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香柏だより

福岡市東区の香椎バプテスト教会です。
聖書の言葉には、ひとを生かす力があります。
礼拝では手話通訳もあります。

今日の教会学校・ゲッセマネの祈り

2016年03月06日 | CS (教会学校)
晩餐の後、
イエスさまは、たぶんよくそうなされたように、
ゲッセマネの園に祈りに出かけました。
ただ、これまでとはイエスさまの態度が、
だいぶ違ったように見えました。

弟子たちの中から、
ヤコブとヨハネとペテロだけを連れて、
イエスさまは森の中に入っていきます。

それはそれは、苦しそうな、切実な、
イエスさまのお祈りでした。

ただ、弟子たちは、
もう疲れて、眠りこけてしまいました。





イエスさまは祈り終えて、
3人のもとに戻って来ました。
弟子たちははっと気づきましたが、
それは、尋常ならぬ気配が漂っていたからでしょうか。

イエスさまを掴まえに、
大勢の人が近づいてきていたのです。
その中にはユダもいて、
ユダ一人が寄って来ました。
それは、ユダが寄っていく者がイエスである、と
捕らえに来た兵士などに知らせるためでした。

弟子たちは、逃げ出してしまいました。
イエスさまを、ひとり残して。

3月の教会学校のお知らせ

2016年03月02日 | CS (教会学校)
「イースター」って、
聞いたことがありますか。

「復活祭」のようにも言われます。
イエスさまが復活したことを記念するお祭りです。

イエスさまは、十字架の上で死にました。
悪人として、殺されました。
でも、そのままで終わりはしませんでした。
三日目の朝、よみがえったからです。

このお祭りは、毎年日付が変わります。
春休みか、一学期が始まったころなのですが、
今年2016年は、3月27日です。





この、十字架と復活に向かう、
イエスさまの歩みを、
3月の教会学校は追いかけていきます。

「ゲッセマネの祈り」
「イエスの裁判」
「イエスの十字架」
と、福音書に書かれている出来事を
毎週読んでいきましょう。

え? どうしてウサギの絵なんですか?

ウサギは子どもを多く産むことから、
昔からよみがえりの命と重ねて考えられていました。
同じく、命が続くことを思わせる「卵」を、
このウサギが運んで来る、というのが
イースターのキャラクターのひとつの姿です。

これは、カトリックやプロテスタントでの伝統です。
聖書に書いてあるわけではありませんが、
かわいいウサギに案内されたら、
神さまのことが、また分かってくるような気がしますね。

なお、ウサギは卵を産みません。
赤ちゃんを、産みます。
まちがえないように理解してくださいね。

今日の教会学校・最後の晩餐

2016年02月28日 | CS (教会学校)
今日は合同礼拝なので、
このお話は、先週出席したお友だちには、
すでにお話をしました。

イエスさまと弟子たちとの、最後の食事では、
いろいろと大切なことが起こりました。

ユダの裏切りもありました。
それから教会でよく行われている、
聖餐式というものの最初がこのときでした。
今回、ヨハネ13章を通して、
「洗足」と呼ばれる、
イエスさまが弟子たちの足を洗ったというところに
とくに注目することにしました。





サンダルのような靴と乾いた土地で、
外から家に入ると、足の汚れがひどく、
足を洗う必要がありました。

それを洗うのは、召使いの仕事でした。
このときイエスさまは、
弟子たちの召使いになったのです。

そして、これがどういうことなのか、
後で知るようになるだろうとお考えでありました。
互いに愛し合うことを、
みんなにしっかりと命じ、伝えておくのだ、と。

牧師や教会の役員というと、
なんだか偉そうな立場の人だと見えますよね。
でも、そうした人が、
いちばん、人々に「仕える」者なのです。

イエスさまのこの姿にならいたい、と思うとき、
牧師や伝道師への道が始まります。
子どもたちの心にも、
イエスさまが、そんな思いを与えてくださる時があるのです。

今日の教会学校・ラザロの復活

2016年02月21日 | CS (教会学校)
死んでいた人がよみがえる、というのは、
もう近頃の映画やアニメでは、
普通のことのようになってしまいました。

そんなゲームに親しんでいるうちに、
子どもたちも、当然のことだと思うことがある、と
おとなは考えていたほうがよいかもしれません。

イエスさまが親しくしていたきょうだいがいました。
女の人が二人、男の人が一人。
その一人であるラザロが重病でした。
イエスさまにその知らせが届いたとき、
イエスさまは慌てず、死んで終わりになることはない、と
なお二日間、ラザロのところへは行かずにいました。





