予告してました 『マークスの山』 の講談社文庫と新潮文庫の、義兄弟(義兄・加納祐介さんと義弟・合田雄一郎さん)の部分の変更点をピックアップです。
あくまでこの二人に関するところだけ。当然、合田さんが圧倒的に多いです。
一気にまとめて、というのは到底無理ですので、徐々にやっていきます。
見比べる作業も集中力が要るわ、目も酷使するわで、大変なんですよ~。
【注意点】
・念を押しますが、合田さんと加納さんにかかわるところだけ取り上げます。他の変更部分は一切取り上げませんので、あしからず。
・講談社文庫の「……」の表記が、新潮文庫では「――」の表記に変更されてますが、キリがないので取り上げません。
・同様に、講談社文庫の「――」の使用部分の利用文字数が、新潮文庫では短くなっていますが、これもキリがないので取り上げません。
・講談社文庫で漢字を使用している部分が、新潮文庫ではひらがなに変更されている部分があります。これについてもキリがないのですが、どうしようか現在悩み中。正直なところこれをやってしまうと、地獄を見そうな気がする・・・(苦笑)
【追記】 冗談でなく本当に地獄を見そうなので、一つ二つ挙げた時点で、よっぽどの例外を除き、同様のパターンはそれ以降、無視します。
・見比べるテキストは、講談社文庫は「2003年1月24日 第1刷発行」、新潮文庫は「平成二十三年八月一日発行」、どちらも初版と呼ばれるものです。
もしかしたら版を重ねた講談社文庫で、表記・表現が違っているところがありましたら、随時お知らせいただけると助かります。よろしくお願いします。
***
一 播種
【講談社文庫】
男はけだるそうに片足をぶらぶらさせたまま、なおも悠然とタバコを吸い、自分のほうから先に声をかけておきながら、まるでお前たちに用はないというふうな不敵な風情だった。 (上巻p83)
【新潮文庫】
男はけだるそうに片足をぶらぶらさせたまま、なおも悠然とタバコを吸い、自分のほうから先に声をかけておきながら、まるでお前たちに用はないというふうな不遜な風情だった。 (上巻p90)
佐野警部から見た合田さん。これは見比べないとまず分からない変更でしょう。
思わず辞書で調べたわよ、「不敵」 と 「不遜」 の意味を(苦笑)
まあ・・・この合田さんの態度ならば、どちらもアリ?
【講談社文庫】
「何かの偶然だと思いますが、うちも岩田幸平です。(以下略)」 (上巻p83)
【新潮文庫】
「どういう偶然か知りませんが、うちも岩田幸平です。(以下略)」 (上巻p92)
合田さんの発言。これは後者の方が、しっくりするかね?
ハヤカワ版はどうなってるんだ? という気持ちもあるが、比較対照にこれまで加えてしまうと、泥沼状態は目に見えている・・・。
【追記】 ハヤカワ版をチェックしたら、あまりにも違いすぎて、比較対照にならず。
【講談社文庫】
「さきほど被疑者の若者を聴取したとき、岩田の前科を詳細に知った上で、あえて岩田のスパナを借りたということでした。しかし岩田は出所後に自分の前科を人に話したことはないというし、工場には前科を隠して就職していたらしい。そういうわけで、岩田の前科についての情報の出所は山梨のどこかである可能性もあります。(以下略)」 (上巻p98)
【新潮文庫】
「さきほど被疑者の若者を聴取したとき、岩田の前科を新聞の縮刷版で調べた上で、あえて岩田のスパナを借りたということでした。しかし岩田は出所後に自分の前科を人に話したことはないというし、工場には前科を隠して就職していたらしい。そうなると、どこで岩田の前科を知ったのかを含めて、被疑者は岩田について正確な話をしていない可能性もあります。(以下略)」 (上巻p106~107)
合田さんが佐野警部に言った内容。結構変わってますね~。後者の方が、より分かりやすくなりましたか?
