あるタカムラーの墓碑銘

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科学技術関係の古本なんか、豚のエサにもならない (文庫版上巻p291)

2007-03-11 23:25:25 | 神の火(新版) 再読日記
2007年2月8日(木)の新版『神の火』 (新潮文庫) は、p251からp304まで読了。

今回読了分には、あまり笑える部分がなかったような・・・。で、取り上げたのが島田先生の台詞。
木村商会の1階書店、私は飽きないと思う。外国の文字が読めなくたって、専門書ばかりだって、「書籍」ということだけで、退屈しないと思うから。「本好き」って、そういうもんだと信じてる。


【主な登場人物】

ハロルド CIA職員。東洋系アメリカ人。私見だが、『リヴィエラを撃て』 (新潮社)に登場するCIA職員の《伝書鳩》ことケリー・マッカンとは、きっと反りが合わないだろうと思う。


【今回のツボ】
江口さんの「手」の表現・その1。 官能的なのよね。島田先生になりたいと思うくらい(笑)

島田先生と良ちゃんの触れ合い。 これはグッとくるのよね・・・。

良ちゃんからの手紙・その1 これもグッとくるのよ・・・。


【今回の書籍】
ホーマー・・・決してホームランのことではない。伝説の古代ギリシアの詩人・ホメロスの英語読み(Homer)。『イーリアス』『オデュッセイア』の叙事詩の作者と目される。「トロイの木馬」のエピソードが組み込まれているので、ハロルドさんはそれをほのめかしたわけです。

『Dubliners』・・・良ちゃんが読んだ、ジェイムズ・ジョイスの本。日本では『ダブリン(の)市民』の題で刊行されてます。(出版社によって、「の」の有無があります)
『神の火』 屈指と言っていい、良ちゃんのあの名言を導き出した作品は、「死者たち」といい、『ダブリン(の)市民』の最後に収められています。
参考にならないでしょうが、読んだ私の感想・雑感は、こちらの別ブログ にあります。読み返してみたら、至極まともな当たり障りのない内容になってますね・・・。


【『神の火』 スパイ講座】

おそらく訪れることはないだろう日々を、訪れると信じることで自分の精神を救う。かつて島田に教えたとおりの自己暗示の芸当を、江口は実践しているのだった。 (文庫版上巻p264)・・・師匠・江口さんの「自己暗示のかけ方」の見本。

ワイシャツの下でずきずき疼いている火傷も、これは他人の痛みだと自己暗示をかければ、耐えられない苦痛ではなくなるのだ。 (文庫版上巻p266)・・・師匠・江口さんに教わった「自己暗示のかけ方」の見本。

『一部分だけの裏切りというのはあり得ないんだよ。妻を愛しているスパイ、親を慈しむスパイ、親友を持っているスパイ。そんなものは言葉の正しい意味で、あり得ないのだ』 (文庫版上巻p304)・・・江口さんが島田先生に教え込んだことの一つ。その内容が事実だったとはっきりと分かるのは、クライマックスですね、先生・・・。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★江口の痩せた指は、見かけよりは柔らかいのだった。その柔らかい指に触れられながら、島田は渦巻き続ける痛みと折り合いをつけながら、ぼんやりと考えていた。ほんとうは、自分はひとり風呂場に横たわっているべきだったのだ、と。ひとりで寒さや痛みにさらされ、ひとりで自分の後始末をし、ひとりで横になるべきだった。たまたま、動く力もない間に江口が現れたために、されるままになっただけで、これは自分が頼んだことではないのだ。しかし、何かしらいつも、こうして江口の籠の鳥になり、自分を指図してきたその指で、赤子のように介護され、このように江口の懐に帰ることになるのは、いったいなぜなのか。自分が頼んだことではないが、こうして横たわっているのは、結局、自分が望んだということなのだろうか。 (文庫版上巻p253)

いやーん、この江口さんの指~! 指の動き~! それに結局は安心して身を任せている島田先生~! 『神の火』上巻中、屈指の官能度の高い場面。ここの江口さんの無意識に醸し出している色気を感じられない方は、まだまだくちばしの青いヒヨコね!
これでは「江口と島田=光源氏と紫の上」という説が出ても仕方がないか・・・。

★「ほら静かに。鎮静剤が効かなくなる……」
魔物のような江口の手がのびてきて、魔術をかけるように島田の布団を撫でた。
 (文庫版上巻p255)

江口さんのこの手の描写! 「魔物」の手で、「魔術」をかけるのか! ツボにはまる表現だ。

★九三パーセントの濃縮ウランも原爆も、己の魂の空洞の深さに比べれば何ほどのものかといった、江口の氷のような無表情だった。やせ我慢ではない、これが江口の真実の顔だった。どんな非道も危険も、空洞に響く物音の一つでしかなく、それに耳を傾けながら、空洞の深さを測って《いや、まだまだ深いぞ》と己に呟くのだ。 (文庫版上巻p255)

重要キーワード「空洞」、江口さん編。江口さんが見せる「空洞」は、島田先生にしか見せていないということを、気付いているのだろうか。

★今に至っても何かを隠している江口の傍らで、この俺は眠るのかと自問しながら、鎮静剤が一度に効いてきて、眠りの闇に引きずり込まれた。 (文庫版上巻p264)

ここの島田先生の自問は好きだなあ~。江口さんへの愛憎が見え隠れしているのを感じるから。

★「ご心配かけてすみません」と島田は頭を下げながら、落花生の殻むきで余計な雑念を払った。自分という人間は、一人の男の善意を感じる心はあるが、腹の底に沁みることはない。そんなことを、あらためて考えたりしただけだった。 (文庫版上巻p269)

