やっぱり最後は、これで締めくくり。リ・オウといえば「Hey」、李歐といえば「ヘイ」なので(大笑)
いよいよラスト、花火大会のクライマックスのように、ドーンと派手にまいりましょう!
***
2006年7月24日(月)の『わが手に拳銃を』は、罠 のp300から、春燈亂 を経て、エピローグまで。つまり全て読了。
【主な登場人物】
吉田一彰 笹倉文治 リ・オウ 田丸浩一 吉田(旧姓・守山)咲子 吉田裕一・・・前回から引き続き登場。
『李歐』と比べてみたら、笹倉さんの消え方が・・・。田丸も・・・。
【今回の漢詩】
風起春燈亂
江鳴夜雨懸 (p338)
杜甫の五言律詩「船下帰き州郭宿雨湿不得上岸別王十ニ判官(船にてき州の郭に下りて宿す 雨に湿いて岸に上るを得ず 王十ニ判官に別る)」より。
「き州」の「き」は変換出来ず・・・というより、文字化けするので断念。現在の中国では、重慶の辺りになるそうです。
余談ながら、この詩から「森鴎外」のペンネームがとられたのではないか、という説があるそうな。
依沙宿舸船 沙に依りて舸船を宿
石瀬月娟娟 石瀬 月 娟娟たり
風起春燈亂 風起りて春燈亂れ
江鳴夜雨懸 江鳴りて夜雨懸る
晨鐘雲岸湿 晨鐘 雲岸湿い
勝地石堂煙 勝地 石堂煙る
柔艫軽鴎外 柔艫 軽鴎の外
含悽覚汝賢 悽を含んで汝が賢なるを覚ゆ
杜甫の詩に始まり、杜甫の詩で終わる、『わが手に拳銃を』。
【今回登場した拳銃】
オートマチック(種類不明) ブローニング(FN・HPDAスタンダード) スターム・ルガーのセキュリテイ・シックス ライフル(種類不明)
【今回の名文・名台詞・名場面】
★「商売の世界は、昨日の敵が今日の味方。僕はただの株屋やて、昼間も言いましたやろ。それに、僕は昔から、リ・オウという男は買うてました。 (後略)」 (p301)
笹倉さんによるリ・オウ評、その1。この人は一応は本物の「株屋さん」なんですが、すぐさまバレるような「株屋さん」を名乗ったお方もおりましたなあ・・・。
★「リ・オウは、君の人生の大きな借りがある。あれ、そういうことは死ぬまで忘れへん男やさかい」 (p308)
★「君はそう思うても、リ・オウは君に賭けてますんや。ちょっと日本人には分からしまへんやろけどな。血を流して助けてもろうた命は、血を流して返しますんや、中国の人間は。その代わり、自分のものと決めたものはスッポンみたいに離さしまへん。土地も人間も金も何もかも」 (p308)
上記2つの引用。笹倉さんによるリ・オウ評、その2とその3。特にその3が的確すぎて怖いなあ。そうか・・・リ・オウはスッポンだったのか・・・。
★「(前略) 僕は商売人です。商売のためにしか動きまへん。それが、どこの国にも政治にも思想にも縛られない商売人の自負です。また、そういう自負なしには、僕はアジアでは生きていかれへんかった。これが答えです。自由人というのは、そういう意味です」 (p310)
★「……吉田はん。それでも僕は自由人です。リ・オウもそうやと信じてます。リ・オウが消えたのは、理由はともかく、結局あれこれの鎖を振り切ったということやないかと思うてますんや。いや、是非そうであってほしいと……。もしもそれが気違い沙汰に見えるんなら、どの社会体制にも《ノー》と言う人間が気違いに見えるアジアが不幸ですねん」 (p310~311)