【講談社文庫】
赤羽駅西口に降り立ったわずかな人影が帰宅を急いで散っていき、合田雄一郎もまた一人、赤羽台団地の方向へ歩き出した。 (上巻p102)
【新潮文庫】
赤羽駅西口に降り立ったわずかな人影が帰宅を急いで散ってゆき、合田雄一郎もまた一人、赤羽台団地の方向へ歩き出した。 (上巻p110)
「いき」→「ゆき」 あるいは 「いく」→「ゆく」
この表記は、ほぼ全てに渡って変更されている、はず。この言葉の変化はどうなさったんだろうか、高村さん。
これも取り上げるとキリがない部分ですが、取り上げてしまったからにはしょうがない、やります・・・(しくしく)
【講談社文庫】
目前で形になっているばかりに、あの似て非なる別物があたかも本物のように思えてくるのは、これこそ人知の限界というやつだ。 (上巻p105)
【新潮文庫】
目前でかたちになっているばかりに、あの似て非なる別物があたかも本物のように思えてくるのは、これこそ人知の限界というやつだ。 (上巻p114)
加納さんの手紙の内容。上記の注意点に挙げてますが、「漢字」→「ひらがな」の変化です。「形」→「かたち」の表記の変化は、この後もほぼ全面的に変更されている、はず。
どの漢字をひらがなに変更したのか興味はあるけれど、チェックするのは大変ですわ、はい。
(ここまで、2011-08-14 01:09:18)
二 発芽
【講談社文庫】
ど忘れかも知れないと思って四課へ走ったが、マル暴がやはり知らないという。変だ。
都立大裏の住宅地で元組員が何をしてた? 変だ。 (上巻p136)
【新潮文庫】
ど忘れかも知れないと思って四課へ走ったが、マル暴がやはり知らないという。妙だ。
都立大裏の住宅地で元組員が何をしてた? 妙だ。 (上巻p150)
被害者・畠山宏の情報収集を始めた合田さん。
「変」→「妙」と、ちょっと柔らかい雰囲気になりましたかね。
【講談社文庫】
「(前略) 今転がっているのは、あまりいい身なりだと言えんが……」 (上巻p144)
【新潮文庫】
「(前略) いまそこに転がっている畠山は、あまりいい身なりだとは言えませんが――」 (上巻p159)
合田さんが、畠山の身元を確認した巡査長に状況を訊いているところ。
語尾の口調が丁寧になったのは、略した部分は、です・ます調だったので、統一したものと推測されます。
読書メモにも記してますが、「今」→「いま」の表記に、これも全体に渡り変更されている、はず。
【講談社文庫】
「で、ホトケの身元は」 (上巻p194)
【新潮文庫】
「ホトケの身元は」 (上巻p215)
監察医務院に到着した合田さんが、雪さんに発した第一声。
えっ、細かすぎる? それは言わないで・・・。
【講談社文庫】
(前略) 捜査本部を抜け出して慌しく駆けつけてきたのは自分の中にいるもう一人の何者かだと考えてみるのにも飽きて、(中略) 来る日も来る日も忙しい忙しいと走り回っている自分の中から、 (後略) (上巻p198)
【新潮文庫】
(前略) 捜査本部を抜け出して慌しく駆けつけてきたのは自分の中にいるもう一人の何者かだと考えてみるのにも飽きて、(中略) 来る日も来る日も忙しい忙しいと走り回っている自分のなかから、 (後略) (上巻p219)
山田先生の到着を待っている合田さん。
ここは珍しいところかと思い、あえて挙げてみました。
「中」→「なか」の表記の変化は、あまり規則性はないようですね。あるいは高村さんか校正担当者さんが、見逃したか?
前半では両文庫のどちらも「自分の中」のまま、後半は「自分の中」→「自分のなか」と変わっている。
【講談社文庫】
それにしても次長検事くらいでと、またぞろ考えた。 (上巻p203)
【新潮文庫】
削除されました。
王子署で地検の人間の姿を見かけた合田さんが、考えたこと。
次長検事だろうとやくざだろうと、被害者は被害者、遺体は遺体。差別は良くないだろうと思われて、削除されたんではないか、と推測。
【講談社文庫】
「うちの方の事件との関連を至急確認したかったまでです」 (上巻p204)
【新潮文庫】
「うちのほうの事件との関連を至急確認したかったまでです」 (上巻p225)
松井浩司の遺体をめぐって、須崎さんと言い争う合田さん。
読書メモにも記してますが、「方」→「ほう」の表記に、これも全体に渡り変更されている、はず。
【講談社文庫】
その一番後ろの一人は、自分の身一つを持て余すような所在なげな様子で少しうつむき、長身を飄々と夜風にたなびかせており、アッと思ったら、虫の知らせというやつで向こうも気づいたか、合田の方へ目を振り向けるやいなやニッと笑ってみせた。 (上巻p215)
【新潮文庫】
