１０．夕暮れ

　昼は温かいが、夜になるとヒンヤリとした風が部屋の隙間から入り込んでくる。
　アパート四畳半の狭い部屋、薄い壁から甲高い声で、怒鳴り声が聞こえてきた。
　「お前なんか生まなきゃよかった。どっかに行ってろ。」ガタンと机をひっくり返すような音が響いた後、錆びれた玄関のドアが開いた音がした。そっとドアを開けて見ると、耳が片方ちぎれたウサギを抱いて、裸足の少女がいた。涙目で、じっとこちらを見ている。
　隣に住むおじさんが、ドアを開けると、足元に抱きついた。
　「また、お母さんあれてるのか？」
　「うん。」今にも泣きだしそうなその顔を見てると、いたたまれない。シングルマザーの母親は、酒が入ると暴れる癖がある。若い男も連れ込んでは、子供を置いて夜遊びに行っている。
　「ちょっと入っていくか」と部屋に入れる。
　「こんな寒い日に追い出すなんて、どういう母親だろ。今ストーブつけたから、こたつに入っとき。」
　震えながら少女は、「お母さんは、悪くない。私が、生まれて来たのが悪いの。」机に置いたウサギに向かってか細い声で呟いた。
　「馬鹿なこと言うな。」おじさんは、優しく抱きしめた。
　「おじさん痛いよ。」窓のカーテンレールには、作業着が干してあり、小さなテレビからは、わざとらしい笑い声が聞こえている。
　「ごめんな。おじさんは、何もしてやれなくてごめんな。」おじさんの温かくて、硬い腕に、少女の涙が一筋流れた。