上記2つの引用。「商売人=自由人・笹倉文治」の生き様が見えますね。聞かされたカズぼんは、「日本人の恥だ。アジアの害虫だ」とケチョンケチョンに罵倒してますが(苦笑)
★田丸はまだ何か喋り続けているが、もうあまり頭には入らなかった。リ・オウの生きていた世界について、自分に理解できることは何ひとつなかった。リ・オウの生業の如何によって、自分の人生が左右されるようなことも一度もなかった。俺は俺だ。 (p323)
笹倉さんも田丸も、カズぼんとリ・オウの結びつきを強調するので、それを聞かされるカズぼんは「いい加減にしてくれ」と思っていたのかも・・・。それでも否定は出来ないよ、カズぼん。その後、それがイヤというほど思い知らされるから。
★仰向けになった男の顔に自分の顔をこすりつけて「おい!」と呻いたら、いきなり死体が「ああ」と応えた。
閉じていた眼窩が開き、唇が開き、かすかに笑みを浮かべて「生き返っちまった」とリ・オウは囁いた。
死んだと思ったとたん溢れ出した涙が、急に塩っ辛くなった。畜生と思いながら、安堵で心臓がどっと緩んだ。緩み過ぎて、また声が出なくなった。おお、リ・オウ。このやろう。 (p333~334)
有名(?)な「リ・オウ、殺しても叩いても撃たれても死なない場面」(笑) カズぼんの「このやろう」のひと言に、感情の全てが凝縮されていますね。
★「俺、こういうのは初めてなんだからそのつもりでな」
「畜生、好きなんだろ、こういうのが」
「ああ、好きだ」
「ああ……一彰がサドとは知らなかった」
「女に仕込まれたんだ」 (p335)
★「ああ、そうか。日曜か」
「曜日忘れるような頭で警察へ出頭する気か。マゾだな、あんた」
「女に仕込まれたのさ」 (p338)
前後しますが、上記2つの引用。並べてみると余計に面白さ倍増。「サド」「マゾ」と軽口たたくリ・オウに、どちらも「女に仕込まれた」と答えて流すカズぼん。
ところでカズぼん、あんたは一体どっちの傾向があるんですか? ああ両方ですか、そうですか。(←なげやり)
★全部、この男のせいだということは出来なかったが、少なくとも四割はこの男のせいだ、と一彰は思った。そして三割は守山耕三。三割は自分。そう思うと苦笑いが出た。自分自身の三割より、この男の方が自分の人生の大きい部分を占めていたというのだろうか。そんなバカなことはなかった。これは俺の人生なのだ。俺がこの男を選んだのだ。福崎の岸壁へこの男に会いに行き、笹倉の拳銃四十丁の在り処を教え、拳銃をぶっ放し、黙って刑期を務めたのは俺だ。拳銃を削ってきたのは俺だ。これは俺の人生だ。 (p337)
そう、カズぼんの人生だよね。だけど守山さんに出会って、リ・オウとも出会っての人生ならば、認めないわけにわけにはいかないでしょう?
★「俺は分かってる。自分のやってないことを気に病むことはない。俺の目の黒いうちは、後悔も懺悔もさせないからな。いいか」 (p337)
とっくの昔から、カズぼんと共に生きることを決めているリ・オウの言葉。あるいはプロポーズ第二弾(笑)
★「一彰。警察へ自首して、救われるのは誰だ? 刑務所に入って救われるのは、あんたの魂か。社会規範か。法律か。俺はそういうことは分からないが、少なくとも、この国も社会も、人ひとり裁くほど偉くはないぞ」
「悪は悪。神が見てる」
「その神、あんたに自分を愛しなさいとは言わなかったのか。そんな神なら俺の方がマシだ。俺はあんたに、自分に惚れろと言ってやる。 (後略)」 (p339)
リ・オウ、名台詞連発!