その一番後ろの一人は、自分の身一つを持て余すような所在なげな様子で少しうつむき、長身を飄々と夜風にたなびかせており、アッと思ったら、虫の知らせというやつで向こうも気づいたか、こちらへ目を振り向けるやいなやニッと笑ってみせた。 (上巻p238)
待望の義兄弟、一瞬のご対面。
「合田の方へ」→「こちらへ」の変更。
【講談社文庫】
水戸の旧家の出身で、おおむね挫折と言うものに無縁な秀才の男と偶然大学のゼミで知り合い、一時期義理の兄弟にまでなった年月も、今となればほんとうにあったのか、なかったのか。 (上巻p215)
【新潮文庫】
水戸の旧家の出身で、おおむね挫折と言うものに無縁な秀才の男と偶然大学の図書館で知り合い、一時期義理の兄弟にまでなった年月も、いまとなればほんとうにあったのか、なかったのか。 (上巻p240)
始発を待つ合田さんの回想。
読書メモでネタバレを伏せたところです。講談社文庫では二人が知り合ったのは大学の「ゼミ」と「図書館」の両方ともとれる記述があり、新潮文庫では「図書館」と統一。
これで「二人が知り合ったのは、大学の図書館」に決定。
【講談社文庫】
(前略) そのつど簡単な書き置きと仄かに整髪料の匂いを残していく男が、その夜も寄っていったのだ。五年前に合田が加納貴代子と離婚して以来、気まずさもあって疎遠になった加納との仲だったが、互いにあえて顔を合わさないようにしている今の関係を、部屋に残されていくその香り一つがいつもちょっと裏切っていく。そういう加納も、その本人にこうして合鍵を渡している自分自身も、どちらもが何か必要以上に隠微だと思いながら、合田は書き置きをざっと斜め読みした。 (上巻p237)
【新潮文庫】
(前略) そのつど簡単な書き置きと仄かに整髪料の匂いを残してゆく男が、その夜も寄っていったのだ。五年前に合田が加納貴代子と離婚して以来、気まずさもあって疎遠になった加納との仲だったが、互いにあえて顔を合わさないようにしているいまの関係を、部屋に残されてゆくその香り一つがいつもちょっと裏切ってゆく。そういう加納も、その本人にこうして合鍵を渡している自分自身も、どちらもがこころなしか必要以上に隠微だと思いながら、合田は書き置きをざっと斜め読みした。 (上巻p262)
加納さんの残り香の漂う自宅へ戻った合田さん。長い引用になったのは、私がここが大好きだから(笑) 講談社文庫でここを読んだ時は、あまりの官能性の高さに悶えたもんなあ~。
好きで好きで熟読したおかげで、この辺りに違いがあることは即座に分かりましたよ。
入力して改めて気づきましたが、あちこちでちょこちょこ変更されてますね。「今」→「いま」、「いく」→「ゆく」の変化はもちろん、最後のところの「どちらもが何か」→「どちらもがこころなしか」の変化に注目。
(ここまで、2011-08-14 23:19:55)
三 生長
【講談社文庫】
赤羽の自宅へ帰る前に、その夜は行かなければならないところがあったからだ。 (上巻p251)
【新潮文庫】
赤羽台の自宅へ帰る前に、その夜は行かなければならないところがあったからだ。 (上巻p281)
合田さんが加納さんと映画館で会う前の部分。
「赤羽」は駅、「赤羽台」は団地と、より明確にしたものと思われます。
【講談社文庫】
「弔辞では型通りのことしか言わないからな……。しかし、真面目一方の人物だったというのは多分事実だろう。刑事局の内部でも、とくに問題があったという話は聞かない」 (上巻p253)
【新潮文庫】
「弔辞では型通りのことしか言わないからな。しかし、真面目一方の人物だったというのは多分事実だろう。最高検の内部でも、とくに問題があったという話は聞かない」 (上巻p283)
合田さんから松井浩司のことを訊ねられた加納さんの回答。
「……」が無くなったのはともかく、「刑事局」→「最高検」の変更はなぜなのか、よく分かりません。約10行前のところで、弔辞を読んだのは刑事局長とあるしねえ。
そもそも松井に興味はない(苦笑) 所属については、私が読み逃してるのかもしれない。
【講談社文庫】
「なあ、正月に穂高へ行かないか。二人で……」
「穂高のどこへ……」 (上巻p255)
【新潮文庫】
「なあ、正月に穂高へ行かないか。二人で」
「穂高のどこへ」 (上巻p286)
義兄弟の会話。
「……」→「――」の変更は無視する、と注意点に記しましたが、無くなるパターンは考えてなかったので取り上げました・・・。
【講談社文庫】
「居眠りするな」と声をかけると、「心配するな」と加納は応えた。 (上巻p256)
【新潮文庫】
「ありがとう」と声をかけると、「ああ」という軽い返事があった。 (上巻p287)
別れる義兄弟の最後の会話。
読書メモで「上巻の中で最大の変更」と叫んだのがここ。
これ、何で変えたんだろう~?
