昨年末と同じことを今年末も繰り返す。昨年のまとめを読んでも今年と何も変わらない。進歩が無かった。これでは来年末も同じことを繰り返すのだろう。彼らの目的は「行政との闘争」であり、「ホームレスの支援」でないというのも丸わかり。支援のための改善は今年も行われなかった。来年もきっと。
誰かのRTで知り、一部のツイートだけ取り上げているようだけど、他のメニューの話もしているんですよ。一部だけを見て全体を語り、知った気になることは危険です。 RT @mkmk38: カレーの話をするよりも、どんなメニューを提供するべきかを考える事の方がコストがかかるし利益も少ない
RTというシステムのせいもあるけど、話の流れ全体を追わず、一部だけを取り上げて「こいつはひどい」っていう人たちが多いんですよ。「ひどい」という前提で誰かに拡散する場合、その「ひどい」に不都合だったり、そのひどさを否定する部分は取り上げないので、結果的に本来の話とは違ってくる。
最初から頭に血が上って、ケンカ腰のクソリプ入れてくるような人は100%それと言っても過言ではない。会話の全体を見てない。元々のツイートはどういうものだったのかチェックするなんて、そんな面倒なことはせず、一部のみを見て義憤に燃えるって感じだもの。
カレー話は丸2日ぐらいのスケールになってしまったから、全体を追いかけるのはそりゃあ面倒だろうけど、一部だけ取り上げて全体像を語れるようなものでもない。でも批判的な人はその一部、10%にも満たない部分で全体像と受け取り、批判を展開するわけだから。
なんつーか、反xxな方には以前からそういう傾向の人が本当に目立つんですよ。自分のことに限らず、他の人のところでも。頭にも血が上りやすいし、冷静さも失いやすい。結果として的外れな判断をしたり、ガセにつながりやすい情報を拡散させる一因にもなる。基本は無関心なので、投げっぱなしにする。
「起承転結」の「起」だけを見ても、「承」だけを見ても、「転」だけを見ても語れない。「結」だけ見てすべてを知った気にもなれない。プロセスを省いているわけだから。
バトルに発展してしまったようなものだと、最初から最後まで追わないと全体像が把握できないし、重要な部分がそうではないやり取りの中に埋没するからね。それをちゃんと考えられたり、認識できる人は一部だけで全体の判断なんてしないもの。そうでない人が過度に騒ぎ立てる。
RTで気になるツイートが流れてきても、そのRTだけを見てまた拡散するのではなく、元ネタを出している人に当たることが重要です。パクツイが無くならないのも、この作業を怠って、目にしたツイートを再拡散するスピードを優先しているからです。元ネタに当たれば少なくともその区別はつく。
受ける側にとってセンセーショナルな内容のツイートは、「早くこれを他の人に広めたい」いう思いに駆られやすいけど、場合によっては事実無根のデマを拡散させてしまうことにもなるのです。話の一部だけを切り取ってしまってもそういうことにつながりやすい。これが受け手のリテラシーに左右される。
…って、こういう話も「一部だけが切り取られてRTされていくんだろうなあ」と思うと頭が痛い。全体像を見ることの面倒さを嫌い、ごく一部しか見ないで話をしようとするから。そしでそれで全体像を知った気になってしまう」から、結果として頓珍漢な判断にしか至らないということも多々あるんですよ。
あとは「自分が信頼できる人が言っているのだから間違いない」と、自身で考えるプロセスをまるっと排除して、そのまま拡散する人も多いけど、実はこっちの方が厄介。自分の思想に完全合致した、反対側の意見を一切含まないタイムラインを構築した人にこの傾向が目立つ。
カレー問題ではいつも以上にエゴサーチを掛けたけど、批判的な人は本当に一部分しかRTしていないし、他の誰かから回ってきた部分だけしか見ていないだろうことも丸わかりなんだよね。そしてこういう人は自分の意思を反映したオリジナルツイートが驚くぐらいに少ない。他者のRTばかりが目立つ。
その数少ないオリジナルツイートが、他者への罵倒だったりするわけで…。そういう人ほどプロフには意識の高そうなワードを散りばめている。これはなんだろうと考えてしまう。副アカなのかなと。
批判的なツイート(一般的にはクソリプという)をしてきた人は、特に念入りに追ってみたんだよね。どこまでRTしているのかを把握するために。
全体像を見ていない、他者からの受け売り(一部のRTだけで全体像を知った気になって再拡散)という人ばかりだったよ。
俺のツイートは1テーマがだいたい10-20ツイートで、バトルになれば100ぐらいまで軽く行くことが決して珍しくないので、全体を追うのは体力がいる作業だけどね。意識の高いことを自称する人ほど、全体は追わない。「一部だけで全部知った気になる」というのも過去の事例から把握済み。
意識の高い人は一部だけで全体像を知った気になる。意識の高い自分は一部だけで全体を推測できる。そうやって意識の高さをアピールするのは勝手なんだけど、この「推測」が間違っていたりすることには基本的に気がつかない。
「sis_sisはこういうことを考えている」って、俺が考えてもいないことを勝手に推測して、それをまた他者に拡散するんだよなあ。全体像で見ると「そんなこと言っていないだろう」というのがわかるけど、一部から結論を推測してしまう。それが冒頭部分(起)のさらに一部だったりも珍しくない。
「リテラシーの高さ」と、「意識の高さ」が似て非なるものだというのも、後者の方にこういう傾向の人が目立つから。
ブログであれば全体像を一気に確認できるので、こうした推測の入る余地は少ないのだろうけど、ツイッターは最大140字で切られ、話の一部でしかないその140字が切り取られ、全体像として流されやすいシステムなので仕方ないともいえるけど、悪意的にそれをやられちゃうからなあ。
長々とリツイートしてすみません。どうしても一部になりがちですが、なるべくそのまま引用したかったので。
一部切り取りはTwitterの弱点ですね。
私は気になるツイは、なるべく元アカウントに飛んで、前後と全体の流れを確認するよう心がけています。
ぶっちゃけ、リテラシー能力が低くて、単に誰かを叩いてスカッとしたい人は、多分一生そのままだろうから、関わらないでスルーするのが正解でしょうね。
イデオロギーの特質を理解するには、これを宗教に照らし合わせてみるのがいい。なぜならば、宗教こそ究極のイデオロギーだからである。その中心には論証不可能な超越存在とこれへの信仰がある。信仰は、論証不可能なものにたいする帰依だから、必然的に非理性的な衝動である。