡期なのだろうか?
私自身も昭和の人間だ。
大工だった父の収入で母は専業主婦だった。
だから、料理は女がするものだと育った。
若い世代に自分の物差しで口を出さないようにしないとと思う。
ただ、まあ私たち夫婦は長い年月で自分たちの生活の習慣やルールがそれなりに出来、それを変えるつもりはない。
私が家に居ることで落ち着いた。
それでいいのじゃないかと思い、時間をありがたく受け入れる事にした。
世代、時代で変わって行くのだろう。

息子からさっき電話がかかってきた。
「やっと一昨日定時で帰れたわ~」と言うので
「いつも何時?」と聞くと
「6時ぐらいかな(5時定時)」と。

「なんだ1時間ぐらいの残業で」と言いそうになるのを引っ込めた。
定時に帰るのは当たり前なのだ。

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コブちゃんはおきている時はじっとしていない。
でも、朝ぼーっとしていた。


眠たかったらしくすぐにこの後寝ていた。
寝ているか、走っているか・・・こんな猫も珍しい。
コメント
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