前者は、情報提供してもらった合田さんの照れ隠しみたいなためらい、加納さんの悠長な雰囲気があって、好きなのになあ・・・。
後者は、「やはり礼のひと言くらいは言わないと」という、高村さんの配慮が働いたのかもしれません。
【講談社文庫】
(前略) 教官に呼び出されて、妻の貴代子に原発反対運動から手を引かせるか、君が警察を辞めるかどちらかだぞと言われた。 (上巻p281)
【新潮文庫】
(前略) 教官に呼び出されて、奥さんに原発反対運動から手を引かせるか、君が警察を辞めるかどちらかだぞと言われた。 (上巻p315)
合田さんが『アカ』呼ばわりされるきっかけの部分。
教官の発言なのだから、「奥さん」がごくごく自然でしょうね。
(ここまで、2011-08-15 23:05:53)
【講談社文庫】
デスクに書類を広げたまま、花房一課長は一重瞼の下の眼球だけをゆるりと動かし、部下二名を凝視した。
「話は聞いた。事態の意味は分かってるだろうな」 (上巻p293)
【新潮文庫】
デスクに書類を広げたまま、花房一課長は一重瞼の下の眼球だけをゆるりと動かし、部下二名を凝視した。
「私の言いたいことは分かってるだろうな」 (上巻p328~329)
迷ったんですが、「部下二名」の一人が合田さんなので取り上げました。もう一人は林係長。
【講談社文庫】
元より、今回の二つの事件が世間の知るところになって困るのは捜査の現場ではなく、(後略) (上巻p295)
【新潮文庫】
もとより、今回の二つの事件が世間の知るところになって困るのは捜査の現場ではなく、(後略) (上巻p331)
「元より」→「もとより」
これも漢字からひらがなへ変更のパターン。初めての例なので取り上げ。
【講談社文庫】
あいつ、こんな顔だったかなとちょっと見入った。 (上巻p297)
【新潮文庫】
あいつ、こんな顔だったかなと少々見入った。 (上巻p333)
「ちょっと」→「少々」
写真を見つめてる合田さんはともかく、見つめられてるお蘭にはどうでもいいこと・・・か?
【講談社文庫】
電話の口調から、捜査員を外す件で上にかけあった成果がなかったのは聞かずとも分かったが、そこは敗北も反省も知らない吾妻。 (上巻p305)
【新潮文庫】
電話の口調から、捜査員を外す件で上にかけあった成果がなかったのは聞かずとも分かったが、そこは敗北も反省も知らない吾妻のことだ。 (上巻p341)
合田さんが電話をかけたペコさんのところ。微妙なところですね。
【講談社文庫】
「(前略) 電話の声を聞けば、相手の筋ぐらい……」
合田はすかさず編集長を遮り、「電話だったんですか」と記者の方へ声をかけた。
「そうです。八日夜、十一時ごろに編集部に電話を取りました」と記者は応えた。 (上巻p315)
【新潮文庫】
「電話の声を聞けば、相手の筋ぐらい――」編集長がまた口を出してきたが、合田はすかさずそれを遮り、「電話だったんですか」と記者のほうへ声をかけた。
「――そうです。八日夜、十一時ごろに編集部に電話を取りました」記者は一分ほど置いてやっと意を決したように応えた。 (上巻p352~353)
【講談社文庫】
「考えたくはありませんが」
「刑事さん、その凶器の件は (中略) この辺でお終いにしましょう」と編集長が言った。 (上巻p318)
【新潮文庫】
「考えたくはありませんが」
そこでまた編集長の口出しがあった。「刑事さん、その凶器の件は (中略) この辺でお終いにしませんか」 (上巻p356~357)
【講談社文庫】
「(前略) 記者さん、お借りできますか」
「コピーなら」 (上巻p318)
【新潮文庫】
「(前略) 記者さん、お借りできますか」
「コピーなら――」記者は編集長から目を逸らすようにして低く応えた。 (上巻p357)
上記3つの引用、警察vs週刊誌編集部のあたりは、結構手を入れられてますね。
合田さんが絡んでなきゃ、見逃してたかも。
つ、疲れた・・・。
ところで早いところでは明日くらい、新潮文庫が発売されるんでしょうかね?
