あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
関連アイテムや書籍の読書記録も紹介中

「純度は4ナインよ」 (p235)

2006-07-31 00:14:11 | わが手に拳銃を 再読日記
リ・オウの有名な台詞ではありますが、「意味不明」という方も多いようなので、蛇足を承知でつたない説明を致します。
ヒントとしては、『黄金を抱いて翔べ』 を読んで、覚えていたら、何となくぼんやりと推測できるはず。
 
その下の重量表示は、いずれも《1 KILO》。品位は《999.9》の4ナイン。 (『黄金を抱いて翔べ』文庫p335)

金の世界では品位(純度)が大事な要素の一つ。《999.9》の4ナインということは、それだけ異物がなく、純粋な「金」である証拠。
つまり「正真正銘、本物のリ・オウよ」という内容を、リ・オウ風にアレンジしたら、こういう台詞になったのでしょう、と思われます。ひょっとしたら、「0.1%は(一彰の思っているリ・オウと)、違うかもな」という含みを持たせた意味合いも、あるのかもしれません。どうでしょう?

***

2006年7月22日(土)の『わが手に拳銃を』は、コウモリ のp198から 再会 のp251まで読了。

『李歐』 では、大阪湾で別れたカズぼんと李歐は、約十五年間逢うことはありませんでした。(例の「夢」は別として)
そのせいか、『わが手に拳銃を』 では、意外と逢う機会が多いなあと感じます。

今回の再会は約十年ぶりですし、十年は確かに長いですし、そりゃ、二人が逢うのは嬉しいことなんですが、何だろう、『李歐』 に比べて、年月の重みや過ぎた時間の大切さが、あまり実感が出来ません。『わが手に拳銃を』 では、要所要所にリ・オウが登場してくる。

誤解しないでいただきたいのは、『わが手に拳銃を』の方が再会した回数が多いからイヤ、と言ってるんじゃないんです。

「会えない時間が 愛 育てるのさ」・・・という歌詞が有名な郷ひろみさんの歌った名曲「よろしく哀愁」がありますが、『李歐』 はこのタイプなんですよね。
逢えない年月が長いから、想いが募っていく。その想いが積もり積もって、『李歐』のp495の残されたものが息子の耕太ただ一人になった時点で、カズぼんの気持ちが爆発してしまうんですよ。
 
一つ一つ掘り返したら、出てくるのはただ、恋しい、恋しい、恋しい、という五千日弱の他愛ないため息だけだったが、それが積み重なってここまで来た、この十五年のすべてが異様だった。 (『李歐』p495)

どんなに異様だろうと、ここにいる自分はもうこれ以上のものにはなれず、李歐を待つこの心身一つ、もう憎悪の対象にもならない何者かだと言うほかなかった。だから、もういいではないか。自分は恋しいだけだ。恋しい。恋しい。李歐が無事なら、この心臓が止まってもいいと一彰は思ったのだった。 (『李歐』p495~496)

・・・入力途中でのた打ち回りたくなるくらい、むっちゃ恥ずかしくなってきた・・・(苦笑) 「恋しい」って、何回繰り返してるんだ、カズぼん・・・。ものすっごい告白だよ、これ・・・。「惚れたって言えよ」よりも、数段上かもしれん。

「李歐 再読日記」は、来年の春にやりますので、今しばらくお待ち下さい。


【主な登場人物】

吉田一彰  笹倉文治  リ・オウ  田丸浩一  橘敦子  原口達郎・・・引き続き登場。

カール・キーナン・・・アイルランドから来た神父。リ・オウとカズぼんを繋ぐ重要な役目を、いつの間にか担っていた人。


【今回の漢詩】
一度登場したものは取り上げません。杜甫の「返照」の一部は、キーナン神父の手紙に添えられたリ・オウの写真の裏に、リ・オウ直筆で書かれていたものです。
つまりプロローグは、コウモリ の後から、 再会、でリ・オウと再会するまでの、ある夜のカズぼんを描いたものだと、ここで推測されますね。

牀前看月光
疑是地上霜
抬頭望山月
低頭思故郷
 (p220)

李白の五言絶句「静夜思」より。
やっと李白の詩の登場ですよ♪ これはかなり有名な詩ですね。だけど「抬」(もたげる)の字が、他の書籍では「挙」(あげる)になっているのが多いんですけど・・・。とりあえず高村さんの引用した方を正として、読み下し文を添えます。

牀前看月光   牀前 月光を看る
疑是地上霜   疑うらくは是れ地上の霜かと
抬頭望山月   頭を抬げて山月を望み
低頭思故郷   頭を低れて故郷を思う



夜坐不厭湖上月
昼行不厭湖上山
眼前一樽又長滿
心中萬事如等閑
 (p233)

張謂の七言律詩「湖上對酒作」より。
これ以降にも、何度か引用されています。微妙に入力ミスがあると思うので、ご寛容下さい。「はるかなり」の漢字は変換できず。「貝」+「余」です。

夜坐不厭湖上月   夜坐して厭わず 湖上の月
昼行不厭湖上山   昼行いて厭わず 湖上の山
眼前一樽又長滿    眼前一樽 又た長に滿ち
心中萬事如等閑   心中万事 等閑の如し
主人有黍百余石   主人黍有り 百余石
濁醪數斗應不惜   濁醪數斗 應に惜しまざるべし
即今相對不盡歡   即今相對して 歡を盡くさずんば
別後相思復何益   別後相思うとも 復た何か益あらん
茱萸湾頭帰路はるかなり   茱萸湾頭 帰路はるかなり
願君且宿黄公家   願わくは君且く宿せよ 黄公の家
風光若此人不酔   風光此の若きに 人酔わずんば
参差辜負東園花   参差として 東園の花に辜負せん