ところが、ラザロが死んだ、と
イエスさま自身が口にして、ようやく現地へ。
(おそらく)姉のマルタも、出迎えて報告します。

イエスさまは、「よみがえります」と強く宣言なさいました。
ここで、とても大切な、
心に植え付けておきたいことばをお話しになるのですが、
それはぜひ、聖書を開くか、
この教会学校の場で、味わってみましょう。

イエスさまは、
岩場に掘られた墓に出向き、
蓋の石をどかせると、「ラザロ、出てきなさい」と
大声で叫びました。

すると……。

ちょっとミステリアスなお話ですが、
こんなこと、あたりまえのことではないのです。
物語では、あれほどよみがえりのものを楽しむ人々なのに、
このイエスさまの話は、
そんなことはない、と信じない人が、世には多いのです。

では、あなたは、どう思いますか。

今日の教会学校・嵐を静めるイエス

2016年02月14日 | CS (教会学校)
舟を出そう、と言ったのは、イエスさまでした。
弟子たちは、というと、
もともと漁師ですから、
もしかすると危険があるかも、と気づいたかもしれません。

イエスさまは、
舟が出ると、眠ってしまいました。
実は、イエスさまが眠るというシーンは、
飼葉おけに眠る赤ちゃんのときのほかは、
聖書の中にはにありません。

イエスさまが「いない」かのような舟に、
突然、強い風がおそいかかります。
荒れる波が舟に飛び入り、
舟は沈みそうになりました。

このままでは、おぼれ死んでしまいます。
起きてください。

弟子たちは、悲鳴を上げながらイエスさまを起こします。





イエスさまは起き上がり、
風や波に、静まるように命じました。
すると、まるで動物か何かのように、
風や波が穏やかになってしまったではありませんか。

どこに信仰があるのですか。

イエスさまは、弟子たちに問いかけました。
弟子たちはその意味をあまり考えられず、
ただただ、自然までも従えるイエスさまの力に、
不思議なものを感じていたようでした。

イエスさまは、今も眠らずに、
私たちを守ってくださっていることでしょう。

今日の教会学校・百人隊長のしもべをいやす

2016年02月07日 | CS (教会学校)
ユダヤの地は、
ローマ帝国が支配・管理していましたから、
ローマ軍が駐留していました。
百人隊長といいますから、
部下を百人抱える隊長なのですが、
この人は、ユダヤ人ではなかったのでしょうが、
神さまの話を聞いて、信じる心が
いくらかでも起こされていたようです。
いえ、ユダヤ人の会堂を建てたというくらいですから、
ユダヤ人にとってはありがたい仲間でした。

部下なのか、それとも奴隷であるのか
はっきりと分かりませんが、
この隊長の抱えるひとりの人が、
原因不明の病気にかかり、
命が危なくなりました。

そこへ、病気を癒すイエスさまが近くにいると聞いたものですから、
早速訪ねてみたのだそうです。
いきなりローマ人が訪ねてもどうかと思い、
ユダヤ人の知り合いに話しかけてもらいました。





隊長は、このようにイエスさまに伝えてもらいました。
「癒しをお願いします。
 でも、来てくださる必要はありません。
 私は百人隊長ですから、部下に命令をすれば
 家来はそのとおりに動きます。
 イエスさまからも、ただおことばをください。
 そうすれば、きっと癒されることでしょう」