(ここまで、2011-08-28 22:50:26)
以下、不定期に続きます。
あくまでこの二人に関するところだけ。当然、合田さんが圧倒的に多いです。
一気にまとめて、というのは到底無理ですので、徐々にやっていきます。
見比べる作業も集中力が要るわ、目も酷使するわで、大変なんですよ~。
【注意点】
・念を押しますが、合田さんと加納さんにかかわるところだけ取り上げます。他の変更部分は一切取り上げませんので、あしからず。
・講談社文庫の「……」の表記が、新潮文庫では「――」の表記に変更されてますが、キリがないので取り上げません。
・同様に、講談社文庫の「――」の使用部分の利用文字数が、新潮文庫では短くなっていますが、これもキリがないので取り上げません。
・講談社文庫で漢字を使用している部分が、新潮文庫ではひらがなに変更されている部分があります。これについてもキリがないのですが、どうしようか現在悩み中。正直なところこれをやってしまうと、地獄を見そうな気がする・・・(苦笑)
【追記】 冗談でなく本当に地獄を見そうなので、一つ二つ挙げた時点で、よっぽどの例外を除き、同様のパターンはそれ以降、無視します。
・見比べるテキストは、講談社文庫は「2003年1月24日 第1刷発行」、新潮文庫は「平成二十三年八月一日発行」、どちらも初版と呼ばれるものです。
もしかしたら版を重ねた講談社文庫で、表記・表現が違っているところがありましたら、随時お知らせいただけると助かります。よろしくお願いします。
***
一 播種
【講談社文庫】
男はけだるそうに片足をぶらぶらさせたまま、なおも悠然とタバコを吸い、自分のほうから先に声をかけておきながら、まるでお前たちに用はないというふうな不敵な風情だった。 (上巻p83)
【新潮文庫】
男はけだるそうに片足をぶらぶらさせたまま、なおも悠然とタバコを吸い、自分のほうから先に声をかけておきながら、まるでお前たちに用はないというふうな不遜な風情だった。 (上巻p90)
佐野警部から見た合田さん。これは見比べないとまず分からない変更でしょう。
思わず辞書で調べたわよ、「不敵」 と 「不遜」 の意味を(苦笑)
まあ・・・この合田さんの態度ならば、どちらもアリ?
【講談社文庫】
「何かの偶然だと思いますが、うちも岩田幸平です。(以下略)」 (上巻p83)
【新潮文庫】
「どういう偶然か知りませんが、うちも岩田幸平です。(以下略)」 (上巻p92)
合田さんの発言。これは後者の方が、しっくりするかね?
ハヤカワ版はどうなってるんだ? という気持ちもあるが、比較対照にこれまで加えてしまうと、泥沼状態は目に見えている・・・。
【追記】 ハヤカワ版をチェックしたら、あまりにも違いすぎて、比較対照にならず。
【講談社文庫】
「さきほど被疑者の若者を聴取したとき、岩田の前科を詳細に知った上で、あえて岩田のスパナを借りたということでした。しかし岩田は出所後に自分の前科を人に話したことはないというし、工場には前科を隠して就職していたらしい。そういうわけで、岩田の前科についての情報の出所は山梨のどこかである可能性もあります。(以下略)」 (上巻p98)
【新潮文庫】
「さきほど被疑者の若者を聴取したとき、岩田の前科を新聞の縮刷版で調べた上で、あえて岩田のスパナを借りたということでした。しかし岩田は出所後に自分の前科を人に話したことはないというし、工場には前科を隠して就職していたらしい。そうなると、どこで岩田の前科を知ったのかを含めて、被疑者は岩田について正確な話をしていない可能性もあります。(以下略)」 (上巻p106~107)
合田さんが佐野警部に言った内容。結構変わってますね~。後者の方が、より分かりやすくなりましたか?