★「リ・オウ。あんたがそういうことをすると、今度こそ俺はあんたを心から恨むよ。もう四割がた恨んでるが、残り六割も憎悪になる。今はまだ……六割は惚れてるんだ、多分」
「……十割にしろよ」と呟いて、リ・オウは唇を厳しく結んだ。
「俺にしては上出来だ」と一彰は答えた。 (p340)
出ました、「十割にしろよ」! ・・・かつてリ・オウは「4ナイン(999.9)」と言ったくせに、他人にはパーフェクトを求めるのね・・・。
★「どう説明していいか分からないが……、俺が生きていたのは、右か左かどちらかしかないというのが日常の国だった。右を向いても左を向いても、どちらも政治的でしかありえない。真ん中を向いていたら、両側から危険分子と言われる。これが俺たちの歴史の結果だ。だが、俺は本当にどっちも《ノー》だ。そう言って憚らない世界がほしい。そういう世界の証が金だ」 (p340)
そうは言いつつ、リ・オウが望む人間はカズぼんだけ。求める人間もカズぼんだけ。なのにすげない態度のカズぼん。
★「心配するな。あんたが餓死する前に、俺が会いにいく。俺が右でも左でもない人間である証拠を、見せに行くさ」
リ・オウの目は、今は触れるほど近づきすぎていて、見えなかった。朝から剃っていない顎のざらっとした肌がこすれ合うと、一彰は体中の骨が震え出すかと思った。熱い不穏な動悸がこみあがってくると同時に、抑えていた笑いが今度こそ一気に喉から溢れ出した。一彰は心底興奮し、声を上げて笑いながら、リ・オウを押し退けてドアを開けた。
「今度会うことがあったら、俺はもう負けるよ、リ・オウ」
一彰は車を降りて、ぼおと火照った頬を雨に当てた。 (p340~341)
いや、この瞬間で負けたと思う。思っていないのはカズぼんだけだろう。だけどこの場面は何度読んでも照れちゃいます・・・その理由は聞くな!(苦笑)
★撃たれたら、こんなもんだということは分かっていた。致命傷ではない。意識もしっかりしている。 (中略) 一彰は答えず、みじろぎもしなかった。少しでも出血させたくなかったからだった。かわりに、血で濡れた指二本を立てて、一彰はVサインを作って見せた。
俺は吉田一彰だ。七百丁の拳銃を削ってきた男だ。話すことが山ほどあるぞ……。 (p343)
・・・また撃たれたんかい、カズぼん・・・。前半のクライマックスでも撃たれてましたな、あんた。
・・・というツッコミはさておき、どこかで読んだ既視感もありますね~。
・・・というツッコミもおいといて、最後の部分。ここはカズぼんが再三「俺の人生」と言っていた内容を、おおっぴらに、そして的確に肯定した瞬間ではなかろうか。
★男は自分の膝に一彰の両手首を乗せて、手にヤスリを持ち、手錠の金属を削っていた。 (p347)
カズぼんを略奪したリ・オウが、カズぼんの繋がれている手錠を解き放とうとしている場面。この短い一文に含んでいるものがありすぎて、感慨深い。縛られている手錠から解き放たれることで、カズぼんを縛っている全てのしがらみから、解放されるかのよう。これでカズぼんも、晴れてリ・オウと同じ自由人。
★もう何も考えなかった。自分が置き去りにしたもののすべてが、長い月の影になって足元に延びていた。頭を挙げるとその影はもはやなく、燦然と輝く闇がただ身震いするほど美しいだけだった。再び舞い始めたリ・オウの手足に誘われて、一彰も中国式の舞踏に興じた。一泊ごとに、足元に引く影と、頭上の月が次々に交代していく。
「眼花(イエ・ホア)、眼花(目が回る)」と一彰は笑った。 (p348)
★そうしてまた飲み始める。五十発の銃声がいつまでも耳から離れず、目を閉じると網膜に血の色の花が散る。それがまた、身の毛のよだつ美しさだった。
この美しさに札束の夢と蒼白の月。このリ・オウの晴朗な狂気。
男ひとり狂うのに、これ以上何が要るか、と一彰は思った。 (p349)
これは現代の「中国・唐詩で詠まれた自然の世界」なのかもしれないなあ・・・。友、舞、水(ここでは海)、月、酒と、要素は揃っている。音楽は琴の代わりに銃声で(苦笑)
***
『わが手に拳銃を』の再読日記は、これで終わります。ありがとうございました。
「『リヴィエラを撃て』と平行してやりますよ」なんて、どの口が言ったんだか、まったく・・・(苦笑)
今度は文庫版『マークスの山』と平行してやれたらいいですね・・・と遠慮気味に申告(苦笑)
文庫版『マークスの山』昨日読了して、文庫版『照柿』への備えは万全。
いよいよラスト、花火大会のクライマックスのように、ドーンと派手にまいりましょう!