イエスさまは
これはすばらしい信仰だ、と
百人隊長のことをほめてくださいました。

どんなところがすばらしかったのか、
皆さんも、考えてみましょう。
そんなふうに、
神さまに近づけたらいいですね。

ピアノ仲間

2016年02月06日 | CS (教会学校)
教会学校に
いつも来ている男の子は、
音楽に興味をもち、
ピアノを自分で触り、
好きな曲をコードで弾けるようになりました。

そこへ、時折来る別の男の子が、
1月31日に来て、
二人はしばらくぶりに会うことになりました。
こちらは、ピアノをきちんと習っている子です。

二人はすっかり意気投合して、
午後にピアノを弾き合って、
それぞれの腕前を披露していました。





よいところは、
互いに相手が
自分にないものを持っていると認め、
尊敬し合っていたところです。

案外、
おとなたちの間では、
これがなかなかできないことかもしれません。
子どもたちの姿をよく見ていると、
教えられることがたくさんあるものです。

2月の教会学校

2016年02月03日 | CS (教会学校)
2月になりました。
今月の教会学校のポスターができました。

7日 百人隊長のしもべをいやす
14日 あらしをしずめる
21日 ラザロの復活

こうして、3月の復活祭へ向けて、
イエスさまの歩みを知るようにしていきます。





28日 すばらしいねうちの真珠

これは、合同礼拝です。
三階の会堂で、おとなといっしょにお話を聞きます。
これも、お楽しみに。

ポスターは、教会の前を通れば
見えるところに貼られています。
香椎高校の方も、どうぞご覧ください。

さて、クイズです。
このポスターのイラストは、
ある有名な版画家の作品を基にしています。
それは、誰でしょう?

今日の教会学校・力あることば

2016年01月31日 | CS (教会学校)
先週は、
降った雪で雪合戦ができました。
きびしい天候でしたが、
こどもは何でも遊ぶことに変える天才です。

今日31日は、
特別に、合同礼拝となりました。
その分のお話を紹介します。





イエスさまが教えを伝え始めました。
育った地方の、カペナウムという町でのことです。

悪霊につかれた人がいたので、
その人から出て行け、とイエスさまが言うと、
その人は普通の人にもどりました。

どうしても熱が下がらない女の人がいました。
イエスさまは、その熱に向かって下がれと命じました。
すると、たちまちよくなって、起き上がったそうです。

人々は、病気の人をイエスさまのところに連れてきました。
イエスさまは、みなお治しになりました。
悪霊のしわざであったものも、
悪霊を追い出すことによって、治っていきました。

人々からイエスさまが少し離れて休んでいたとき、
人々はイエスさまをさがしまわり、見つけましたら、
イエスさまは、ほかの町にも行かなければならない、と
答えました。

「どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません」
と言って、安息日ごとにユダヤ人の会堂をまわるのでした。

聖書を記したマタイは、
「そのことばに権威があった」と書いています。
「権威」とはむずかしい言葉ですが、
何かを命じてさせることができる力のことを意味します。
言われた者は、それにさからうことができないのです。

病気に対しても、悪霊に対しても、
イエスさまのことばには、力がありました。
そのことばが、いま、聖書になって目の前にありますね。
あなたのつらいことも、さみしいことも、
イエスさまのことばには、乗り越えさせてくださる、
すばらしい力があるはずです。
ただ、それを受けいれて、信じるのであれば。

今日の教会学校・預言の成就

2016年01月24日 | CS (教会学校)
いよいよ、
イエスさまが教えをのべ始めました。

会堂で、聖書や神さまの話をしました。
ここでポイントは、
それを聞いた人々が、二つに分かれた、ということです。

たしかに、これまで皆が待っていた、
救い主キリストなのではないか、と
歓迎する人々もいました。
すばらしい教えだ、感動した、と。





他方、
イエスさまの過去を知っている人々、
地元の人々は、
なんであんな奴が? と面白くありませんでした。
それに、たとえ救い主だと言ったところで、
地元のために何もしてくれないようだと不満をもちました。