島田浩二という男・その17。「冷血」と自分で言うだけはある(苦笑) もう、仕方ないわね~。あなたはそういう人なんだから。

★「僕は絶対に自白はしません」
いかにもそっけない返事に島田は思わずかっとなったが、出てきたのは、意に反して穏やかな言葉だった。「そんな言葉は、誰にも保証出来ない。人間は、《絶対に》という言葉は使ってはならない生き物なのだよ。人間が造った原子炉と同じだ……」
 (文庫版上巻p276)

・・・ごめんなさい、島田先生。私も《絶対に》という言葉、頻繁に使用しているような・・・。気をつけます。
だけどどうみても、息子を諭す父親のようですね、先生・・・。

★傍らの若者から伝わってくる何かの気配が、噴き出す激昂を削いでしまうのだった。その気配は、まるで終点がすでにそこまで来ているような沈静、体温の希薄さであり、そんなものがこの世のどこにあるかといえば、端的に死の床だった。この若者に、未来の命がないという直観は、具体的な根拠もないまま、ひたひたと島田を押し包み続けた。 (文庫版上巻p276)

良ちゃんの醸し出す何かの「気配」を、的確に嗅ぎ取る島田先生。・・・不吉。

★「僕は鳥が好きです」と良が言う。 (中略)
見れば、確かに容態が悪いとしか思えない蒼白な顔には、しかし、ただ放心の色しかなかった。あの作りものの笑みさえない。薄桃色のペリカン二羽を眺めているのか、彼岸を仰ぐように清々として静かなその目が、なぜかイリーナの目になり、柳瀬律子の目になり、さらに江口彰彦の目に重なる。
空洞の目だ、と島田は思った。終幕しかない短い舞台を見ているような思いに捕らわれながら、島田は言葉にならない深い虚脱感に陥った。
 (文庫版上巻p278)

重要キーワード「空洞」、良ちゃん編。

★「良。そんな話を僕にして、僕が黙って君を音海に行かせるはずがないだろう……」
「嘘をついている時間はないと、あなたが言った」
「僕も日野も、君を音海には行かせない。問答無用だ。理屈以前の問題だ」
「事故も、戦争も、テロも、理屈以前に起こる」
 (文庫版上巻p279)

島田先生と良ちゃんの会話。良ちゃんの激しい物言いは、今は先生には理解できないけれど、良ちゃんの確固たる信念には深い情念が込められていたんですよ・・・。

★「きっと、消しゴムがたくさんいると思うから。漢字、間違えるし……」と、良は照れくさそうに言い訳をした。一行で事足りる連絡用の手紙のために、書いては消し、書いては消し、するつもりだろうか。いったいこんなときに、君はなぜそこまで、生きることに誠実でいられるのかと思いながら、島田の胸はいっそう重苦しくなった。 (文庫版上巻p283)

んもー、良ちゃんてば、良ちゃんてば、良ちゃんてば~! 何ていじらしいの! ギュギュッと抱きしめて、頭なでなでしたくなっちゃうわよ~!

★自分が何をしているのか判断出来ないほど、島田はうろたえていたのだった。はっきりした理由もないまま、大事なものが一つ、永久に失われてしまったという予感に襲われ続け、足が震えた。 (文庫版上巻p283~284)

島田浩二という男・その18。一見、「完璧」に見える男性が「うろたえる」という行為をした場合、「かわいい」と感じるか、「何やってんの」と呆れるかのどちらかだろう。島田先生の場合は、私は「かわいい」と感じますけどね~。下巻にも、うろたえる先生の場面が何度が出てきますが、どれもこれも「かわいい」んです♪

★小説の中では、それは悲しい歌だということですが、世界じゅうの悲しい歌がみんな美しい旋律をもっているのは不思議なことです。 (文庫版上巻p287)

良ちゃんといえばこの一文! と誰が思う名文。これに付け加えるべきものは何もないが、「オクリムの乙女」という曲を一度は聴いてみたいものです。

★友人は、バクチをしている間は口をききません。ぼくもそうです。勝つか負けるかだけを考えている純粋な時間は、人間の精神に許された自由の一つだと感じます。 (文庫版上巻p288)

これも良ちゃんの手紙から。友人というのは、日野の大将のこと。賭けごとに没頭している状態というのは、相当な集中力を要し、「無」に近づくんだろうなあ、と思います。・・・賭けごとの経験ないから、推測するだけですが。
そういえば、『レディ・ジョーカー』 (毎日新聞社)でも何度も出てくる競馬場の場面の描写は、鬼気迫るものがありましたね~。



2 コメント

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江口・島田先生・良ちゃん・日野 (野鍛冶屋)
2007-03-13 00:56:21
「神の火」盛り上がってきましたね。ちょっと恐る恐るコメントいたしますが(笑)、何か純粋な四角関係というか。。何か極北の地にいるようなピュアさですね。。ふつうの人が立ち入ることのできぬ山の中の、寄る辺なき「男達の世界」なのでしょうか。
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点と点が結びついて、線が出来る。 (からな)
2007-03-14 00:03:38
野鍛冶屋さん、こんばんは。

>純粋な四角関係

まったくその通りですよ! 個人個人が結びついて、直線、三角、四角の繋がりが出来て。それがまた重なり合ったり混じり合ったりして、面白いんです。

>極北の地にいるようなピュアさ

そうですね。透明度の高い、澄んだ冷気とでも言いましょうか・・・。どろどろした物語なんですけど、紙一重でギリギリのところでふみとどまっていると言いますか・・・。
多分、「冬の国の人間」である良ちゃんがいるおかげで、物語の空気の清浄度(?)が違うんだと思われます。

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