【講談社文庫】
赤羽駅西口に降り立ったわずかな人影が帰宅を急いで散っていき、合田雄一郎もまた一人、赤羽台団地の方向へ歩き出した。 (上巻p102)
【新潮文庫】
赤羽駅西口に降り立ったわずかな人影が帰宅を急いで散ってゆき、合田雄一郎もまた一人、赤羽台団地の方向へ歩き出した。 (上巻p110)
「いき」→「ゆき」 あるいは 「いく」→「ゆく」
この表記は、ほぼ全てに渡って変更されている、はず。この言葉の変化はどうなさったんだろうか、高村さん。
これも取り上げるとキリがない部分ですが、取り上げてしまったからにはしょうがない、やります・・・(しくしく)
【講談社文庫】
目前で形になっているばかりに、あの似て非なる別物があたかも本物のように思えてくるのは、これこそ人知の限界というやつだ。 (上巻p105)
【新潮文庫】
目前でかたちになっているばかりに、あの似て非なる別物があたかも本物のように思えてくるのは、これこそ人知の限界というやつだ。 (上巻p114)
加納さんの手紙の内容。上記の注意点に挙げてますが、「漢字」→「ひらがな」の変化です。「形」→「かたち」の表記の変化は、この後もほぼ全面的に変更されている、はず。
どの漢字をひらがなに変更したのか興味はあるけれど、チェックするのは大変ですわ、はい。
(ここまで、2011-08-14 01:09:18)
二 発芽
【講談社文庫】
ど忘れかも知れないと思って四課へ走ったが、マル暴がやはり知らないという。変だ。
都立大裏の住宅地で元組員が何をしてた? 変だ。 (上巻p136)
【新潮文庫】
ど忘れかも知れないと思って四課へ走ったが、マル暴がやはり知らないという。妙だ。
都立大裏の住宅地で元組員が何をしてた? 妙だ。 (上巻p150)
被害者・畠山宏の情報収集を始めた合田さん。
「変」→「妙」と、ちょっと柔らかい雰囲気になりましたかね。
【講談社文庫】
「(前略) 今転がっているのは、あまりいい身なりだと言えんが……」 (上巻p144)
【新潮文庫】
「(前略) いまそこに転がっている畠山は、あまりいい身なりだとは言えませんが――」 (上巻p159)
合田さんが、畠山の身元を確認した巡査長に状況を訊いているところ。
語尾の口調が丁寧になったのは、略した部分は、です・ます調だったので、統一したものと推測されます。
読書メモにも記してますが、「今」→「いま」の表記に、これも全体に渡り変更されている、はず。
【講談社文庫】
「で、ホトケの身元は」 (上巻p194)
【新潮文庫】
「ホトケの身元は」 (上巻p215)
監察医務院に到着した合田さんが、雪さんに発した第一声。
えっ、細かすぎる? それは言わないで・・・。
【講談社文庫】
(前略) 捜査本部を抜け出して慌しく駆けつけてきたのは自分の中にいるもう一人の何者かだと考えてみるのにも飽きて、(中略) 来る日も来る日も忙しい忙しいと走り回っている自分の中から、 (後略) (上巻p198)
【新潮文庫】
(前略) 捜査本部を抜け出して慌しく駆けつけてきたのは自分の中にいるもう一人の何者かだと考えてみるのにも飽きて、(中略) 来る日も来る日も忙しい忙しいと走り回っている自分のなかから、 (後略) (上巻p219)
山田先生の到着を待っている合田さん。
ここは珍しいところかと思い、あえて挙げてみました。
「中」→「なか」の表記の変化は、あまり規則性はないようですね。あるいは高村さんか校正担当者さんが、見逃したか?
前半では両文庫のどちらも「自分の中」のまま、後半は「自分の中」→「自分のなか」と変わっている。
【講談社文庫】
それにしても次長検事くらいでと、またぞろ考えた。 (上巻p203)
【新潮文庫】
削除されました。
王子署で地検の人間の姿を見かけた合田さんが、考えたこと。
次長検事だろうとやくざだろうと、被害者は被害者、遺体は遺体。差別は良くないだろうと思われて、削除されたんではないか、と推測。
【講談社文庫】
「うちの方の事件との関連を至急確認したかったまでです」 (上巻p204)
【新潮文庫】
「うちのほうの事件との関連を至急確認したかったまでです」 (上巻p225)
松井浩司の遺体をめぐって、須崎さんと言い争う合田さん。
読書メモにも記してますが、「方」→「ほう」の表記に、これも全体に渡り変更されている、はず。
【講談社文庫】
その一番後ろの一人は、自分の身一つを持て余すような所在なげな様子で少しうつむき、長身を飄々と夜風にたなびかせており、アッと思ったら、虫の知らせというやつで向こうも気づいたか、合田の方へ目を振り向けるやいなやニッと笑ってみせた。 (上巻p215)
【新潮文庫】
