生口島、瀬戸田ユースの朝はあっけなくやってきた。
しかし昨夜も飲み過ぎてしまった。
寝る時に天井が回っていた事を思い出す。
あれ程飲んだのは初めてか。
岩カキの味は、まだ舌に残っていた。
ハッと思い自分が寝ていた布団を確認したが、頭を過ぎった最悪の事態は避ける事が出来たようだ。
鈍る頭で、今日の予定はどうしようかと考え始めた。
朝食を食べに行く。
地質調査の学生さんは、既に出掛けてしまっていた。
一人寂しく食事を押し込む。
胃がむかついていたが、食べないとこれは復調していかないのだ。
とりあえず生口島を出る為、フェリー乗り場に向かう。
瀬戸内は小さなフェリー網が発達している。
バスに乗るような感覚で、フェリーが来たらそのまま乗る。
そして、海の上で車掌さんが切符を切りに来てくれるのだ。
波は静かで視界の中にはいくつもの緑溢れる島。
海上から見る景色はまた別格に美しい光景だった。
対岸の三原へ向かうフェリーに乗る。
少し大型のフェリーであったが、価格は思いのほか安かった。
これも普段の足に使われる船の所以たる所であろうか。
三原に到着すると、早速今夜の宿を決めてしまう。
今日も尾道散策をするつもりなので、再度尾道ユースを使う事を考えたが、少しでも東へ移動するべく倉敷ユースを選んだ。
公衆電話から予約を入れる。
美観地区で有名な倉敷。
楽しみである。
三原から尾道へ向かう。
一昨日通過した道を再び尾道へ向けてバイクを走らせる。
なぜかもったいない気がした。
バイク乗りは不思議な生き物だ。
道なんてどこを通っても大して変わらないだろう。
しかし、同じ道を通る事を嫌うのだ。
それが旅ライダーに備わった本能なのかもしれない。
違う道へ。
そして、違う世界へ。
尾道に到着すると、ロケ地めぐりで見つかっていなかった場所探し、再び坂道を駆け上り始めた。
ロケ地マップに出ている箇所は残り一箇所。
とある学校を探す。
“さびしんぼう”でヒロインのゆり子が通っていた学校。
小高い丘の上からの撮影は、尾道の街が一望できて印象的だったシーン。
見当をつけてバイクを走らせると、その学校らしき場所がみつかった。
撮影場所を探して学校横の道を走っていると、授業中の生徒が窓から俺を見ているのが判る。
静かな山間、授業中の校舎に響き渡るバイクの排気音。
スマンと思ったが、だからと言って排気音が静かになるわけでもなかった。
校舎を半周ほど走ると、それらしき坂道を発見。
キツイ上り坂だったが、バイクで上がっていく。
排気音はひときわ大きく響いてしまった。
坂道の頂上には、道の両脇に石碑が立つ場所。
その奥には神社があるらしかった。
石碑を見て思い出した。
この場所・・・転校生で登校する生徒達が歩いて降りてくるシーンが撮られた場所だ。
本当にロケは色々な場所で撮られたようだ。
学校を見下ろす。
この場所から、校舎の中にいるゆり子をズームしていったシーンが思い出される。
“さびしんぼう”のエンディングで、ゆり子の子供らしき娘がピアノを弾くシーンがある。
この校舎で撮られたのかな?
