あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
関連アイテムや書籍の読書記録も紹介中

《ところで、今喋っているのは首か、胴体か?》 (旧版p160)

2014-01-26 00:50:05 | 神の火(旧版) 再読日記
「美作は謎に満ちて」 の推理がやっと解けたので、犯人の名前と根拠を記入して送信。
「本格的ミステリー推理小説」なんて読まなくなって久しいので、どうだろう? 当たってると思うんだけどな~。何か商品も当たるといいな~。

ネタバレありますのでご注意。

***

2007年7月4日(水)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p181まで読了。

今回のタイトルは江口氏の台詞から。首も胴体も喋ったら、C級オカルトホラーですよ、江口さん・・・(苦笑)


【今回の名文・名台詞・名場面】

★《でも、原子力発電所にミサイルをぶち込んだら、どうなる?》
そんなことは、技術者の心配する範囲のことではなかった。《どうなる?》と訊ねるなら、《壊れる》としか答えられない。
原子力発電所は、確かに戦争や破壊活動は想定していないが、その代わりに、平和を守り、すべての技術を公開し、供与し合い、正しい知識を持つという条件の下で、作られてきた。神ではない人間の不完全な手に、条件を付けるのは当たり前だし、完璧でないから、条件を付けて完璧にするのが人間の仕事だったのだ。
では、現在付けられている条件は完璧か?
 (旧版p136)

高村さんに成り代わり、あえて付加するならば・・・

1.災害も想定していない

2.完璧でないから条件を付けるのでなく、都合のいい条件を付けて完璧にしたことになっている

こんなもんですかね?

★理由は知らない。だが、激しく身を震わせている若い背を見守りながら、島田は何故か原子炉のことを思った。炉心が沸騰する蒸気を逃がして自らを崩壊から守るように、人は涙を流して自らを守るのだろう。原子炉も人も、壊れたら元に戻らないのだ。君も、俺もだ……。 (旧版p142)

高村さんに成り代わり、あえて付加するならば・・・元に戻らないのは、自然も風景もだ。

★江口は腰を上げた。衰えを知らない強靭なバネが、枯れ木の幹の中でうごめいているようだった。危機に遭うと俄然若くなる。危機を楽しんでいるのだ。口封じも原爆も、この男には自嘲の種の一つでしかないのだろう。
この男とは三十年付き合ってきたが、昔どこかで心が通ったと思っていたのは、すべて幻だったのかも知れない。そう思うと、過ぎ去った月日の上に、轟々と風が吹き抜けていくような思いに襲われたが、江口はそのような感傷を受け付ける男ではなかった。追い詰められているほど冷徹になる、悪党の中の悪党だった。
 (旧版p147)

島田先生から見た江口氏は、カメレオンのように多彩な一面をいくつもいくつも見せてくれるのが、魅力的ですね。

★「適当に嘘つくとか、シラ切るとか……。誰でも隠したい過去は持っとるが、男の人生は、それをどうやって隠し通すかやで」
「二年間隠し通しましたよ」
「それで隠したつもりか。いっつも顔に出とったで」
「どんな顔、してました?」
「そやな……。お公家さんと後家さんを足して、二で割ったような顔や。分かるか?」
「浮世離れした顔ですか」
「清々した顔や」
 (旧版p150)

木村社長と島田先生の会話。 これも軽妙な会話で、雰囲気は楽しいが、内容は殺伐としてる(苦笑) 嘘は山ほど付いている島田先生ですからね・・・木村社長の言葉がどう響いたのか気になるところ。
それにしても先生は育ちの良さが滲み出ていて、しかもそれがちっともイヤミじゃないのがいいよね。

★「間違ってたら、間違ってたでええ。人が働いて生きていくのに、理屈も言い訳も要らん。働いて金稼ぐ気さえあったら、老若男女、右も左も平等や」 (以下略) (旧版p150)

★「島田さんが怒るのは当然だ。言ったらおしまいだと分かってた。だから、言ったんだ」
「そんな言い方では、分からない。 君は何も説明してないのと同じだぞ!」
「発電所の話は本気だ。許されないことであろうが、それが僕の結論だ。そんな答えしか見つからなかった。何かの形で始末をつけるまで、僕の気持ちは収まらないんだ。どうしようもないんだ……」
「そんな話は説明になってない! 何の結論だ? 何の始末だ?」
「神の火の始末」
「神の火……?」
 (以下略) (旧版p155)

★良は突然立ち止まり、柵を手で摑んで首を伸ばした。鉄の柵を揺するように力をこめたかと思うと、「原子炉を一つ、消してやるだけだ。せめて一つ……」と、良は呻いた。
若々しい眉根に深い皺をよせて、良はじっと虚空を睨んでいた。その目は彼岸の空を仰ぐように茫々として、この世のものではない静寂に包まれていた。消え去っていくもの、永久に戻ってこないものの匂いだ。そう感じると、島田は理由を問いただす前に深い虚脱感に襲われた。
  (旧版p156)

血を吐くような思いをこめて、良ちゃんがこの言葉を発言したのかと思うと・・・うるるる。

★良は自分の両腕を広げると、それを無言で島田の首に巻きつけた。
触れてみると、熱い頬、熱いうなじ、熱い手だった。少々当惑はしたが、ある種の感慨はあった。同時に不安も倍加した。若者ひとり抱きながら、あれこれの思いを合わせて、島田は改めて《息子だ》と感じた。俺の息子だ。
  (旧版p157~158)

★良は、突然自分の首にあったマフラーを外したかと思うと、それを島田に差し出した。
「約束の印だ」
それだけ言うが早いか、良は身を翻して駆け出した。

 (旧版p158)

以上、島田先生と良ちゃんの、最後の触れ合いを取り上げてみました。
後々、江口氏に「みっともないマフラー」と言われてしまう、良ちゃんのマフラー・・・。でも先生には何ものにも換え難い宝物。

★「良に会ったのだね?」と江口は口を開いた。「連絡方法は決めたのかね?」
「しばらく会わないことに決めました」
「君がそういう口をきくと、大事な人との仲を裂かれた恨み言のように聞こえる」
「二十歳の若僧みたいですか?」
「正直なところだけはね」
  (旧版p161)

そりゃあ良ちゃんは、島田先生にとって大事な《俺の息子》ですからね・・・。
ひと回りちょっとしか年齢が違わないのに《息子》と称する先生もどうかと思うが(苦笑)、勝手に《息子》と思われた良ちゃんがこのこと知ったら、憤慨するか、呆れるか。どっちでしょ?

★「私が欲しいのは、そんなにシャカリキにならない友」と、江口は微笑んだ。「そういう友なら、話も分かる」
「今のあなたに、選り好みをしているヒマがあるとは知りませんでした」
「いつだって、私は選り好みはするよ。死んだって、そんなみっともないマフラーなんかしやしない」
  (旧版p162)

そう、江口氏の好みは一貫してる。でなきゃ島田先生は江口氏に「選ばれて」ないからね!

★「一夜一夜、飲み明かして、そのうち最期の時が来るというのも悪くないね。その上、君が道連れなら、願ったりかなったり」  (旧版p163)

★江口の息の根を止める。それはいい考えだ、と思いがけない笑いがこみ上げた。漠然としているが、確かにそんな日が来てもいい。そうだ。何もかも行き詰ったら、最低限、江口だけは清算していこう。  (旧版p166)

易々と黙って殺されるような江口氏だと思ってるんですか、島田先生・・・? 江口氏はあなたを道連れにするのが本望みたいですよ?



コメントを投稿