【今回登場した拳銃】
カズぼんが拳銃の仕事をし始めたせいで、種類がどっと増えました。多分、これは同じ銃だろうと推測できるのは、まとめています。ご了承を。

ブローニング  九ミリのオートマチック(あるいは九ミリ・オート)  S&Wの二・五インチ  コルトの三インチ  スターム・ルガーのスピードシックス  M14ライフル  ベレッタM85B  HK4  トカレフ  ミニ・トカレフ  トカレフTT33  TA90  Cz75  リボルバー  コンバット・オート  センチニアル  ワルサーTPHのポケットオート

【今回の名文・名台詞・名場面】
今回もリ・オウの名台詞にKO!(笑)

★「(前略) 君には、そういう無茶をやらない理性がある。理性が金の花を咲かせるんだ、この仕事は」
「理性が聞いて呆れる」
 (中略)
「理性は作られ、鍛え上げられるものさ。悪い友人さえ持たなければな」 (p211)

香港シンジケートの、カズぼん評。「悪い友人」は、リ・オウのことらしい。まあ、後々カズぼんの理性は、吹っ飛ぶほどの暴走を見せますが(苦笑)

★一彰は、リ・オウがそうして果敢に生き抜いてきたことそのものに賛辞を贈りたかった。リ・オウが生きている限り、その目も肉体も輝いているだろう。そのことだけで、充分すぎる贈り物だった。 (p223)

★未だリ・オウの目にあの悪の火が燃えているかどうかは知らないが、たとえリ・オウがその火を捨てたとしても、それはそれでリ・オウ個人の選択だ。 (p223~224)

★あの火は少なくとも今、自分の胸で燃え続けていた。五年前にリ・オウが放った矢は、間違いなく自分の心臓を射抜き、悪の種を植えたのだ。それが今、こうして芽吹いている。 (p224)

★リ・オウ。五年前の最後の朝、あんたに抱かれたときにこの全身に走った悪の陶酔が、今はこの、砥石の火花に伝わっている。このリーマの刃に伝わっている。拳銃を削るリーマに。
リ・オウ。生きていて、ほんとうによかった……。
 (p224)

上記4つの引用。キーナン神父の手紙でリ・オウの消息を知ったカズぼんの想いが、ひしひしと伝わる場面です。読み手もここで、「リ・オウが生きていて、よかった!」と一緒に安堵してしまいますね。

★「昔、なんとなくそんな気がした。きっといつの日か、一彰は拳銃を削る男になるってな」
「あの四十丁が尾をひいただけだ。あれがなければ、やってなかった」
「へえ。あんたの人生を変えるほど、俺は大した男だったってことか」
 (p237)

リ・オウ、見抜いてるよ、分かってるよ! 相変わらずの自信は、これっぽっちの揺らぎもない。

★「俺は俺なりに真面目に考えた。民主活動でどうやって食っていくんだ。俺の国では、卵を産むアヒルの方が大事だ。理屈より豚だ。でも、そういうことを考えてる仲間、一人もいなかった」 (p239)

リ・オウの「壮大な夢」の土台となる考えが、ここに現れていますね。カズぼんに大事な話を持ちかけてるってことは、それだけリ・オウが心を許してる証拠。

★その夜は、リ・オウの動きはどこか歌舞伎か能の舞にも似た感じがした。一彰が習ってきた、はんなりとした京舞とは違い、腰の落とし方、足のすり方、背筋の立て方に、強い緊張があった。ゆったりと長閑なリズムの仲に、厳しい呪縛か抑制のようなものが潜んでいた。美しいが、無心の悦びとは違う。羽ばたく鳥の羽根には紐がついていて、紐は動かない巨岩に繋がっているかのようだった。 (p241~242)

★リ・オウはかつて、踊ると自分が消える、先祖の土地に帰っていく、と言ったことがあったが、先祖回帰を願うその舞踏は、実は、同時にその束縛から解き放たれるための祈りのようなものではなかったのか。 (p242)

★初めて、一彰はそんなことを考えた。どちらもがリ・オウの血だが、どちらか選ばなければならないときが来るなら、リ・オウこそは、自由に飛び回るべき鳥だ。世界は広く、中国も広く、リ・オウはほんの塵ほどの小さな鳥で、しかも若い。この鳥一羽、どこへ行こうと構わないじゃないか。 (p242)

上記3つの引用。踊っているリ・オウを見ての、カズぼん物思いにふけるの図。こんなにリ・オウを理解してるのにねえ・・・。リ・オウもリ・オウで、こんなにもカズぼんに理解されてるのにねえ・・・。

★「ああ。今日明日の話じゃないが、そのときはあんたを潰すことになる。それを言っておきたかったのが一つ。もう一つは……」
リ・オウは再び目を伏せて、ちらりと笑った。
「俺の代わりに刑務所に入ってくれた男ひとり、死んでも忘れないってこと」
「じゃあ泊まっていけ。可愛がってやるぜ」と、一彰も笑って応じた。
「その前にベッドを作ろう。俺たちのベッドは札束。ベッドの下は草の大地。天蓋は青天の白雲よ。そうして渡る川が三途の川でも恨まないなら、俺はあんたのもの。あんたは俺のもの」
 (p243~244)

うも~、読んでも入力しても、恥ずかしくなってしまう・・・。これって事実上のプロポーズに等しいもんね。特にリ・オウの最後の台詞は、五言律詩の詩にして欲しいくらいよ! どなたか中国の詩作に明るい方、作成してください! 



コメントを投稿