あるタカムラーの墓碑銘

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雑居房で男同士が知り合ったといえば、それで察して下さい。 (p338)

2008-01-05 00:05:30 | 李歐 再読日記
2007年4月7日(土)の 『李歐』 (講談社文庫) は、コウモリ のp298からp349まで読了。
そういえば7日は「新潮」 の発売日でしたから、キリのいいところで読むのをやめたんだっけ。この直後に、キーナン神父の長い長い手紙が控えているから。

今回のタイトルは、カズぼんの台詞から。さて、そう聞かされた田丸さんは、何をどう「察した」んでしょうね?


【さくら桜】

★作業場の中から従業員が「ほら、咲きましたで!」と長閑な一声を上げた。見上げると、工場の庭を覆う桜に淡いピンク色の花がちらほら散っており、その一瞬は思わず金策も忘れて目を細めたものだった。来る日も来る日も仰いできたと思った桜だが、一彰が開花を見るのは実に十九年ぶりだったのだ。 (p323~324)

★桜は、咲きだすと早い。一晩で三分咲きになった花は、日増しに枝という枝にピンク色の雲を散らしていき、 (p328)

★工場の桜は、一夜明けると一気に散り始め、庭は桜吹雪だった。 (p336)


【今回の名文・名台詞・名場面】
原口組長ご贔屓の私、前回は恥ずかしさが先に立ってかなり抑えましたが、今回はドドンといきますよん♪

★一彰の目にはただ、対立する組の幹部を日本刀で切りつけるのも辞さない男の血なまぐささや、拳銃と情欲のごった煮や、一緒に過ごした夜の生身の熱などが脈絡もなく重なり、平穏な生活に慣れかけていた臓腑が、びくっとおののいたに留まった。 (p301)

原口組長との再会。思うこと、いろいろ。感じること、いろいろ。

★「まあ、私らの世界では自首は裏切りと同じやて、素人さんに言うても仕方ない。初めにそう教えておかなかった人間のミスでっしゃろ」 (中略) 
「一部、ミスがあったことは認める。しかし、私たちはミスを放置したことはない」
 (p302)

カズぼんをあくまで「素人」と通す原口組長と、それを認めたくないシンジケートの男たちと。こういう世界は、あまり理解を示したくはないんですが(苦笑)
ただ、このやり取り次第ではカズぼんの「これからの立ち位置」に、微妙に違いが出てくるんですよね。

★グラスを置いて目が合うと、数秒の間互いに見えない綱を引き合い、一彰が先に逸らそうとした目を原口は再度引き戻して、待ち構えていたように、さまざまな狂おしい爆発を滲ませた笑みを噴き出させた。 (p305)

何て官能的なんだ! この数秒間の駆け引きを、隠微と淫靡と言わずして何と言う! 原口組長が「どのようにして」カズぼんが逸らした目を引き戻したのか、いろいろと裏読み出来る部分ですよね。ちなみに私は・・・ 組長がカズぼんをグイッと引き寄せた。更に妄想を膨らませると、カズぼんの顎をガシッと掴んで、顔を自分の方へ固定させた。 ・・・と妄想を働かせたりもしましたが、如何? (あくまで「裏読みの妄想」ですので、よしなに)
本当はその表現通り、視線を絡め合って、綱引きのような駆け引きがあったんだろうと思われます(そして、カズぼんが負けた)
だけど読み返すと、たまに妄想を働かせたくなる部分なんですよ~。

★「塀の中では、ええ目させてもろうた」
「今日、その分は返していただきました」
「あんなのは儀式やが、吉田さん。今日はあんたを見ていて、蛇を思い出した。草むらでじっとしとる、きれいな毒蛇や。触ったらひんやり冷たい。おとなしいが、なつきもしない。最後は、咬みつく。ええやないか……。惚れ直したで」
「笛を吹いてくれたら、踊りましょうか」
「それも、スリル満点や。客人らにああ言うた手前もあるが、あんたはこの原口がもろうた。組は関係ない。俺が飼い殺すか、あんたが咬むか、や」
 (p305)

さすがです組長。カズぼんという毒蛇を飼うという酔狂、そして何と余裕のある、懐の大きなお方なのでしょう。
・・・それはそれで置いておいて、組長もカズぼんとの相性(←何の)が良かったんですか。そうですか、それは良かった♪ (私は「原口×カズぼん」なもので)

★「ひっかかる感じがしたんやろ?」
そう言い当てて見せた原口は、顎のひと振りで一彰を椅子から立たせると、一彰のジャケットの前を自分の手ではだけて、スラックスのベルトの脇にリボルバーを差し込んだ。
そうして、餌を与えた蛇を愛でるように「削り直しは任せた、興奮させてくれや」と原口は囁き、一彰の方もまた、意思とは関係なく溢れ出た身震いとともに、腰にぶら下がった拳銃一丁の重量を味わったのだった。
 (p309)

おお、何と大胆な組長の行動! その後の囁きが、動と静といった感じで実によろしい。官能的だなあ~(こればっかり) 