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2006年7月24日(月)の『わが手に拳銃を』は、罠 のp300から、春燈亂 を経て、エピローグまで。つまり全て読了。
【主な登場人物】
吉田一彰 笹倉文治 リ・オウ 田丸浩一 吉田(旧姓・守山)咲子 吉田裕一・・・前回から引き続き登場。
『李歐』と比べてみたら、笹倉さんの消え方が・・・。田丸も・・・。
【今回の漢詩】
風起春燈亂
江鳴夜雨懸 (p338)
杜甫の五言律詩「船下帰き州郭宿雨湿不得上岸別王十ニ判官(船にてき州の郭に下りて宿す 雨に湿いて岸に上るを得ず 王十ニ判官に別る)」より。
「き州」の「き」は変換出来ず・・・というより、文字化けするので断念。現在の中国では、重慶の辺りになるそうです。
余談ながら、この詩から「森鴎外」のペンネームがとられたのではないか、という説があるそうな。
依沙宿舸船 沙に依りて舸船を宿
石瀬月娟娟 石瀬 月 娟娟たり
風起春燈亂 風起りて春燈亂れ
江鳴夜雨懸 江鳴りて夜雨懸る
晨鐘雲岸湿 晨鐘 雲岸湿い
勝地石堂煙 勝地 石堂煙る
柔艫軽鴎外 柔艫 軽鴎の外
含悽覚汝賢 悽を含んで汝が賢なるを覚ゆ
杜甫の詩に始まり、杜甫の詩で終わる、『わが手に拳銃を』。
【今回登場した拳銃】
オートマチック(種類不明) ブローニング(FN・HPDAスタンダード) スターム・ルガーのセキュリテイ・シックス ライフル(種類不明)
【今回の名文・名台詞・名場面】
★「商売の世界は、昨日の敵が今日の味方。僕はただの株屋やて、昼間も言いましたやろ。それに、僕は昔から、リ・オウという男は買うてました。 (後略)」 (p301)
笹倉さんによるリ・オウ評、その1。この人は一応は本物の「株屋さん」なんですが、すぐさまバレるような「株屋さん」を名乗ったお方もおりましたなあ・・・。
★「リ・オウは、君の人生の大きな借りがある。あれ、そういうことは死ぬまで忘れへん男やさかい」 (p308)
★「君はそう思うても、リ・オウは君に賭けてますんや。ちょっと日本人には分からしまへんやろけどな。血を流して助けてもろうた命は、血を流して返しますんや、中国の人間は。その代わり、自分のものと決めたものはスッポンみたいに離さしまへん。土地も人間も金も何もかも」 (p308)
上記2つの引用。笹倉さんによるリ・オウ評、その2とその3。特にその3が的確すぎて怖いなあ。そうか・・・リ・オウはスッポンだったのか・・・。
★「(前略) 僕は商売人です。商売のためにしか動きまへん。それが、どこの国にも政治にも思想にも縛られない商売人の自負です。また、そういう自負なしには、僕はアジアでは生きていかれへんかった。これが答えです。自由人というのは、そういう意味です」 (p310)
★「……吉田はん。それでも僕は自由人です。リ・オウもそうやと信じてます。リ・オウが消えたのは、理由はともかく、結局あれこれの鎖を振り切ったということやないかと思うてますんや。いや、是非そうであってほしいと……。もしもそれが気違い沙汰に見えるんなら、どの社会体制にも《ノー》と言う人間が気違いに見えるアジアが不幸ですねん」 (p310~311)
上記2つの引用。「商売人=自由人・笹倉文治」の生き様が見えますね。聞かされたカズぼんは、「日本人の恥だ。アジアの害虫だ」とケチョンケチョンに罵倒してますが(苦笑)