そう想像すると、映画のシーンを思い出してキュンとなった。
校舎の右手奥には、きのう見に行った“さびしんぼう”の家が見える。
こんなに近かったんだなぁ。
昼前だったが、昨日ワッフルを食べた喫茶こもんを再び訪れる。
昨日は二人でも恥ずかしかったが、それ以上にこもんのワッフルに魅せられてしまったようだ。
一人カウンターに座っていると、異次元に紛れ込んだ気分だ。
廻りは女性客ばかり。
しかし、ワッフルを乗せた皿が運ばれてくると、恥ずかしさはあっと言う間に消えた。
甘く美味しいワッフル。
再びこの店でこれを食べる日は来るのだろうか。
味を覚えようと噛み締めてみた。
尾道を後に東へ、倉敷・岡山を目指してバイクを走らせる。
このところ天気がよかったが、今日は雲が低く垂れ込め、体を突き抜ける風は簡単にジャケットを通過してくる。
寒い。
かじかむ指でのブレーキ、クラッチ操作は思うように行かない。
心持ち安全運転を心掛けた。
倉敷に到着したが、時間が時間が早く、せっかくだから足を伸ばして岡山市の観光に向かう。
雨がパラついてきた。
雨具を着るような事にならなければいいが・・・。
日本に残る城の中でも美しい事で知られる岡山城が見たかった。
市内に近づくと、車の多さに目を白黒させられた。
城の方面に向かうも、混み具合は増すばかり。
中心街に近づくと、小高い丘の上に城の上部構造物が見える。
あそこだ・・・と思ったが、市内の混み具合は普通ではない感じ。
どうしようとバイクを止めて考えていたら、交通規制の知らせとパレードの案内が出ていた。
今日は駅付近一帯で大規模な催し物があるようだ。
眺めていると、華やかなチアリーダーが先頭に立つブラスバンドが歩いてきていた。
岡山城は直ぐそこだが・・・この通りの向こうの城にはどう行ったらいいんだ?
急激にしぼむ観光欲。
俺はバイクを倉敷に向けて走り始めた。
倉敷ユースは市内を一望する丘の上に立っていた。
ちょっと前にCMで盛んに流れた悪名高い市役所もよく見える。
“こんな市役所が本当に必要でしょうか?”
税金の無駄遣いを抑制しようとする象徴にされたのがよく判る、本当に市役所には見えない建物だった。
受付を済ませ部屋に荷物を置きに行く。
ユース内の壁には、小泉今日子の写真がそこかしこに飾ってある。
何でも去年、ザ・ベスト10の中継がこのユースからあり、その時の写真だそうだ。
うーん・・・嫌いじゃないけど、ここに飾るのは複雑だなぁ。
ユース入りした時は一人だったが、直ぐにXT、FZR氏到着。
部屋で落ち着くと直ぐ、ウィスキーを持参していたXTさんからの振舞い酒。
グラスが無いので、俺はキャンプ道具のフライパンで飲んだ。
これぞ、大は小を兼ねるだ。
フライパンで飲むストレートウィスキー。
ソーセージのコゲがこびりつくフライパン。
ウィスキーにも苦い味が移っていた。
しかし、苦いストレートウィスキーは事の外美味かった。
XTさんは日本海側から、中国の山を越えてきたそうだ。
頂上付近は雪が降っていて、大分苦労したらしい。
雪かぁ・・・どうりで今日は寒かったはずだ。
夕食前、RZ氏もユースに到着。
今夜はバイク乗り4人の夜となった。
夕食を済ませると、部屋に入って旅話で盛り上がる。
ウィスキーでエンジンが掛かっていた俺、XT・FZR両氏と共にユースを抜け出し市内へ。
3人で深夜まで居酒屋チェーン“村さ来”で痛飲となった。
俺飲んでばかりいるな・・・そんな気持ちが湧き上がってきたが、この楽しさからは抜けられない。
最高のつまみは気の合うライダーとの旅話。
この場所にいると世界は自分達だけのような気がしてくる。
俺・・・社会に戻れるのだろうか・・・。
最近ふと過ぎる不安は、無理やり心の奥に染み込ませた。
そんなの考えるのよそう。
今はただ・・・旅を感じ・・・仲間を感じ。
そしてビールの事を考えよう。
深夜ユースに戻った。
静かに静かに。
クスクス笑いながら忍び込む玄関、一生記憶に残る映像だろう。
つづく・・・・。
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天気:曇り時々小雨
時間:9:00~16:00
距離:127km
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