その一番後ろの一人は、自分の身一つを持て余すような所在なげな様子で少しうつむき、長身を飄々と夜風にたなびかせており、アッと思ったら、虫の知らせというやつで向こうも気づいたか、こちらへ目を振り向けるやいなやニッと笑ってみせた。 (上巻p238)
待望の義兄弟、一瞬のご対面。
「合田の方へ」→「こちらへ」の変更。
【講談社文庫】
水戸の旧家の出身で、おおむね挫折と言うものに無縁な秀才の男と偶然大学のゼミで知り合い、一時期義理の兄弟にまでなった年月も、今となればほんとうにあったのか、なかったのか。 (上巻p215)
【新潮文庫】
水戸の旧家の出身で、おおむね挫折と言うものに無縁な秀才の男と偶然大学の図書館で知り合い、一時期義理の兄弟にまでなった年月も、いまとなればほんとうにあったのか、なかったのか。 (上巻p240)
始発を待つ合田さんの回想。
読書メモでネタバレを伏せたところです。講談社文庫では二人が知り合ったのは大学の「ゼミ」と「図書館」の両方ともとれる記述があり、新潮文庫では「図書館」と統一。
これで「二人が知り合ったのは、大学の図書館」に決定。
【講談社文庫】
(前略) そのつど簡単な書き置きと仄かに整髪料の匂いを残していく男が、その夜も寄っていったのだ。五年前に合田が加納貴代子と離婚して以来、気まずさもあって疎遠になった加納との仲だったが、互いにあえて顔を合わさないようにしている今の関係を、部屋に残されていくその香り一つがいつもちょっと裏切っていく。そういう加納も、その本人にこうして合鍵を渡している自分自身も、どちらもが何か必要以上に隠微だと思いながら、合田は書き置きをざっと斜め読みした。 (上巻p237)
【新潮文庫】
(前略) そのつど簡単な書き置きと仄かに整髪料の匂いを残してゆく男が、その夜も寄っていったのだ。五年前に合田が加納貴代子と離婚して以来、気まずさもあって疎遠になった加納との仲だったが、互いにあえて顔を合わさないようにしているいまの関係を、部屋に残されてゆくその香り一つがいつもちょっと裏切ってゆく。そういう加納も、その本人にこうして合鍵を渡している自分自身も、どちらもがこころなしか必要以上に隠微だと思いながら、合田は書き置きをざっと斜め読みした。 (上巻p262)
加納さんの残り香の漂う自宅へ戻った合田さん。長い引用になったのは、私がここが大好きだから(笑) 講談社文庫でここを読んだ時は、あまりの官能性の高さに悶えたもんなあ~。
好きで好きで熟読したおかげで、この辺りに違いがあることは即座に分かりましたよ。
入力して改めて気づきましたが、あちこちでちょこちょこ変更されてますね。「今」→「いま」、「いく」→「ゆく」の変化はもちろん、最後のところの「どちらもが何か」→「どちらもがこころなしか」の変化に注目。
(ここまで、2011-08-14 23:19:55)
三 生長
【講談社文庫】
赤羽の自宅へ帰る前に、その夜は行かなければならないところがあったからだ。 (上巻p251)
【新潮文庫】
赤羽台の自宅へ帰る前に、その夜は行かなければならないところがあったからだ。 (上巻p281)
合田さんが加納さんと映画館で会う前の部分。
「赤羽」は駅、「赤羽台」は団地と、より明確にしたものと思われます。
【講談社文庫】
「弔辞では型通りのことしか言わないからな……。しかし、真面目一方の人物だったというのは多分事実だろう。刑事局の内部でも、とくに問題があったという話は聞かない」 (上巻p253)
【新潮文庫】
「弔辞では型通りのことしか言わないからな。しかし、真面目一方の人物だったというのは多分事実だろう。最高検の内部でも、とくに問題があったという話は聞かない」 (上巻p283)
合田さんから松井浩司のことを訊ねられた加納さんの回答。
「……」が無くなったのはともかく、「刑事局」→「最高検」の変更はなぜなのか、よく分かりません。約10行前のところで、弔辞を読んだのは刑事局長とあるしねえ。
そもそも松井に興味はない(苦笑) 所属については、私が読み逃してるのかもしれない。
【講談社文庫】
「なあ、正月に穂高へ行かないか。二人で……」
「穂高のどこへ……」 (上巻p255)
【新潮文庫】
「なあ、正月に穂高へ行かないか。二人で」
「穂高のどこへ」 (上巻p286)
義兄弟の会話。
「……」→「――」の変更は無視する、と注意点に記しましたが、無くなるパターンは考えてなかったので取り上げました・・・。
【講談社文庫】
「居眠りするな」と声をかけると、「心配するな」と加納は応えた。 (上巻p256)
【新潮文庫】
「ありがとう」と声をかけると、「ああ」という軽い返事があった。 (上巻p287)
別れる義兄弟の最後の会話。
読書メモで「上巻の中で最大の変更」と叫んだのがここ。
これ、何で変えたんだろう~?