★田丸はまだ何か喋り続けているが、もうあまり頭には入らなかった。リ・オウの生きていた世界について、自分に理解できることは何ひとつなかった。リ・オウの生業の如何によって、自分の人生が左右されるようなことも一度もなかった。俺は俺だ。 (p323)
笹倉さんも田丸も、カズぼんとリ・オウの結びつきを強調するので、それを聞かされるカズぼんは「いい加減にしてくれ」と思っていたのかも・・・。それでも否定は出来ないよ、カズぼん。その後、それがイヤというほど思い知らされるから。
★仰向けになった男の顔に自分の顔をこすりつけて「おい!」と呻いたら、いきなり死体が「ああ」と応えた。
閉じていた眼窩が開き、唇が開き、かすかに笑みを浮かべて「生き返っちまった」とリ・オウは囁いた。
死んだと思ったとたん溢れ出した涙が、急に塩っ辛くなった。畜生と思いながら、安堵で心臓がどっと緩んだ。緩み過ぎて、また声が出なくなった。おお、リ・オウ。このやろう。 (p333~334)
有名(?)な「リ・オウ、殺しても叩いても撃たれても死なない場面」(笑) カズぼんの「このやろう」のひと言に、感情の全てが凝縮されていますね。
★「俺、こういうのは初めてなんだからそのつもりでな」
「畜生、好きなんだろ、こういうのが」
「ああ、好きだ」
「ああ……一彰がサドとは知らなかった」
「女に仕込まれたんだ」 (p335)
★「ああ、そうか。日曜か」
「曜日忘れるような頭で警察へ出頭する気か。マゾだな、あんた」
「女に仕込まれたのさ」 (p338)
前後しますが、上記2つの引用。並べてみると余計に面白さ倍増。「サド」「マゾ」と軽口たたくリ・オウに、どちらも「女に仕込まれた」と答えて流すカズぼん。
ところでカズぼん、あんたは一体どっちの傾向があるんですか? ああ両方ですか、そうですか。(←なげやり)
★全部、この男のせいだということは出来なかったが、少なくとも四割はこの男のせいだ、と一彰は思った。そして三割は守山耕三。三割は自分。そう思うと苦笑いが出た。自分自身の三割より、この男の方が自分の人生の大きい部分を占めていたというのだろうか。そんなバカなことはなかった。これは俺の人生なのだ。俺がこの男を選んだのだ。福崎の岸壁へこの男に会いに行き、笹倉の拳銃四十丁の在り処を教え、拳銃をぶっ放し、黙って刑期を務めたのは俺だ。拳銃を削ってきたのは俺だ。これは俺の人生だ。 (p337)
そう、カズぼんの人生だよね。だけど守山さんに出会って、リ・オウとも出会っての人生ならば、認めないわけにわけにはいかないでしょう?
★「俺は分かってる。自分のやってないことを気に病むことはない。俺の目の黒いうちは、後悔も懺悔もさせないからな。いいか」 (p337)
とっくの昔から、カズぼんと共に生きることを決めているリ・オウの言葉。あるいはプロポーズ第二弾(笑)
★「一彰。警察へ自首して、救われるのは誰だ? 刑務所に入って救われるのは、あんたの魂か。社会規範か。法律か。俺はそういうことは分からないが、少なくとも、この国も社会も、人ひとり裁くほど偉くはないぞ」
「悪は悪。神が見てる」
「その神、あんたに自分を愛しなさいとは言わなかったのか。そんな神なら俺の方がマシだ。俺はあんたに、自分に惚れろと言ってやる。 (後略)」 (p339)
リ・オウ、名台詞連発!