★刑務所時代、原口は一彰の若い生硬な手指を青竹のようだと言い、便箋を割いて作った紙縒りをそれに這わせながら、青竹に蛇、と笑ったのだった。そして、紙縒りの先で撫でられるたびに一彰が身震いを走らせると、原口は「咬んだろか……」と囁いたのだ。 (p310~311)

出ました、紙縒りプレイ!(←こらこら)
でも、この気持ちは分からないでもないんだよなあ。私も小さい頃から、柔らかい布団のシーツや毛布の端っこの部分を触るのが好きだったらしい(笑) 触りすぎて、当然その部分だけ真っ黒けで、洗濯しても汚れが落ちなかったそうな・・・。

★「この原口が、あんたの草むらの安全は守ったるさかい、俺が覗いたときには、愛想の一つでもみせてくれや」
「愛想、ですか……」
「愛想や。そのつど飼い主が誰かを思い出すやろ?」
 (p313)

「愛想の一つ」で済めばいいんですけどねえ? 済まないんですよねえ、これが。

さて、原口組長とカズぼんの関係。『わが手に拳銃を』 (講談社) との違いは、これで明白ですね。
『わが手に拳銃を』 では、杯を交わした組長は、カズぼんをあちらこちらに連れ回し、やくざ仲間に顔見せさせている。
『李歐』 では、一切そんなことはしない。組織や裏の世界から手が回らないようにする代わりに、拳銃の修理や改造を依頼する組長、守ってもらう代わりに、それらを引き受けるカズぼんという、一種の取引関係になっている(更にプラスアルファの行為もありますが)
カズぼんを「堅気の人間」として扱っている組長が、ギリギリの線でカズぼんの生活を守っているんですよね。

★もはや想像もおぼつかない霞の中で、一彰は身体じゅうの皮膚を破って噴き出す欲望に駆られた。噴き出すように、李歐に会いたいと思った。 (p321)

★それが何者であったにしろ、もう一度会いたい、ただ会いたいと思った。
しかし、李歐はもういないのだ。
 (p321~322)

「後悔」という言葉では片付けられない、一彰の想い。p321は「会いたい」という言葉が連呼されていて、読んでいると恥ずかしい気がするのは、私だけ・・・じゃないですよね?

★「人間、あんまり美しいもんを見ると、言葉が出えへんようになりますんやな」 (p331)

守山工場の桜を見た人の言葉。確かに美しい物や人などを目にすると、絶句しますものね(そういう経験有り)

★誰もほんとうの顔を見たことがないというのも、実に李歐らしい。 (中略) 政治の影を引きずっているのは李歐ではなくアジアであり、何者かと尋ねられたら李歐は李歐だと答えるしかない。その李歐が生きており、昔自ら言っていた通り、今やアジアのどこかで、金を動かしているのだ。想像する端から、飛び跳ねるように胸が弾んだ。
ああ李歐が生きている。
 (p340~341)

2~3つ前に取り上げた内容とは一転して、カズぼんの歓喜をひしひしと感じる部分。
李歐って、変な表現かもしれませんが、ある意味では「本物の幻」のような存在なんですよね。以前も記しましたが、李歐という名前を知っているのは、吉田一彰ただ一人。それ以外の人たちが知っているのは、偽名を使用している李歐。



2 コメント

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出たッ (Ki.S)
2008-01-06 20:28:32
出た原口組長!

このあたりはほんと、行間読み裏読みの末の妄想が炸裂するところですね。

原口組長が一彰の腰に拳銃を差し込む場面、引用してくださった部分を改めて読んでみると、一彰が組長の手によって“暴かれた”という感じだなあ、と思います。
紙縒りプレイ(他にどう表現すればいいというのか)の場面なんて、私は“その紙縒りは、まあ指にも這わせたんだろうけど一彰が身震いをしたときにはどこに這わせてたんですか組長”とじたばたしてしまいます。
それに、
>そのつど飼い主が誰かを思い出すやろ?
というのはつまり、そのつど飼い主が誰かを“思い出してほしい”ということなんじゃないかな、とか。

もう、なんか組長は一彰にベタ惚れですか、と思わずにはいられません。ええ、妄想です、わかってますとも。
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あけましておめでとうございます。 (からな)
2008-01-06 22:11:30
Ki.Sさん、こんばんは。

>行間読み裏読みの末の妄想が炸裂するところですね。

そうでしょう~! ここはそのものずばっと描写するよりも、微妙な曖昧さや想像の余地を感じさせる描写になっているのが、いいんですよね。

>一彰が身震いをしたときにはどこに這わせてたんですか

そりゃあ、あれとかあそことか、アレとかアソコとか・・・。妄想は止まらない(笑)

>組長は一彰にベタ惚れですか、と思わずにはいられません。

惚れてますでしょう。「拳銃で繋がれた取引関係」という部分を差し引いてもいいと思いますよ。
いみじくも『マークスの山』で吉原警部が、ウブなお蘭に講釈たれてましたもん。身体が合うという男女関係もあるって・・・(苦笑)

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