また、救い主ならば、
戦争をしてローマ軍を蹴散らして、
ユダヤ人の大勝利をもたらすくらい言えばいいのに、
ゆるしとか自由とか言っても、つまらないじゃないか、と。

聖書や教会は、
イエスさまが、神さまとして
正しいことを教え、人々を本当に救う、と信じています。
皆さんは、イエスさまのことを、どう思いますか。

宣教前のイエスさま

2016年01月23日 | CS (教会学校)
1月は、3日・10日と、
合同礼拝が続きました。
教案誌『成長』のカリキュラムが
2週続けて割愛されました。
が、それに触れないのももったいないので、
17日の教会学校では、
3週間分を一度に学ぶことにしました。

さすがに聖書を全部朗読するとしんどいので、
話を紹介しながら、
要点を伝え、説き明かすことにしました。

3日の内容は、「少年イエス」。
12歳のイエスは、小学生にとり親近感がもてます。
当時の巡礼は、安全のためにも集団であり、
男女が恐らく分かれていましたから、
父も母も、互いにイエスが相手のところにいる、と
思い込んでいたのかもしれません。

それでいないことに気づき、
エルサレムに戻って見出すまでに三日を要したのです。
イエスさまの言動は不思議なものでしたが、
母はそれを心の中に収めて温めておきました。
今は何か不思議だなと思っても、
そっと心の中に入れておいたのです。





10日の内容は、「バプテスマのヨハネ」。
昔、自動車が初めて走り始めたとき、
その前を、旗を持って歩く人がいたといいます(赤旗法)。
なにかしら、重要なものの前に「前座」が必要です。

ヨハネは、画期的な人でした。
旧約の律法の世界が終わりを告げ、
新約の福音の時代に入る、その境目にいた人です。
水のバプテスマを授ける、というのも、
それまでになかったことでした。
律法から弾き出されたような人々が、
新しく人生を歩める希望を与えられました。
イエスさまは、人と同じような経験を大切になさいました。
ヨハネにも、皆と同じようにしてほしいと願いました。
ただし、人とは違う現象があった、という証言がなされています。

17日の内容は、「荒野の誘惑」でした。
イエスさまがこれから宣教を始めようというとき、
ひとつの試練を越える経験をなさいました。
イエスさまは最初は聖書の言葉で返しましたが、
悪魔は3度目に、その聖書の言葉で悪に誘いました。
聖書は、一部分だけを取り出してそれを理解しても、
実は神さまが全体として言いたいことと違う場合があります。
聖書を広く、深く見ていく必要があります。

また、ちょっとしたすりかえによって、
悪いほうへ誘われていくということもよくあります。
「このくらいはだいじょうぶ」と
自分でルールを決めてしまうとき、
危険性が伴うことがあるのです。
人の誘いになんでも乗ってしまうことは考えものです。
17日の礼拝説教でも、
そんなことが語られていました。

ブンブンごまの福音

2016年01月19日 | CS (教会学校)
17日、教会学校では、
学びを追えた後、
ブンブンごまをこしらえました。
お正月だからコマ回し、ということかな。

凧糸を穴に通すときに、工夫が必要です。
一見、入りそうでありながら、
先が割れているために通らないからです。

狭い門も、
心が二つに分かれていては、通れないのですね。





回すときにも、焦りは禁物です。
強引に回そうとすると、ぶれて回りません。
最初はゆっくり、
コマ自身のもつリズムに
呼吸を合わせるかのようにします。

呼吸・息、それはギリシア語で「霊」をも表します。
神の霊を受けるためには、
私たちは自分の力で強引に回してもだめなのです。
神の思いに、祈りつつ、従う姿勢でいたいものです。

今日の教会学校・荒野の誘惑

2016年01月17日 | CS (教会学校)
「荒野」というのは、
人間の手で整えられていない、
自然の荒れ地のことです。
雨が少ないので、森や林にはなりにくく、
背の低い草が多く生えていることがあります。
でも、「何もない」という印象です。