★「リ・オウ。あんたがそういうことをすると、今度こそ俺はあんたを心から恨むよ。もう四割がた恨んでるが、残り六割も憎悪になる。今はまだ……六割は惚れてるんだ、多分」
「……十割にしろよ」と呟いて、リ・オウは唇を厳しく結んだ。
「俺にしては上出来だ」と一彰は答えた。 (p340)
出ました、「十割にしろよ」! ・・・かつてリ・オウは「4ナイン(999.9)」と言ったくせに、他人にはパーフェクトを求めるのね・・・。
★「どう説明していいか分からないが……、俺が生きていたのは、右か左かどちらかしかないというのが日常の国だった。右を向いても左を向いても、どちらも政治的でしかありえない。真ん中を向いていたら、両側から危険分子と言われる。これが俺たちの歴史の結果だ。だが、俺は本当にどっちも《ノー》だ。そう言って憚らない世界がほしい。そういう世界の証が金だ」 (p340)
そうは言いつつ、リ・オウが望む人間はカズぼんだけ。求める人間もカズぼんだけ。なのにすげない態度のカズぼん。
★「心配するな。あんたが餓死する前に、俺が会いにいく。俺が右でも左でもない人間である証拠を、見せに行くさ」
リ・オウの目は、今は触れるほど近づきすぎていて、見えなかった。朝から剃っていない顎のざらっとした肌がこすれ合うと、一彰は体中の骨が震え出すかと思った。熱い不穏な動悸がこみあがってくると同時に、抑えていた笑いが今度こそ一気に喉から溢れ出した。一彰は心底興奮し、声を上げて笑いながら、リ・オウを押し退けてドアを開けた。
「今度会うことがあったら、俺はもう負けるよ、リ・オウ」
一彰は車を降りて、ぼおと火照った頬を雨に当てた。 (p340~341)
いや、この瞬間で負けたと思う。思っていないのはカズぼんだけだろう。だけどこの場面は何度読んでも照れちゃいます・・・その理由は聞くな!(苦笑)
★撃たれたら、こんなもんだということは分かっていた。致命傷ではない。意識もしっかりしている。 (中略) 一彰は答えず、みじろぎもしなかった。少しでも出血させたくなかったからだった。かわりに、血で濡れた指二本を立てて、一彰はVサインを作って見せた。
俺は吉田一彰だ。七百丁の拳銃を削ってきた男だ。話すことが山ほどあるぞ……。 (p343)
・・・また撃たれたんかい、カズぼん・・・。前半のクライマックスでも撃たれてましたな、あんた。
・・・というツッコミはさておき、どこかで読んだ既視感もありますね~。
・・・というツッコミもおいといて、最後の部分。ここはカズぼんが再三「俺の人生」と言っていた内容を、おおっぴらに、そして的確に肯定した瞬間ではなかろうか。
★男は自分の膝に一彰の両手首を乗せて、手にヤスリを持ち、手錠の金属を削っていた。 (p347)
カズぼんを略奪したリ・オウが、カズぼんの繋がれている手錠を解き放とうとしている場面。この短い一文に含んでいるものがありすぎて、感慨深い。縛られている手錠から解き放たれることで、カズぼんを縛っている全てのしがらみから、解放されるかのよう。これでカズぼんも、晴れてリ・オウと同じ自由人。
★もう何も考えなかった。自分が置き去りにしたもののすべてが、長い月の影になって足元に延びていた。頭を挙げるとその影はもはやなく、燦然と輝く闇がただ身震いするほど美しいだけだった。再び舞い始めたリ・オウの手足に誘われて、一彰も中国式の舞踏に興じた。一泊ごとに、足元に引く影と、頭上の月が次々に交代していく。
「眼花(イエ・ホア)、眼花(目が回る)」と一彰は笑った。 (p348)
★そうしてまた飲み始める。五十発の銃声がいつまでも耳から離れず、目を閉じると網膜に血の色の花が散る。それがまた、身の毛のよだつ美しさだった。
この美しさに札束の夢と蒼白の月。このリ・オウの晴朗な狂気。
男ひとり狂うのに、これ以上何が要るか、と一彰は思った。 (p349)
これは現代の「中国・唐詩で詠まれた自然の世界」なのかもしれないなあ・・・。友、舞、水(ここでは海)、月、酒と、要素は揃っている。音楽は琴の代わりに銃声で(苦笑)
***
『わが手に拳銃を』の再読日記は、これで終わります。ありがとうございました。
「『リヴィエラを撃て』と平行してやりますよ」なんて、どの口が言ったんだか、まったく・・・(苦笑)
今度は文庫版『マークスの山』と平行してやれたらいいですね・・・と遠慮気味に申告(苦笑)
文庫版『マークスの山』昨日読了して、文庫版『照柿』への備えは万全。
つい先日、「李歐」と「わが手に拳銃を」を読み終えて興奮さめやらず、一人地どりでもしようかと思っていた大阪在住の人間です。
からなさんの秀逸な分析、感想に、また改めて感慨を深めることができました。
遅ればせながら、これから高村先生の作品を読んで行こうと思っています。
・・・とはいえ、なかなかあの2作品が頭を離れません・笑
「黄金・・・」は一番最初に読んだので、次は「リヴィエラ・・」です。
高村先生初心者ですが、これからどっぷりはまっていく予感がします。
お邪魔しました!