前者は、情報提供してもらった合田さんの照れ隠しみたいなためらい、加納さんの悠長な雰囲気があって、好きなのになあ・・・。
後者は、「やはり礼のひと言くらいは言わないと」という、高村さんの配慮が働いたのかもしれません。
【講談社文庫】
(前略) 教官に呼び出されて、妻の貴代子に原発反対運動から手を引かせるか、君が警察を辞めるかどちらかだぞと言われた。 (上巻p281)
【新潮文庫】
(前略) 教官に呼び出されて、奥さんに原発反対運動から手を引かせるか、君が警察を辞めるかどちらかだぞと言われた。 (上巻p315)
合田さんが『アカ』呼ばわりされるきっかけの部分。
教官の発言なのだから、「奥さん」がごくごく自然でしょうね。
(ここまで、2011-08-15 23:05:53)
【講談社文庫】
デスクに書類を広げたまま、花房一課長は一重瞼の下の眼球だけをゆるりと動かし、部下二名を凝視した。
「話は聞いた。事態の意味は分かってるだろうな」 (上巻p293)
【新潮文庫】
デスクに書類を広げたまま、花房一課長は一重瞼の下の眼球だけをゆるりと動かし、部下二名を凝視した。
「私の言いたいことは分かってるだろうな」 (上巻p328~329)
迷ったんですが、「部下二名」の一人が合田さんなので取り上げました。もう一人は林係長。
【講談社文庫】
元より、今回の二つの事件が世間の知るところになって困るのは捜査の現場ではなく、(後略) (上巻p295)
【新潮文庫】
もとより、今回の二つの事件が世間の知るところになって困るのは捜査の現場ではなく、(後略) (上巻p331)
「元より」→「もとより」
これも漢字からひらがなへ変更のパターン。初めての例なので取り上げ。
【講談社文庫】
あいつ、こんな顔だったかなとちょっと見入った。 (上巻p297)
【新潮文庫】
あいつ、こんな顔だったかなと少々見入った。 (上巻p333)
「ちょっと」→「少々」
写真を見つめてる合田さんはともかく、見つめられてるお蘭にはどうでもいいこと・・・か?
【講談社文庫】
電話の口調から、捜査員を外す件で上にかけあった成果がなかったのは聞かずとも分かったが、そこは敗北も反省も知らない吾妻。 (上巻p305)
【新潮文庫】
電話の口調から、捜査員を外す件で上にかけあった成果がなかったのは聞かずとも分かったが、そこは敗北も反省も知らない吾妻のことだ。 (上巻p341)
合田さんが電話をかけたペコさんのところ。微妙なところですね。
【講談社文庫】
「(前略) 電話の声を聞けば、相手の筋ぐらい……」
合田はすかさず編集長を遮り、「電話だったんですか」と記者の方へ声をかけた。
「そうです。八日夜、十一時ごろに編集部に電話を取りました」と記者は応えた。 (上巻p315)
【新潮文庫】
「電話の声を聞けば、相手の筋ぐらい――」編集長がまた口を出してきたが、合田はすかさずそれを遮り、「電話だったんですか」と記者のほうへ声をかけた。
「――そうです。八日夜、十一時ごろに編集部に電話を取りました」記者は一分ほど置いてやっと意を決したように応えた。 (上巻p352~353)
【講談社文庫】
「考えたくはありませんが」
「刑事さん、その凶器の件は (中略) この辺でお終いにしましょう」と編集長が言った。 (上巻p318)
【新潮文庫】
「考えたくはありませんが」
そこでまた編集長の口出しがあった。「刑事さん、その凶器の件は (中略) この辺でお終いにしませんか」 (上巻p356~357)
【講談社文庫】
「(前略) 記者さん、お借りできますか」
「コピーなら」 (上巻p318)
【新潮文庫】
「(前略) 記者さん、お借りできますか」
「コピーなら――」記者は編集長から目を逸らすようにして低く応えた。 (上巻p357)
上記3つの引用、警察vs週刊誌編集部のあたりは、結構手を入れられてますね。
合田さんが絡んでなきゃ、見逃してたかも。
つ、疲れた・・・。
ところで早いところでは明日くらい、新潮文庫が発売されるんでしょうかね?
(ここまで、2011-08-28 22:50:26)
以下、不定期に続きます。
電車の中吊り広告、そして今日、現物の「新潮社版・マークスの山」を書店で見て、
ああ本当に出たんだ…と思いました次第で。
ハヤカワ版に愛着があったこともあり、
古めかしい(笑)活字を見ただけでも嬉しくなりました!
でも文庫化された時にすでに改稿があったので、
今回の新潮文庫版はまた改稿・加筆ありなのか、
単に版元が変わっただけなのかと訝しく思っておりました。
やはり読んでみるべきですよね。
どうもありがとうございました。
新潮版「照柿」の表紙がとっても怖いですよ。
「マークス」は清涼な感じで、
「照柿」のこの色は、講談社版よりずっと
神経にささってくる感じです。
どちらも講談社版より、内容をよりよく表していると感じます。(まあ、個人的な感じ方にすぎませんが)
並べて読むのは怖いような気がしていて(←どつぼにはまりそうな予感)、諦めていました。
こんなに明確に、コメントも有りで無茶苦茶ありがたいです。
お忙しいのに大変かもしれませんが、応援しております。