「誘惑」とは何のことか分かりますか?
悪魔が、悪いことをするように、誘うことです。

これは、人にも今もやってくるものなのですが、
今日のお話は、イエスさまにそれが起こったということです。





イエスさまが悪いことをする?
びっくりしたかと思います。
大丈夫。イエスさまは悪魔にやられたりはしません。
けれども、知っておいてください。
悪魔は、たいへん頭がよいのです。
これが神さまに従うことだよ、と誘いかけて、
実はそれが悪魔に従うことに、変えてしまうこともあるのです。

イエスさまは、そのときたいへん空腹でした。
荒野で、40日にわたり、
静かにお祈りをしていたそうです。
これから人々の間に出て行って、
神さまのことを伝えなければなりません。
その準備をしていたのです。

そこへ、悪魔がやってきました。
こっそり来て、言いました。
「おなかがすいたでしょう。
 この石に、パンになれ、と命じたら
 あなただったら、できるはずでしょう」

イエスさまは、
「パンだけで生きるというものではありません。
 神の口から出ることばによってこそ生きるのです」

悪魔は、負けたと思いましたが、まだあきらめません。
「では、世界中のものをあなたのものになさったらいい。
 私を拝みさえすれば、そうなるんですよ」
でもイエスさまは、
「神のみを礼拝せよ、と聖書は言っている」
と言って、この誘いを退けました。

悪魔は、最後に
「この高い所から飛び降りてみたらいかがかな。
 聖書には、あなたを守る、と書いてありますよ」
と誘いかけました。
聖書に書いてあるというと、
その通りにしたほうがよいでしょうか。
イエスさまは、
「神さまを試すようなことをしてはいけない、とも
 聖書には書いてあるではないか」
と答えました。

悪魔はついに諦めて、
イエスさまのところを去りました。
人間の知恵だけでは、
悪魔の知恵には勝てません。
悪魔に勝った、イエスさまの知恵を、
教えてください、と求めるのが一番です。

今日の教会学校・イエスのバプテスマ

2016年01月10日 | CS (教会学校)
今日は、
合同礼拝です。
空の鳥、野の花、といった、
イエスさまの愛された自然の様子も
お話に出てきますので、楽しみにしてください。

今日の教会学校の予定のお話は、
イエスさまのバプテスマということでした。
バプテスマは、「洗礼」と訳されることのある言葉です。
信仰をもったら、
今でも水に入るか水をかけるかして、
新しく生まれかわったことを
人々に見てもらいます。

これまで罪の中を生きてきたと思った人が、
悔い改めて、
これからは新しい、神さまとの人生を歩みます、という、
生まれかわったことを示すのです。





実は、イエスさまも、
このバプテスマを受けています。
ただし、イエスさまは、
罪があるから新しく生まれる、というはずがありません。

だから、私たちのバプテスマとは、
少し違った意味がかくれているような気がします。
ただ、イエスさまは、
ひとつのお手本のような意味もこめて、
ふさわしいことをしてくださったのかもしれません。

不思議なお話です。
聖霊がくだったことも、その様子を描くときに記されます。

イエスさまは、ここから、
救い主としての歩みの旅を始めるのでした。

1月の教会学校

2016年01月08日 | CS (教会学校)
教会学校1月のポスターが貼られています。

今回は、ちょっと違う絵になりました。
そして、あまり
内容と関係がある絵だとは思えないのですが、
今までもそうだったでしょうか。





イエス・キリストの誕生が、
12月のテーマでした。
クリスマスですもの。

そして1月、
そのイエス・キリストが、成長していきます。
まずは少年時代。
それから、教えを伝えに旅に出る前の、
悪魔からの誘惑事件。
また、初めて(ではないかもしれないけど)会堂で
聖書を開いて話をした様子とその意味。
そんなお話が展開されます。

イエスさまにも、子どものころがありました(当然!)。
聖書には、ちょっとしかその話がついていませんが、
少し親しみがわきませんか?

寒くなりますが、
風邪に気をつけて、元気に教会に来てください。